第30話 謎の男を追って

「ミャー」


 ヴァイオレットの部屋の窓越しにニケの鳴き声が聞こえた。


「帰ってきたか」


 ルパートと会話をしていた謎の男の後を追って、ニケが部屋を出てからまだ一時間も経っていなかった。

 ニケのことだから謎の男の潜伏場所を突き止めたはずだ。


 となれば、謎の男はクラファの町に潜伏していることになる。

 僥倖だ。


 今夜中に捕らえることが出来るかも知れない。


「ニケちゃん、無事だったのね」


「念のためだ窓際には近寄るな」


 窓へと駆け寄ろうとしたヴァイオレットを制してニケを迎え入れる。


「ミャー」


「よしよし、よくやったな」


「ゴロゴロー」


 俺の腕のなかで喉を鳴らすニケをヴァイオレットがうずうずした瞳で見つめていた。

 早く抱きかかえたくてしかたがないようだ。


 ニケをヴァイオレットへとあずけると、愛おしそうに微笑みながらニケを抱きしめた。


「ニケちゃん、怖かったでしょう」


「ミー」


「ウフフフフフ、可愛いわねー」


「ゴロゴロゴロ」


 俺はヴァイオレットからノエルへと視線を移した。


「ニケが謎の男の居場所を突き止めたかどうかは分からないが、確認するためにも俺とニケはこれから出かける。ノエルはこのままここに残ってヴァイオレットの護衛を頼む」


「ダイチさんが戻るまでヴァイオレット様と同じ部屋にいた方がいいですよね?」


「そうしてくれると助かる」


 俺とノエルの会話を聞いていたヴァイオレットが驚いたように聞く。


「え? ちょっとまって? これから出かけるの?」


「ニケの追跡の成果を確認したら直ぐに戻る」


「あたしもダイチと一緒に行くわ」


「危険だ。ヴァイオレットはここに残れ」


 俺の言葉聞き流して彼女がノエルに聞く。


「ノエル、あなたの側にいるのとダイチの側にいるの、どちらが安全かしら?」


「ダイチさんの側です」


 ノエルが即答した。


「ちょっと待ってくれ。謎の男は暗殺者を引き連れてきているんだ。もしかしたら潜伏先に暗殺者がいるかも知れないんだぞ」


「それでもダイチの側の方が安全だと思うの」


「私もそう思います」


 ノエルが肯定した。

 俺とニケが離れるから不安があるのは確かだが、危険な場所にわざわざ連れて行くのも躊躇われる。


 俺が思案していると瞳を潤ませたヴァイオレットが祈るように両手を組んで見上げる。


「あなたが側にいない方が不安なの……」


 分かっていてやっているんだよな、絶対に……。

 六年後にでなおしてこい、という言葉が喉まで出かかったが、それを飲み込んで承諾の返事をする。


「分かった、同行を許可する」


「ふふん、ダイチも男ねー」


 こいつ、俺が色香に迷ったとか思っているのか?

 誤解をしていやしなかとノエルを見ると、彼女も分かっているらしく肩をすくめて苦笑いを浮かべていた。


「はいはい」


「何よ、夜のデートよ。もっと嬉しそうにしなさいよ」


「これから暗殺者がいるかも知れない場所へ赴こうっていうのに、なにのんきなことを言ってるんだ?」


「せっかくだから楽しみましょう」


 腕を絡めてきたヴァイオレットをそのままに俺はノエルに指示をだす。


「暗殺者が来ること考えて部屋に罠を仕掛けておく。ノエルは俺が戻るまで自室で待機をしていてくれ」


「了解です」


 ノエルは承諾の返事をすると「罠を仕掛けるのを手伝いましょうか?」と申し出た。


「いや、俺の国の罠だから触らない方が良いだろう」


「危険なんですか?」


「罠だからな」


 一旦、この部屋を出たら俺が戻るまで誰も入れないよう頼むと、彼女は若干顔を強ばらせてうなずいた。


 ◇


「さて、こんなものかな?」


 ノエルを部屋の外へと出してからヴァイオレットの泊まる客間に色々と罠を設置した。

 その様子を興味深げに見ていたヴァイオレットだったが、罠が仕掛け終わったところで我慢の限界がきたのか目を爛々と輝かせて質問をしてきた。


「ねー、ねー、これってどんな罠なの?」


「好奇心旺盛なのはいいが、いまはそれどころじゃないからな」


 帰ったら教えてやるというと、


「えー、意地悪しないで教えなさいよ」


 口を尖らせて拗ねて見せた。

 埒があかないな。


「ほら、ニケを抱っこして」


「ニケちゃん」


 ニケを彼女の腕のなかに押し込むと意識が即座にニケへと向く。

 こういうところは子どもだよな。


 彼女の反応に微笑ましさを覚えるが、笑みが溢れそうになるのを何とか抑えて彼女を抱き上げる。


「さあ、行くぞ」


「キャッ」


 ニケを抱きかかえた彼女をお姫様抱っこで抱え上げたまま窓から屋敷の外へと飛び出した。


「ええー!」


「静かにしないと気付かれる」


「ごめんなさい」


 阿吽あうんの呼吸でニケが風の精霊魔法でふわりと地面に着地させてくれた。


「ニケ、案内を頼む」


「ミャー」


 ヴァイオレットの腕のなかから飛び出したニケが迷うことなく駆けだした。

 よし、目的地はハッキリしているようだ。


 これなら間違いないだろう。


「身体強化を使ってニケの後を追う。舌を噛まないようにしろ」


 ヴァイオレットが口を引き結んだままコクコクとうなずくのを確認すると、俺はニケを追って一気に速度を上げた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします


漫画:隆原ヒロタ 先生

キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生


原作ともどもよろしくお願いいたします

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