第22話 道中での食事

 昨夜到着した村を早朝に出発し、そろそろ昼に差し掛かろうとしていた。

 出発が早朝だったこともあり、同行者たちはそろそろ空腹を覚えてもおかしくない時間である。


「ダイチ、もう一つ頂戴!」


 ケーキの甘い香りが充満する馬車のなか、テカテカとした唇のヴァイオレットが皿を差し出した。

 いましがた、マスカットのタルトと桃のタルトで悩んだ末に諦めた桃のタルトを改めて要求する。


「今度はピンク色のヤツね」


「いまので六個目だぞ」


「ケーキって不思議よねー。まだまだ入りそうだわ」


「そろそろ昼食の時間だ。これ以上食べたら食事が入らなくなるからそのくらいにしておけ」


 ヴァイオレットの腹も心配だがそれ以上に同行している人たちの方が心配だ。


「入るから大丈夫よ」


 皿を引っ込めるつもりはないらしい。

 彼女が差し出した皿を受け取り、替わりに桃のタルトが載った皿を差し出す。


「これを食べ終わったら昼食だからな」


「ありがとう!」


 ショートケーキサイズのタルトに勢いよくフォークを突き立てると、その三分の一を口のなかに運んだ。

 これは早々に平らげるな。


 もしかしたら八個目を要求するかも知れない。

 そう思った俺は移動中の馬車の窓を開けると、騎馬で並走しているレイチェルに言う。


「レイトン隊長にできるだけ早く昼食にしたいと伝えてくれ」


「はい」


 騎馬に拍車をかけて前方へと駆けだした。


「もう昼食にするの? 少し早いんじゃない?」


 お前はな……。

 しかし、他の人たちは既に空腹を覚えているはずだ。


「うっ」


 俺の隣に座っていた侍女のコニーがハンカチを口に持っていった。


「コニー? 気分でも悪いの?」


「ご心配頂きありがとうございます。外の空気にあたれば治ると思います」


「無理しないのよ」


 家臣のことを心配し気遣う領主。

 この年齢を考えると良い領主になる素質が十分にあるように思える。


 原因がお前じゃなければな。

 どう考えても原因は馬車のなかに充満している七種類のショートケーキの甘い香りだ。


 ヴァイオレットがコニーのことを心配していると、馬車が街道から逸れて停車した。

 周囲はなだらかな平原が広がる。


 俺に続いて馬車を下りたヴァイオレットが開口一番に、


「この辺りに新しく村を作るのも良いかもしれないわね」


 伸びをしながら言った。


「ミャー」


 彼女に続いてニケが馬車から飛び出した。

 着地先はヴァイオレットの腕のなか。


「さあ、それじゃあお昼にしましょうか」


 ニケを抱きかかえた彼女が揚々と指示を出すと、護衛の兵士たちをはじめとした随行員たちが一斉に動きだす。


「俺たちは向こうだ」


 俺はヴァイオレットを伴って馬車から少し離れた平坦な場所へと移動する。

 俺たちに続くのは侍女のコニーとヴァイオレットの身辺警護であるレイチェルとノエル。


 五人が余裕で座れるテーブルと五脚の椅子を異空間収納ストレージから取りだして並べた。


「テーブルや椅子まで収納出来るアイテムボックス持ちがいると助かるわー」


 ヴァイオレットとコニーは俺の異空間収納ストレージにも慣れてきていたが、他の随行員は違う。

 あらかじめ作っておいた料理をテーブルの上に次々と並べていく様子を作業の手を止めて遠巻きに見ていた。


 そんな人たちをレイチェルとノエルが生暖かい目で見る。


「そりゃあ、驚くよね……」


「驚いているのはアイテムボックスと見たこともない料理のどっちだろうね」


 道中、ヴァイオレットが口にするものは全て俺が用意することになっていた。

 表向きは毒殺を警戒してのことだが内実は違う。


 地球から取り寄せた料理をヴァイオレットが気に入ったからにほかならない。


「さあ、今日のお昼は何かなー」


「天ぷらと味噌汁、野菜の煮付けだ」


「テンプラ! あれ、美味しいわよねー。塩で食べるのがまたいいのよー」


 この地域でも塩は高級品だ。

 ヴァイオレット以外の三人は塩と聞いて顔を強ばらせた。


「食材は? ねー、食材は何を使っているの?」


