第20話 作戦の本命は

 ポリグラフ――、嘘発見器を使っての尋問結果はかんばしいものではなかった。

 二人きりの執務室でヴァイオレットが残念そうに言う。


「ダイチの道具だから期待していたのにー」


「犯人を特定出来たり怪しい人物の絞り込みが出来たりしたら最高だったんだが、それは無理だろうと最初から思っていたからな」


 今回の結果は想定の範囲内だと告げる。

 検査の結果、もっとも疑わしい反応がでたのはお茶を運んできたメイドのシェリルだった。


 毒を混入させていなかったとしても、自分が運んだお茶に毒が入っていたのなら動揺して疑わしい数値がでてもおかしくはない。

 とてもじゃないが第一容疑者として尋問するほどじゃあない、と言うのが俺の判断だ。


 しかし、警備隊は違った。


「気の毒なことをしたなあ」


 いま頃は警備隊の厳しい尋問を受けているのだろう。


「嘘発見器がなかったとしても警備隊の尋問は免れなかったからそこは変に罪の意識を持たなくてもいいわよ」。


 ポリグラフの結果を未練がましく見ながらヴァイオレットが言った。


「容疑者の絞り込みからして穴だらけなんだよなあ」


 警備隊が絞り込んだ容疑者は毒が混入していた水に携わった者たちだけだった。

 料理長、その時間に厨房にいた料理人と下女、メイドのドナ、そしてお茶を入れたメイドのシェリルである。


 お茶に利用された水は料理長が水魔法でヤカンのなかに直接生成したものを火にかけて沸かしている。

 沸かしたお湯が下働きの女性の手でポットに注がれた。


 お湯の入ったポットを含めてメイドのドナがワゴンにお茶のセットを用意する。

 メイドのシェリルはそれを受け取って応接室まで運んできた。


 ここの流れは日常的に繰り返されているものだという。


「ヤカンから毒は検出されなかったから、毒薬を混入させるとしたらお湯がポットに注がれてからここへ運び込まれるまでの間と言うことになるのよねー」


 ヴァイオレットが「頭が痛いわ」と難しい顔をした。

 下働きの女性がお湯をポットに注いでからメイドのドナがお茶のセットを用意するまでの間、厨房にいた者だけでなく厨房の側を通り過ぎた者まで毒物を混入させることが出来たのだから、そりゃあ頭も痛いだろう。


 しかも、厨房の外を通り過ぎた者は今回容疑者に含まれていない。

 遠距離から毒物を混入させられるようなスキルを持っている者がいなかったのはせめてもの救いだった。


 そんなスキルを持った者がいたら疑わしいだけじゃすまない。

 今後は要注意人物として警戒の対象になる。


「あー、もう!」


 先ほどまで食い入るように見つめていたポリグラフの結果を執務机の上に投げ出して言う。


「全員、微妙な反応に見えるのはあたしだけかしら?」


「怪しげな機械を手に付けられて質問を繰り返されるんだから、やましいことがなくても鼓動が早くなったり汗をかいたりするんじゃないのか?」


 センサーを取り付けられた人たちは、一様にこの世の終わりのような顔をしていた。

 なかには検査の間中、神に祈りを捧げる者もいたくらいだ。


「言われればそうよねー」


「そもそも嘘発見器は信頼性が低い上、専門家が取り扱う代物だ。それを素人の俺が扱ったんだからこの結果も已むなしだな」


「提案しておいて、随分と無責任なことを言うのね」


「無駄なことを提案なんてするわけないだろ」


「でも、結局はこれまでと同じように疑わしい人たちを自宅待機にして監視するしかないじゃないの」


「今回はこれまで通り仕事を続けさせて欲しいんだ」


「どういうこと?」


「疑わしいからと自宅待機にさせて次々と新しい人を雇い入れる。これも敵の狙いじゃないかと思うんだ」


 ヴァイオレットの周りから信用のおける人材や古参の家臣、使用人を引き剥がすこと。

 それにより彼女自身を精神的に追い詰めることと、家臣や使用人からの信用を失墜させることが目的かも知れないと告げた。


「それは、そうかも知れないけど……」


「それに新しい人を雇い入れれば隙も生じるだろ」


「薄々は感じていたけど改めて指摘されると何だかもの凄く悔しいわね」


「他にも理由がある。というか、こちらが作戦の本命だ」


 思わず口元が綻ぶ。

 それを見逃さなかったヴァイオレットが食い気味に聞く。


「何を企んでいるのかきかせなさいよ」


「得体の知れない機械を身体に付けられてあれこれ調べられたら……、ヴァイオレットならどう思う?」


「そうね……、気味が悪いかしら?」


「今日、ポリグラフで調べられた人たちもそう思ってるんじゃないか? そんな状態で何ごともなく無罪放免。俺が犯人だったら絶対に泳がされていると思うな」


「なるほど! こちらが何もかも分かっていると思い込ませるのね!」


 途端、瞳が輝きだした。

 この子、こういうの好きだよなー。


 俺は内心で苦笑しながら言う。


「この作戦を知っているのは俺とヴァイオレットだけだ。悪いが他の人たちには適当に踊って貰おうと思っているが、構わないか?」


「二人だけ?」


「秘密を知る人間は少ない方がいい」


「何が起きているのか分かっていて、何にも知らない人たちを見るのは楽しそうよね」


 あたしも笛を吹く側の方がすきなのよ、とヴァイオレットが妖しく微笑んだ。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします


漫画:隆原ヒロタ 先生

キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生


原作ともどもよろしくお願いいたします

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