第29話 文明の利器
ヴァイオレットが寝る客間に赤外線センサーを設置していると、
「ねえ、さっきから何をしているの?」
彼女が興味深げに声を掛けてきた。
設置していると言っても手で取り付けているわけではない。
作業としては設置する場所を目視で確認しながら
気になっていたのだろう、ノエルも聞き耳を立てている。
「誰かがこの部屋に侵入したら直ぐに分かるようにしているんだ」
「魔道具?」
「いや、魔法は使われていない。普通の道具だ」
「ダイチの言う普通ってあたしたちの普通とは違うっていい加減に学習しなさいよ」
痛いところを突かれた。
内心苦笑しながら言う。
「まったくだな。気を付けるようにするよ」
俺は赤外線センサーの仕組みを簡単に説明する。
「見えない光の線がたくさん張り巡らされていて、そこを何かが横切ると俺のところに知らせてくれるようになっている」
赤外線が横切っている空間に手をかざすと、俺が手にした装置が激しく点滅した。
それを見せながら言う。
「いまは音を消しているから光が点滅するだけだが、実際には音と光で侵入者があることを教えてくれる」
「へー、凄いのね」
「それと、これを渡しておく」
イヤホンマイク型のトランシーバーを彼女に差しだす。
「何、これ?」
同型のものを俺の耳に装着しながら、同じように耳に装着するように促す。
取り付け終わったところで操作方法を説明した。
「聞こえるか?」
部屋の隅へと移動した俺がトランシーバーに話しかけると、
「聞こえる! どうなっているの?」
対角となる部屋の隅でヴァイオレットが驚いて声を上げた。
「操作方法は先ほど教えたとおりだ。何かあったら連絡してくれ」
「わー、おもしろーい」
「遊び道具じゃないからな」
「分かっているわよー」
「本当か?」
「本当だってば」
はしゃぐ彼女をたしなめると即座に返事がある。
しかし、どこまで分かっているのか怪しいものだ。
まあ、いいか。
「侵入者があればセンサーが反応するし、それ以外でも急用があれば呼んでくれ」
「ダイチが直ぐに駆けつけるのね」
ヴァイオレットの両隣の部屋はそれぞれ俺とレイチェルが泊まり、向かいの部屋にノエルが泊まることになっていた。
壁をぶち破れば三秒で駆けつけられる。
「俺だけじゃなく、レイチェルとノエルも駆けつけるから安心しろ」
「頼もしいわ」
「え……」
上機嫌のヴァイオレットの隣でノエルが不意打ちをくらったようにポカンとする彼女にアラームを渡す。
「寝る前に枕元に置くだけで何かあれば警報がなる」
「あたしたちもだったんですね……」
苦笑いをしながら機器を受け取る。
「で、今夜にでも何かしてくると思う?」
興味津々といった様子でトランシーバーをいじっていたヴァイオレットが不意に聞いた。
「あれだけの数の傭兵団を投入したんだ。ルパートからすれば恐らくは必勝の策だろう。失敗するとは考えていなかっただろうから次の手立てはまだ用意できていないんじゃないかな?」
少し楽観的だとは思うがルパートはそこまで用意周到とは思えない、と付け加えた。
「確かに楽観的ね。でも、あたしもダイチの考えに賛成よ。動くとしたら黒幕との接触じゃないかと思うの」
「ルパートが黒幕に使いをだすとしたら追跡は難しいが、黒幕がルパートに接触してくるならチャンスはある」
「黒幕が来ると思う?」
「少なくともルパートが勝手に動くことはないと思っている。それに黒幕がこんな千載一遇のチャンスを逃すとは思えない」
思わず口元が綻んでしまった。
それを見たヴァイオレットが何か隠しているのなら教えなさいよ、と迫る。
「ねー、ってばー!」
「盗聴器を仕掛けた」
「盗聴器?」
「離れた場所でされた会話を聞くことが出来る道具だ。たとえば、ルパートが自室で誰かと会話をしていたらそれをこの部屋で聞くことが出来る」
盗聴器はこの屋敷に到着して直ぐ、案内されながらあちらこちらへ仕掛けた。
