第28話 晩餐会
クラファの町へ到着したその夜、ルパート・ハント騎士爵邸で晩餐会となった。
晩餐会とは称してもテーブルに着くのは主催者であるルパートと主賓であるヴァイオレットの二人だけという極小規模なものだ。
しかし、周囲を固める人員はものものしい。
こちら側だけでも身辺警護のレイチェルとノエルはもちろん、レイトン隊長をはじめとした護衛が五人、水魔法の魔術師でもあるディールズ医師、侍女のコニー。
これに加えてルパートのお付きの人員が五人ほどいる。
因みに、俺は身辺警護兼シェフとしてヴァイオレットの最も近くにいる。
シェフと言っても料理は一切していないが料理は俺が全て用意をした。
しかも、料理どころかテーブルに椅子、食器からカトラリーに至るまで全て俺が揃えている。
白磁の食器が映えるようにウォールナットを素材とした大きめのダイニングテーブルを用意した。
カトラリーは銀で統一。
食事どころか皿すら置かれていないテーブルの上を眺めていたルパートがヴァイオレットに聞く。
「とても素晴らしいテーブルとカトラリーだが、肝心の食べ物はどこにあるのかな?」
「叔父様、そう慌てないで」
どこか不安げなルパートとは対照的にヴァイオレットからはこの状況を楽しむ雰囲気が漂っている。
俺は彼女の合図にうなずいて
よけいな装飾のないシンプルなグラスだ。
一つを彼女の前に、もう一つをルパートの前に置くがルパートはチラリと見ただけでそれ以上の反応はなかった。
余裕はなさそうだ。
ワイングラスの価値にも考えが及ばない。
「アイテムボックスか。随分と変わった趣向だね。でも、まさか全ての料理が彼のアイテムボックスから出てくるなんてことはないだろ?」
「さあ、どうかしら?」
ヴァイオレットは楽しげにそう口にすると、自らの水魔法で手に取ったワイングラスを水で満たした。
そのタイミングで俺はルパートのワイングラスに地球産の赤ワインを注ぐ。
ヴァイオレットが言う。
「ワインは叔父様だけよ」
自分は未成年なので飲めないと残念そうに言った。
「私だけか……。ところで、初めて見るけどこのワインの産地はどこだい?」
「私の故郷で作られたものです」
「さぞや貴重なものなんだろね」
「少なくともこの大陸には私以外にこのワインを所有している者はいないはずです」
「それは……、飲むのがもったいないくらいだ」
「遠慮しなくていいのよ」
微笑むヴァイオレットにルパートも微笑み返す。
「では、遠慮なく頂くとしよう」
「そうそう、実は出発前にまた毒殺されそうになったのよ」
彼女の一言でルパートのグラスを傾ける手が止まった。
「毒殺!」
「ええ、お茶にマリーカの毒が入っていたの」
これでもう何度目かしら、とため息を吐いた。
「代替わりした後というのは狙われ易いとは聞くけど少々回数が多いね。いや、君が無事で良かったよ」
「ありがとう」
「もしかして、ディールズ医者を側に置いているのはそういう理由からかな」
「それだけじゃないわ。ダイチが用意した食事しか口にしないのも毒への対策の一つよ」
一拍置いてヴァイオレットが聞く。
「叔父様も毒殺未遂の経験があるのかしら?」
「どうして?」
「叔父様の後ろに控えているのは水魔法の使える魔術師じゃなかったかしら? それに、先ほど医者が隣の部屋に入っていくのを見かけたわ」
ルパートの顔が引きつる。
しかし、直ぐに笑顔を張り付かせた。
「まいったな、君には隠し事は無理なようだね……実は三日ほど前に食事から毒が検出されたんだよ」
「まあ!」
「そういうこともあって、口に入れるものには少し神経質になっているんだ」
しかし、ヴァイオレットはルパートの言葉など適当に聞き流し、グラスを手にしたままの彼に微笑みかける。
「ワイン、飲んでみて。彼のお勧めの銘柄よ」
まるでいたずらっ子のような笑みだ。
片やルパートの方はグラスを持つ手が震えている。
「喉は渇いていないんだ。後で頂くことにするよ」
「そう? 残念ね」
グラスをテーブルに置く彼を見てヴァイオレットが心底残念そうな顔をした。
微笑むヴァイオレットと青ざめるルパートをよそに俺はテーブルの上に次々と料理を並べていく。
コース料理ではないので一通り並んだ料理のなかから好きなものを取り分けて食べていくスタイルだ。
料理を取り分けるのも俺が担当するが、黙っていてはルパートが何も手を付けない可能性がある。
なので、メインとなる和牛のステーキと日本から取り寄せた柔らかなパン、さらに嫌がらせ目的で生玉子の黄身が乗った馬刺しのユッケと鯛カルパッチョを二人の目の前にそれぞれ配膳する。
