第19話 身辺警護増員
「このお茶を用意するのに関わった者、触れることが出来た者を直ぐに集めなさい」
ヴァイオレットの一言でレイトン隊長の指揮の下、別室に関係者が集められていた。
その間、ディールズ医師がお湯、茶器、茶葉の確認を行っている。
俺も念のため鑑定スキルを使ってそれらを見たが何も分からなかった。
思い起こせば、森で鑑定スキルを使ったときも毒や薬の材料になるという情報はもちろん、毒草だとか薬草だとかの表示もなかった。
レベルの様なものがあって、使い込むことによって情報量が増すとかあるのだろうか……。
そんなことを考えているとディールズ医師の声が耳に届く。
「毒はお湯に混入していました。マリーカの毒です」
マリーカと呼ばれる植物の根から採取できる無味無臭の毒で、少なくとも人間には臭いや味で判別がつく類いの毒ではないらしい。
「ここ三回とも同じ毒ね」
「はい、即効性の高い毒です」
唇を噛むヴァイオレットにディールズ医師が返した。
「それにしても来客時のお湯に、よりによって即効性の高いマリーカの毒を混入させるなんて少し雑じゃないかしら……?」
来客に出すお茶だ。
彼女よりも来客が先に口にする可能性だってある。
彼女が口にする前に来客が苦しみだせばその時点で暗殺は失敗に終わる。
確かに雑と言えば雑だ。
俺はディールズ医師が毒の検出をしている間にヴァイオレットから貰った書類の毒殺未遂に関する報告に改めて目を通していたが、そこに書かれていた報告では彼女しか口にしないであろう飲み物や食べ物に毒が混入されていた。
焦ったのか……?
或いは、ターゲットが彼女だけでなく邪魔な身辺警護にまで及んだと言うことだろうか……?
スハルの裔の面々も顔を青ざめさせ口数が少ない。
自分たちが毒入りのお茶を口にしていたかも知れないことに恐怖しているのだろう。
「尋問の準備が整いました」
レイトン隊長が開け放たれた扉のことろから声を掛けた。
「ご苦労様」
「同席されますか?」
「先に始めていて頂戴。あたしは用事を済ませたら向かいます」
ヴァイオレットがスハルの裔をチラリと見た。
レイトン隊長がその場を後にするとヴァイオレットがスハルの裔の四人に向かって言う。
「申し訳ないけどお茶はなしで良いかしら?」
スハルの裔は無言で首肯した。
腰を下ろした四人に向かってヴァイオレットが改めて言う。
「ご覧のようにあたしは命を狙われているわ。もちろん、毒殺だけでなく剣や弓矢、攻撃魔法による襲撃も複数回」
そこで言葉を一旦切って俺を振り返る。
「身辺警護の責任者はダイチだけど、護衛対象が女性だから彼が足を踏み入れられない場所があるわ。二人にはその辺りのカバーをお願いしたいのよ」
と砕けた口調でレイチェルとノエルの二人を見た。
レイチェルがおずおずと聞く。
「毒味とかも仕事の
「それはないから安心していいわよ」
これまでも毒味役は置いていない。
最初の毒殺未遂を除いて、全てディールズ医師の用意した検査キットで難を逃れていた。
その後もレイチェルとノエルから幾つか質問が続く。
彼らも護衛の依頼を受けたことはあるが貴族相手は初めてだったことと、毒殺という彼らからすると未知の手段が取られる可能性を懸念していた。
「毒に関しては専門家を増やそうとおもっているの」
ヴァイオレットがディールズ医師を見ると彼女が小さくうなずく。
なるほど、既に手配済みということか。
「それにニケちゃんっていう、心強い味方がいるから大丈夫よねー」
「ミャー」
「本当、ありがとうね」
「ゴロゴロー」
子どもらしい笑顔でニケを抱きしめた。
彼女の反応にスハルの裔の視線が俺に向けられる。
聞きたいことは分かる。
「ニケの鼻も万能じゃないからあまりあてにしないでくれ」
「分かっているわよ」
俺の言葉にヴァイオレットが素っ気なく返すが、態度はニケに全幅の信頼を置いているようにしか見えない。
その姿に俺だけでなくスハルの裔も不安そうな顔をした。