中世ヨーロッパの建築物とそう変わらない作りだ。
盗聴器や監視カメラを隠せる場所はふんだんにあった。
「叔父様が部屋で何を話しているのか聞けるの?」
「ああ、聞ける」
実際には録音中である。
俺は受信機の一つをオンにした。
すると、ルパートが誰かと会話をしている声が流れてくる。
『何が手練れの傭兵団だ! あんな騎士のなり損ないのような護衛にすら歯が立たなかったじゃないか!』
『傭兵団が手練れだったことは間違いございません。しかし、今回はそれを上回る戦力を用意していたということです』
「誰の声か分かるか?」
俺のささやきにヴァイオレットは無言で首を振った。
『たったあれだけの人数に全滅させられておいて、手練れだったとは良くも言うな』
ルパートの苛立った声が聞こえた。
それとは裏腹に彼をなだめるような落ち着いた声が流れる。
『これは予想ですが、本来はもっと大勢の護衛がいたのではないでしょうか? 大規模な戦闘の後、生き残ったのがあれだけなのではないかと私は思っております』
『ヴァイオレットが強がっていると言うことか?』
『たったあれだけの人数で七十人からの傭兵団を全滅させたとこちらに思わせるのが魂胆ではないかと』
『なるほど。あの見栄っ張りのヴァイオレットのことだ、十分にありえるな……』
「信じたくない気持ちも理解出来るけど、見当違いも甚だしいわね」
ルパートの言葉に腹を立てたようだ。
『それで、また傭兵団を雇うのか?』
『さすがに直ぐには……』
『じゃあ、どうするというのだ?』
『暗殺者を連れてきております』
『失敗することが前提だったということじゃないだろうな?』
『念には念を、というだけでございます』
『傭兵団が失敗したことはどこまで伝わっている?』
『既にグラント公爵の知るところかと』
『ちっ!』
「グラント公爵って誰だ?」
「タルナート王国の王弟よ」
ヴァイオレットが「予想外の大物ね」とつぶやくと、受信機から流れてくる音声に意識を傾ける。
『貴殿がドネリー子爵になられれば今回の失態も取り戻せましょう』
『他人事だな』
『まさか。今回の失敗をこのままにしておいては私も責任を取らされます。ハント様と一蓮托生でございます』
立場は自分の方が悪いくらいなので、信用をして欲しいと語った。
『それで、暗殺者はいつ仕向けるんだ?』
『準備もありますが、二、三日中にはなんとかしたいと考えております』
『悠長だな!』
『焦りは禁物です』
『分かっている! 分かっているができるだけ早く頼む』
今日の晩餐会のようなことは願い下げだ、と吐き捨てた。
『承知いたしました。出来るだけ急がせます』
窓の開く音が聞こえると、ルパートのため息を最後に静かになった。
ドンピシャのタイミングだ。
「今夜はないと思うけど……、準備が既に整っていると言うこともあり得るわね」
「ニケ、いまの男を追えるか?」
「ミャ!」
「ちょっと、何を言っているの?」
小気味よいニケの返事に続いて呆れたようなヴァイオレットの声が耳に届く。
「頼んだぞ」
「ミャ」
ニケが窓から外へと飛び出した。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
【サポータ様限定】
『転生! 竹中半兵衛 マイナー武将に転生した仲間たちと戦国乱世を生き抜く』
下記の二話をサポーター様限定にて先行公開させて頂きました。
第175話 総大将、交代
https://kakuyomu.jp/users/ari_seizan/news/16816927860947235072
第176話 半兵衛からの手紙
https://kakuyomu.jp/users/ari_seizan/news/16816927860955829978
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