この地方では肉や魚を生で食べる習慣がない。
それにも関わらず当たり前のように食卓に並び、ヴァイオレットがそれを口にするのだ。
俺自身もルパートの反応が楽しみでならない。
料理を並べながら口元を綻ばせないようにするのは苦労をした。
テーブルの上には牛肉や豚肉、鴨、鶏などの各種肉料理の他にも、魚介類を使った各種料理も並べた。
正直、料理のことなど詳しくない俺でもこの組み合わせはどうだろう、と思ってしまうほどである。
「肉料理、魚料理と各種ご用意させて頂きました。ご要望の料理があればお取り分けいたします」
「まずは肉料理から頂こうかしら」
ヴァイオレットが眼前に置かれた和牛のステーキにナイフを入れた。
ルパートもそれに倣う。
銀のフォークとナイフが変色しなかったことに、ルパートがあからさまに安堵した。
せめて何品かは料理が楽しめないと可哀想だと思って、毒がないことを自分で確かめられる料理も用意していた。
和牛のステーキはその一つだ。
しかし、毒がないと分かっても、いざ口に運ぶとなると手が止まる。
「そちらは私の故郷で〝和牛〟と呼ばれる種類の牛の肉で高級な食材の一つでございます」
料理の説明など聞く気がないのは百も承知だ。
それでも後押しをするように語りかける。
「口のなかでとろけるようなお肉でございます」
「美味しいわよー」
ワインと合うんじゃないかしら? とヴァイオレットがルパートを促す。
意を決したようにルパートが口へと運んだ。
飲み込んだのを確認するとヴァイオレットがすかさず尋ねる。
「どう? 柔らかくて美味しいお肉でしょう?」
「ああ、そうだね。とても美味しい肉だ」
嘘つけ。
味なんて分かったのか?
ほとんど噛まずに飲み込んでいただろ。
その後もヴァイオレットは食事と会話を楽しみ、ルパートはろくに食事もせずに引きつった顔で会話をしていた。
食事中は、さぞや胃が痛かったことだろう。
晩餐会を終えるとルパートは体調が悪いと言って早々に自室へと引き上げた。
ヴァイオレットも俺を伴って用意された部屋へと戻る。
「レイチェルとコニーはこのまま部屋の外で待機していて頂戴。ダイチとノエルはあたしと一緒に部屋へ」
「畏まりました」
コニーが即答し、俺たち三人は無言で首肯した。
部屋に入ると長椅子に身体を投げだした彼女が聞く。
「どう思った?」
「真っ黒だろ」
俺はノエルと二人で部屋のなかを確認しながら答えた。
「やっぱりそう思うわよねー」
「ただ、疑問もある」
「どんな?」
「暗殺の首謀者にしては小心者過ぎないか?」
「小心者だからあたしがここまで生き延びられたってのもあるけど……、確かに今回の傭兵団を差し向ける手口はいままでとは違う感じがするわね」
俺は考え込むヴァイオレットに、これはあくまで予想でしかないが、と前置きをして言う。
「ルパートはタルナート王国の領主の誰かと繋がっているんじゃないかな? 暗殺もその誰かが裏で糸を引いている気がする」
最初の頃の暗殺はルパートが主導したとしても、今回のように他国の傭兵団――、それも何十人からの傭兵団を雇い入れるような人脈と決断力があるか疑問だと伝える。
すると、ヴァイオレットも同じような疑問を抱いていた。
「あたしを暗殺しようとする度胸はあっても、そのために大規模な傭兵団のボスと話を付けられるような度胸なんて叔父様にはないわ」
黒幕は別にいて、ルパートは領主の座というエサに飛びついた間抜け、ということで結論付けた。
「護衛をしつつルパートの裏に誰がいるのか探るのか」
正直手駒が少なすぎる。
「大変だとは思うけどよろしくね」
「少し時間がかかりそうだが、必ず突き止めてやるから任せろ」
俺の言葉にヴァイオレットが微笑んだ。
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あとがき
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2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします
漫画:隆原ヒロタ 先生
キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生
原作ともどもよろしくお願いいたします
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