もちろんディールズ医師もである。
「それじゃあ、二人とも身辺警護を引き受けてくれるということでいいかしら?」
領主直々の依頼である。
断れる訳もないのだが、形式的に聞くと、
「お請けさせて頂きます」
レイチェルが代表をして答えた。
傍らのノエルがガイとロドニーの二人をチラリと見てヴァイオレットに聞く。
「あのう、男性二人はどうなりますか?」
「雇うならあなたたちの下働きをしてもらうつもりよ」
レイチェルとノエルの顔が輝き、対照的にガイとロドニーが目を丸くした。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔、とはああいうのを言うのだろう。
二人とも自分たちは雇われないと思っていたな。
大金も入ったし、男二人で羽を伸ばすつもりだったのだろう。
「あたしたちは四人一組のパーティーです。是非、彼らも雇ってください!」
「お願いします!」
レイチェルとノエルが身を乗りだした。
「そう? じゃあ、彼らはあなたたちの下男ってことで良いかしら?」
「最高です!」
「もちろんです!」
レイチェルとノエルの二人が同時に返事をした。
◇
スハルの裔を応接室に残して、俺とヴァイオレットとディールズ医師の三人は今回の毒殺未遂の関係者を集めているという部屋へ向かっていた。
「今回も犯人は見つからないでしょうね……」
ヴァイオレットが暗い面持ちでつぶやいた。
彼女のつぶやき通り、過去の毒殺未遂でも実行犯を特定することは出来ていない。
結果、関わった者を全て自宅待機として代わりの者を雇い入れていた。
「コニーをお使いに出したタイミングだったのがせめてもの救いかしら……」
再びため息を吐いた。
「コニーは二回も毒を見抜いたんだったな」
「そうね、彼女だったら検査薬も常備しているし検査をしてくれたかも知れないわね」
侍女として側に置いているだけあって信頼しているんだな。
もし、コニーが今回の事件に巻き込まれていたらその彼女も自宅待機にしないとならないのか……。
そう思った瞬間、不意に思い浮かぶ。
もしかしてこれまでの毒殺未遂は、彼女の身の回りから信用のおける人間を引き剥がすための手段なんじゃないのか?
それと同時に精神的に追い詰めて隙を作る。
過去の毒殺未遂も決して巧妙とは言えない。
「真偽を確認するような魔道具はないのか?」
「持っているの?」
俺の質問にヴァイオレットが瞳を輝かせて聞き返した。
どうやらないらしい……。
「魔道具じゃないがそれっぽいのはある」
嘘発見器を取り寄せられることを確認した上で伝えた。
「貸して! 貸して頂戴!」
「精度は今ひとつだ。疑いが強くなるだけで嘘を判定するまでは至らない。その程度のものだぞ」
「十分よ、それでカマをかけましょう!」
先ほどまでの沈んでいた顔が嘘のように、俄然やる気になっている。
「念のために聞いておくが、疑いが強い者に対して領主の特権を使って有罪認定するなんてことはないよな?」
「……え?」
一瞬の間とそれに続く疑問符。
「おい、
「やーねー。そんな横暴なこと、あたしはしないわよー」
冤罪で処罰しないまでも、何かしら企んでいたな……。
「約束だからな」
「誓うわ」
「ん?」
「どうしたの?」
「例の、女神の恩寵たる魔力にかけて、って誓いはしないのか?」
「あれは臣下が主に対してやることよ。あとは、そうね……、男性が愛する女性に対して誓うときかしら」
可愛らしい笑顔だ。
だが、騙されないぞ。
「お前、俺は臣下じゃないからな」
「分かっているわよ」
再び拗ねたように口を尖らせる彼女と一緒に関係者が待つ部屋の前へと到着した。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
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