 あれだけケーキを食べていながらまだ食欲があるのか。

 成長期というのは恐ろしいな。


 地球の食材なので説明しても伝わらないのは分かっていても、彼女の要望に応えて一つ一つ説明をする。


「右からトラフグの白子、タイの白子、タラの白子。三種類の魚の白子の食べ比べだ」


「続きは食べながら聞くわ」


 ヴァイオレットがトラフグの白子の天ぷらにフォークを突き立てた。

 侍女のコニーとレイチェル、ノエルがどうしたものかと俺を見たので、ヴァイオレットと一緒に食べるよう勧める。


 続けて食材の名前を挙げる。


「牡蠣、エビ、カニ、キスと手前の皿には海の幸。奥の皿にはシイタケ、ピーマン、ナス、オクラの野菜と半熟玉子の天ぷらだ」


 ヴァイオレット、レイチェル、ノエルの三人は美味しそうに食べていたが、コニーだけは何とか口に運んでいるといった具合だ。

 コニーに炭酸水を出しながら声を掛ける。


「大丈夫か?」


「ありがとうございます。お腹は空いているので時間をかければ食べられます」


 食べる気力があるなら大丈夫だろう。

 俺たちは周囲の人たちの羨望の眼差しのなかで昼食を終えた。


 正直、固いパンを味気ないスープに浸したり、干し肉をかじったりする人たちを横目に豪勢な食事をするのはもの凄く気が引ける。

 その感覚はレイチェルとノエルも同じだった。


 馬車の出発後、俺はレイチェルとノエルに頼んで随行員の人たちにキャンディーとチョコレートを配った。


 ◇


 道中の索敵は護衛が担い、レイチェルとノエルが風魔法の索敵でこれをサポートするという体勢を取っている。

 しかし、暇を持てあましたヴァイオレットの気を逸らすことも兼ねてドローンを飛ばして周囲の様子を上空から哨戒してみることにした。


「それは初めて見るわね」


 俺の手のなかにある手のひらサイズのドローンにヴァイオレットが興味を示した。

 予想通りである。


「これはドローンという機械だ。詳しい説明は後でするからまずは見てくれ」


 馬車の窓からドローンを放つと、手元のコントローラーにドローンからの映像が映し出される。


「え? 何これ!」


 興奮して映像をのぞき込むヴィオレットにここに映し出されている映像が、ドローンから見た風景であることを簡単に説明した。


「この馬車にあたしたちが乗っているのね」


 映像を見てキャーキャーと騒ぐヴァイオレットとは対照的にコニーは静かなものだが、それでも興味はあるようでコントローラーに映し出された映像に視線はクギ付けだ。

 興奮した彼女が映像を見つめたままで言う。


「鳥になったみたいね」


「操作をしてみるか?」


「え? いいの?」


 彼女が心底驚いた顔で俺を見つめ返した。

 貴重な道具だとでも思ったのだろう。


 あれこれと要求はしてくるが、年齢よりもしっかりしているからかある程度のことをわきまえている。

 彼女の表情が驚きから喜びに変わる。


「操作のしかたを教えるよ」


 彼女の隣に移動して彼女が操作をするのをサポートすることにした。

 ドローンのコントローラーを受け取って十分あまり。


「飲み込みが早いな」


「上手に操作できているってこと?」


「ああ、上手いものだ」


 しばらくは四苦八苦してドローンに夢中になるだろうと目論んでいたが俺の読みはあっさりと外れた。 正直、こうも簡単に操作できるようになるとは思わなかった。


 自在に操作できることが楽しくてしかたがないようだ。

 しばらくドローンを操作していると俺の膝に移っていたニケが前方を睨み付けた。


 警戒した方が良さそうだな。

 俺は窓を開けてレイチェルとノエルに警戒の合図を送った。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします


漫画:隆原ヒロタ 先生

キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生


原作ともどもよろしくお願いいたします

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