私のヒモになってください!

燈外町 猶

第1話

(意外と遅くなっちゃったな……)

 相変わらず、コンパと名の付くイベントは苦手だ。

 それほど仲の良くないメンバーと、それほど美味しくないお酒を飲む時間には常に『無駄』の二文字が脳裏に張り付いてしまう。

 大学三年生になったことで、サークルの新入生を迎え入れるのは二度目だけど、聞かれる質問はいつも同じ。

宮部みやべさんって彼氏いるんですか~?』

『えーなんで作らないんですか~?』

『俺立候補しちゃってもいいですか~?』

 って……良い訳あるか!

 私には……私にはこの世界で一番愛おしいヒモが愛の巣で待ってるんだから!

 いや……正確にはまだ私のヒモではない。将来的に私のヒモになってくれると約束しているだけ。

 だからこんなことで信用を落とすわけにはいかないのに……!

「た、ただいまぁ」

 彼女と同棲している家に合鍵を使って帰宅するも、中から返事はない。電気も点いてるし人のいる気配もするし……どうしようこれ、めちゃめちゃ怒ってるとか……?

「……ただいま、琉花るかちゃん?」

「おかえり」

 そろりとリビングを開けてみれば、俯いていた顔をのそりと持ち上げ、ジト目でこちらを見やった最愛の恋人、霧島きりしま琉花ちゃんの姿が。

「ちょーっと遅いんじゃないのー?」

 テーブルの上には、おしゃれな小皿に分けられたナムルに、サーモン&オニオンのカナッペ。さらにスルメを炙る用だろうか、焼き網の乗ったミニガスコンロもある。

「人気者は大変ですね~」

(こんなに酔っ払ってる琉花ちゃん珍しい……! 可愛い……!)

「ごめんね、お金が合わないとかでなかなか抜けられなくて……」

 いますぐ抱きつきたい欲求を抑え、まずは彼女に機嫌を直してもらわなくては。

「そんなの宮部を帰らせないための口実に決まってるじゃん」

「そうかもね、迷惑な話だよ~。私は早く帰って琉花ちゃんに会いたくて会いたくて仕方なかったのにさぁ!」

「むぅ……まぁ確かに……宮部は悪くないんだろうけど……」

 あぁ、ちょろいよ琉花ちゃん、もっと怒ってもいいんだよ? 私が全面的に悪いんだから!

「これ、凄いね琉花ちゃん、全部作ったの?」

「そーだよ。宮部が……飲みたいお酒我慢して……すぐ帰ってきてくれると思ったから。おつまみだって……全部宮部が好きなやつ……」

「そうだね! うん、本当に全部私が好きなやつだよ。ありがとうね、食べていい?」

「……いいよ。宮部の為に作ったやつだし」

「お酒残ってたかな? 乾杯の一杯しか飲んでないんだよねぇ」

「……残ってる……持ってきてあげる」

「ありがとっ、琉花ちゃん大好きっ」

「調子いいなぁ」

 のそりと立ち上がった琉花ちゃんが今まで座っていた場所にダイブ。二人で選んだソファは、少しだけくすみが出てきて時間の流れが愛おしく垣間見えた。


 彼女と出会って五年。

 付き合ってから三年。

 同棲を始めてから二年。

 毎日が幸せで、現在進行系で無限に好きが溢れていく。

 勇気を振り絞って告白した高校三年生の私を一生褒めてあげたいし、死ぬまで誇りに思うだろう。


「はい、梅酒……甘めに作ったから」

「ありがとっ! もう~琉花ちゃんは本当に、私の好きなもの全部知ってるね!」

「こちとらヒモになるために必死ですから」

「それはこっちの台詞! ……寂しい思いさせちゃってごめんね? でもサークルもゼミも、コネとか実績作るためにしょうがなく! 琉花ちゃんとの時間を削ってしょうがなくやってるの! 一流企業に入るために手段を選んでられないの~!」

 これはもう、全部本音だ。投げ出せてしまえるなら全て投げ出して琉花ちゃんと過ごす時間だけを味わいたい。

 だけど、そういうわけにはいかないんだ。

 私はこの先一生、彼女を養うと誓った身なのだから。

「……わかってる。面倒くさくてごめんね、宮部が一番大変なのに……」

「んーん! 私は家に帰って琉花ちゃんがいてくれるだけで……嫌なこともつらいことも全部忘れられるの。琉花ちゃんに会えないこと以外、大変なんてことはありません!」

「ん……ありがと」

 隣に座った琉花ちゃんへ有無を言わさず抱きしめると、照れてるだけの昔と違って、私の手をそっと握ってくれた。

 あー……体温高いなぁ……。

 あー……こんな甘やかされたら……。

「ちょ、っと、そんな雰囲気じゃなかったでしょ?」

「いやそんな雰囲気でしたが!?」

 服を脱がそうとした私の手を、今度はガッチリ握って制止する琉花ちゃん。

「お酒飲むんじゃなかった? おつまみはどうするの?」

「眼の前にこんな極上の美食があったら……後回しにせざるを得ません……!」

 力技で琉花ちゃんの細い、ほそーい手首を掴み返し、ソファの上で抵抗できないように押し倒す。

「宮部って……ほんと、ずっと変態だね……」

 観念してくれたらしい琉花ちゃんは、微笑を浮かべて瞳を閉じた。ふふっ、ここまで来てしまえばこっちのもの。

 なんやかんや言っても結局は折れてくれる琉花ちゃん、ちょろすぎてちょっと心配になってしまう。

 まぁ私は飲み会とか行かせないけど。二人きりで誰かと会わせる気もないし、門限(二十一時)過ぎたら鬼電するし。

 絶対に、どんな手段を使っても彼女を離さない。

 琉花ちゃんがヒモになりたいというのは、実は私の望むところでもある。

 私だけの力で生きて、私だけの力で人生を楽しめるようになるまで、私は優等生で在り続ける! 

 そしてさっさと一流企業に就職して、ホワイトな就業時間でガッポガッポ稼いで、琉花ちゃんとの幸せな時間を増やしていくんだ!

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