第21話 領内視察へ
毒殺未遂事件から三日。
執務室の窓ガラスを叩く音が聞こえたので振り返ると、窓ガラスの近くにいたノエルが素早い動きで後退ったところだ。
顔を青ざめさせて左胸に手をあてている。
視線をノエルから窓の外へと向けると青い小鳥がホバリングしていた。
ピーちゃんだ。
俺は窓ガラスに歩み寄りながらノエルに声を掛ける。
「まだ慣れないか?」
「そうですね……。突然視界に入ってこられるとやっぱり驚いてしまいます」
「アリシア様からのお使い? 何かあったのかしら?」
ヴァイオレットはアリシアと付き合いが長いからか、ピーちゃんにも慣れているようで平然と対応している。
俺はピーちゃんの足に括り付けてあった手紙に目を通した。
「泳がせていた容疑者に動きがあった」
「ダイチの言う通り、二人を不採用にして正解だったわ」
突き止めたのはガイだった。
レイチェルとノエルの二人は俺の部下という形でヴァイオレットの身辺警護として新たに雇用した。
ガイとロドニーは表向き不採用。
しかし、実際には外部で諜報活動をしてもらっている。
「メイドのドナが街中でチンピラと接触をした」
黒幕の手下との接触を期待したが、敵もそこまでガードが甘くはないようだ。
ドナがチンピラに手紙を渡したことと、そのチンピラをロドニーが追跡していることをヴァイオレットに伝えながら手紙を渡す。
「ドナだったのね……」
寂しそうな顔をする彼女に言う。
「ドナ一人とは限らないからな」
「分かっているわよ」
口を尖らせるが直ぐに気を取り直して聞いてきた。
「ドナの手紙の内容は何だと思う? やっぱり毒殺の失敗とこちらの警備の強化を知らせたのかしら?」
「もちろん、それもあるだろうがそれが主じゃないだろう。失敗と警備の強化を知らせるだけなら翌日に接触してもおかしくない。三日も経ってから報告をしたと言うことは領内の視察計画を知らせたんじゃないかな?」
「ドナは視察計画の詳細を知らないわ……」
視察計画の詳細を知っている者のなかにも裏切り者がいる、と言ったことがショックだったのか彼女の顔が曇った。
「視察計画を変更するか? 取りやめるわけには行かないだろうが、日程を変えるなり訪れる順番を変えることはまだできるだろ?」
ヴァイオレットが考え込むように黙り込んだ。
しばしの沈黙の後、彼女が口を開く。
「予定の変更はしないわ。襲ってくるなら返り討ちにするまでよ」
自分自身をおとりに使って黒幕への糸口を掴みましょう、と言い切った。
「強気だな」
「護衛を信頼しているのよ」
「ミャー」
「もちろん、ニケちゃんのことも頼りにしているわよー」
「視察中は俺の言うことを聞いてくれよ。素直な護衛対象というのは好かれるらしいぞ」
俺はカリーナやデニスのおっさんに言われたことを思いだしていた。
「なあに、雇い主に言うことを聞かせようっていうの?」
予想外の言葉が返ってきた。
彼女は大仰に驚いて見せると、ニヤリと笑ってノエルに話を振る。
「ねーねー、ノエル聞いたー? あたしと二人きりになることも多い異性が『俺の言うことを聞け』ですって。どう思う?」
「え? えーと……。酷いお話ですね」
ノエルがさっと目を逸らした。
「ノエルはあたしの味方、っと」
ヴァイオレットが満面の笑みで俺を見た。
この娘が貴族でへそ曲がりでさみしがり屋で甘えん坊だということを忘れていたよ。
「前言撤回するよ。行動の制限はしない」
「ありがとう」
そのとき、扉をノックする音が聞こえた。
続くレイチェルの声。
「出発の準備が整いました」
領内視察へ出発する準備の監視を彼女に任せていた。
もちろん、表向きは監督である。
その最終チェックが終わったことを知らせに来た。
「さあ! それじゃあ、難問山積みの楽しい楽しい領内視察に出かけましょうか!」
ヴァイオレットが手紙を俺に返しながら言った。
真っ先に向かう先は彼女の叔父である、ルパート・ハント騎士爵に治めさせているクラファの町へと向かう。
これまでのようにヴァイオレットの信用失墜、統治者としての力量を周囲に疑問視させることを優先していたら自分の治めている町で凶行に及ぶことはないだろう。
しかし、逆に考えれば地の利があるので成功率は高くなる。
ヴァイオレットの暗殺のハードルが上がったと判断したら仕掛けてくる可能性が高い……。
考え込んでいたのだろう、ニケを抱きかかえたヴァイオレットが俺の顔を覗き込んだ。
「ダイチ、なにをしているの?」
「ミャー?」
「改めて領内視察の予定を思い返していただけだ」
「もしかして、全部頭のなかに入っているの?」
「まあな」
感心する彼女に余裕のある笑みを浮かべ、すらすらと領内視察の予定を口にした。
「意外と凄いのね」
「意外とは酷いな」
本当はタブレットパソコンで撮影した写真を
「そう言えば、以前、ダイチは大学に通っていたと言っていたけど? 大学って、最高学府のことで間違いないかしら?」
「そうなるな」
日本で通っていた大学は三流大学だが、最高学府であることに間違いはない。
「古代ノルト語が読めるのも偶然じゃなかったのね!」
「偶然で読めるようなものじゃないだろ……」
「ねーねー。道中、どうせ暇なんだし、馬車のなかでダイチが通っていた大学の話を聞かせてよ」
あと、ダイチの祖国の話も聞きたいわ、と急に尊敬の眼差しに変わる。
「馬車のなかで話すのは古代ノルト語の研究所設立の計画じゃなかったのか?」
ドネリー子爵領に一大学術都市を作り上げる。
その構想の核となるのが古代ノルト語の研究だった。
「古代ノルト語に関係することをアリシア様のいないところで進めたら後で恨まれそうじゃない?」
「確かに」
アリシアの可愛らしい怒った顔が目に浮かび思わず苦笑する。
「だったら大学の話をききたいなあ」
「分かったよ」
俺は彼女の要望を承諾すると、馬車へ向かうよううながした。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
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