第31話 暗殺者たち

 ニケが案内してくれたのは町中にあるごく普通の家だった。

 その家の前をヴァイオレットと二人で歩きながら盗聴器を設置していく。


「この外套がいとう、目立たないかしら?」


 つい数分前にトレードスキルで取り寄せた、フード付きのロングパーカーを羽織ったヴァイオレットが嬉しそうに言った。


「少しは緊張したらどうなんだ?」


「やーねー、緊張しているわよ」


 とてもそうは見えないがそれ以上突っ込むのを止めて話題を変える。


「この時間だと出歩く人もいないんだな?」


 時間は夜の十時を回った頃。

 カラムの町なら酔っ払いを含めてまだチラホラと歩く人がいる時間である。


「バイレン市やカラムの町ならともかく、辺境の田舎町なんてこんなものよ」


「なら、人に見られる前に消えるとしよう」


 複数の盗聴器を設置し終えたので早々に立ち去ることを提案した。


「え? このまま帰るの?」


「隠れるんだ」


「キャッ」


 彼女の肩を抱いて路地裏に入ると、周囲に誰もいないことを確認する。

 そのままお姫様抱っこをしてターゲットとなる家から少し離れた家の屋根へと飛び上がる。


 そこからターゲットとなる家を監視することにした。

 屋根の上に暗視スコープを設置し、イヤホンマイクで盗聴器からの音声を拾う。


 しかし、まだ怪しい動きはなかった。


「うわー、夜なのにこんなに明るく見えるのね」


 暗視スコープを覗くヴァイオレットが興奮した様子で言う。


「寒くはないか?」


「ダイチがくれた外套があるから大丈夫よ」


 季節は既に秋だ。

 日中は暖かいがこの時間になると日によってはそれなりに冷え込む。


 まして女性なら冷え性という可能性もある。


「脚は寒くないか?」


「寒いって言ったら温めてくれるの?」


「膝掛けくらいはだしてやる」


「意地悪」


「何を言っているんだ、優しいだろ?」


「そういうところが意地悪なのよ」


「し!」


 こちらへと歩いてくる人影が三つ見えた。


 ヴァイオレットを抱き寄せて屋根の上で身を伏せる。

 案の定、三つの人影はターゲットとした家へと入っていった。


「あの三人が暗殺者……」


 俺の腕のなかで小さく震える彼女の肩を抱く手に少しだけ力を入れる。

 そのとき、盗聴器からの音声が届く。


『ゴードンさん、傭兵団のヤツらがやられたってのは本当ですか?』


『本当だ』


 その声はルパートと会話をしていた相手――、謎の男だった。

 ゴードンはルパートと会話したときと同様、ヴァイオレットの護衛にも相当の被害がでたこととそれをひた隠しにしていることを語った。


「人って、自分が信じたいことを信じちゃうのよねー」


 ヴァイオレットが「気の毒に」と哀れむ。


「誤った情報を信じ込んでくれるのはこちらとしてはありがたい限りだ」


『残った護衛は?』


 別の男の質問にゴードンが答える。


『騎士団崩れの護衛が九人と冒険者が三人。ダイチ・アサクラとレイチェルという女がCランク魔術師でノエルという小娘がDランク魔術師だ』


『護衛が十二人ね。それが全部魔術師とは随分と豪勢じゃないの』


 今度は女の声。


『それにしても傭兵団もだらしねえな』


『まったくだ。ヤツらが口ほどの仕事をしていたら俺たちは働かずに金が貰えたのにな』


 そう言って笑う二人の男をゴードンがたしなめる。


『うまい話はないと言うことだ。諦めて仕事をしろ』


『契約通り、お嬢ちゃんを仕留めた者が報酬の八割、後の二人は一割ずつで間違いないね?』


『それで問題ない』


 女性の質問にゴードンが答えた。


『仕掛けるタイミングと暗殺の手段と場所はこちらに任せるってことだったよな?』


『もう一つ確認だ。女の護衛はこっちの密偵だってことだが、鉢合わせをしたら手向かってくるんだろ? そのときはっちまってもいいんだよな?』


『問題ない。その代わり周りの目があるところでは向こうも本気で対応するから逆にやられないように気を付けるんだな』


 とゴードン。


『そんなへまはしねえよ』


「ドリスが……?」


 ヴァイオレットが唇を噛んで固く目をつぶった。

 今回の護衛の人選はヴァイオレット自身が行った。


 当然、彼女が信頼している者たちで固めている。

 そのなかにあってたった一人の女騎士だ。


 ヴァイオレットが彼女に寄せる信頼がどれほどのものかは想像に難くない。

 彼女の肩を抱く手にさらに力を込めると、その手にヴァイオレットがそっと手を重ねた。


「大丈夫だから……」


 大丈夫なわけがないし、とても大丈夫には見えない。


「そうだな」


「本当に大丈夫だから」


「分かっている」


『それで、仕事の開始はいつからだい?』


 女性の声にゴードンが答える。


『いまからだ。時間と場所、手段は全てお前たちに任せる』


『それじゃあ、今夜にでもサクッとやっちまおうかね』


『抜け駆けか? モニカ』


『早い者勝ちだろ?』


『面白いかもしれんな。向こうも到着した初日に暗殺者が来るとは思っていないだろう』


 とゴードン。


『文句はないよね?』


 モニカの問いに男二人が答える。


『ない』


『成功したらおごれよ』


『じゃあ、ちょっと仕事を軽ーく片付けてくるよ』


 モニカの声の後に扉の開閉する音が聞こえた。


 予想外の展開の速さだ。

 女暗殺者の方は罠任せにするとして、残った二人の暗殺者は予定通りここで黙らせておくとしよう。


『お前さんらしくないな』


『どういうことだ?』


『ショーンの旦那、いいのか? 八割をモニカに持って行かれるぜ』


 そう言う男の声音からは余裕が感じられる。


『俺は下調べを十分にしてからじゃないと動かない主義でな』


 そう言うお前はどうなんだ? ショーンが問う。


『危険な臭いがプンプンしやがるからな。まあ、あの女で様子見をさせてもらうさ』


「ヴァイオレット、予定通り襲撃する。ターゲットはゴードンとショーンと名無しだ」


「一緒に行くわ」


 彼女から震えと不安が消えた。


「魔力の全てを魔装に回せ。後は全て俺がやる」


「信じているわ」


 ヴァイオレットが真っ直ぐに俺を見た。

 よし、大丈夫そうだ。


 俺は屋根の上に設置していた暗視カメラなどの機材を異空間収納ストレージに収納して屋根から飛び下りた。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします


漫画:隆原ヒロタ 先生

キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生


原作ともどもよろしくお願いいたします

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