第12話 秘密の共有

 その後、俺とアリシアはメリッサちゃんやスハルのえい、雑用をしてくれたトムとジェリーと合流して打ち上げを兼ねた夕食をした。

 スハルの裔の四人は上機嫌で酒も進む。

えー! 三人とも飲まないんですか?」


「せっかくの打ち上げですよー。楽しみましょうよー」


 ロドニーとレイチェルの言葉に俺とアリシア、メリッサちゃんが苦笑いをする。

 スハルの裔は今回の護衛の報酬とゴートの森で狩った魔物の素材を売却することで、二年以上余裕で暮らせるだけの財産を手にしていた。


「明日は朝が早いんだよ」


 明日からドネリー子爵の身辺警護をするので朝が早いのはたしかだった。

 しかし、酒を飲まないのは違う理由だ。


 俺たちが退室した後もあの部屋では話し合いが続いていた。当然、帰ったらセシリアおばあさんから何らかの話があるはずである。


「ドネリー子爵の護衛だそうですね」


「貴族、それも自分が住んでいるところの領主の護衛なんて名誉なことです!」


「アサクラ様の腕前なら当然ですよ」


「本当、いまでもあの戦い振りは素晴らしかったです!」


 すっかり酔っ払ったロドニーとレイチェルが目を輝かせた。


「アリシア様とメリッサさんが飲まないのは?」


 ノエルが二人を見た。


「飲んで帰るとピーちゃんが不機嫌になるんです」


「あたしはこの後でギルドに戻って仕事です」


 二人の理由に空気が沈んだ。


 ピーちゃんの恐ろしさは四人とも十二分に理解しているから当然の反応だろう。

 さらに四人の反応を見る限り、商業ギルドのブラックさもある程度は周知されていることのようだ。


 ◇


 打ち上げを終えた俺はアリシアをエスコートしてセシリアおばあさんの家へと戻った。

 出迎えてくれたのは留守番をしていたニケとピーちゃん。


 そしてリビングから聞こえるセシリアおばあさんの「話があるから早く来い」という声。

 俺とアリシアは顔を見合わせて苦笑すると声の主が待つリビングへと向かった。


 案の定、始まるミーティング。

 お茶の用意が終わると開口一番、予想通りの言葉が飛び出した。


「胡椒と塩と砂糖、少し安売り過ぎじゃないか?」


「胡椒も塩も砂糖も俺にとってはその程度の価値しかない品物だということですよ」


「価値を分かっとらんということはなさそうじゃな……」


「ダイチさんのアイテムボックスはいったいどれだけの容量があるのですか……?」


 俺が取り出す商品の数々。

 それがアイテムボックスという限られた容量のなかにあるだけだと思っているのだからこの反応も当然だ。


 そして俺が知り得た範囲での話だが、アイテムボックスの容量は輸送コンテナ三つ分くらいが最大容量だ。

 二人が俺のアイテムボックスの容量がそれを遙かに凌駕すると考えたとしても、精々その倍か三倍程度だろう。


「俺が持っているスキルはアイテムボックスじゃないんですよ。その上位互換となる異空間収納ストレージと呼ばれるユニークスキルです」


 この世界で俺だけが持つ特殊なスキルなのだとささやく。


「それって……?」


「容量が大きいだけではなく、アイテムボックスにない能力を備えているということ……か……?」


「俺の異空間収納ストレージは母国の倉庫に繋がっていて、定期的に母国の者が補充をしてくれます」


 うん、嘘はない。

 仮に嘘を見抜く能力者がいてもこれなら大丈夫だろう。


「……!」


「!」


 二人とも声を上げないのが精一杯だった。


「なので、懐事情に余裕がある限り、商品が尽きることはありません」


 最も肝心なことだと勘違いして貰えそうなことを、さも重要であるかのようにゆっくりと伝える。


「この国の者としては、小僧の実家が繁栄することを願うばかりじゃな」


「このことは秘密でお願いします」


「当たり前じゃ」


「はい! 絶対に誰にも言いません」


「小僧の方こそ簡単に人を信用して秘密を共有する者を増やすんじゃないよ」


「もちろんですよ」


 たったいま、嘘を見抜く能力を持った者が現れたときの言いわけにしようと考えていた、とは言えない。


 別の対策を考えないとな……。

 一瞬、緊張した空気が支配したが、アリシアがそれを変える。


「あの後、あたしたちが退室してからどんな話になったの?」


「ん? あの後か……」


「どうしたの?」


「ルパートが言うには、王家だけではなく、国王派とそれに対抗する貴族派も小僧の取り込みを狙っており、それぞれが独自に商業ギルドに接触をしてきたそうじゃ」


「ガラスの製法だけでそんなに表だって動かないわよね……?」


「当面はガラスとお菓子の製法を欲しがっておったがそうじゃが、口ぶりからするとその他にも幾つもの貴重な製造方法や技術に関する知識を持っていると考えておるようじゃな」


「王家と国王派は違うんですか?」


「王家は王家そのものじゃ。国王派は国王――、王家を中心とした派閥じゃよ。簡単に言うと王家は国王が自分だけの力を強くしたいと考えているし、国王派は王家を支持する貴族を含めた連中じゃな」


 それって内部分裂するんじゃないのか?


「よく分かりませんが、王家と国王派が争っても貴族派に利があるだけでは?」


「よく気付いたのう」


 いや、政治に疎い俺でも気付くよ。

 セシリアおばあさんがニヤリと笑って言う。


「じゃがな、貴族派も一枚岩じゃないからそっちはそっちで足の引っ張り合いをしておるから王家も国王派と綱引きができるんじゃよ」


「他国からつけ込まれませんか?」


「他国も似たようなものかもっと酷いから大丈夫じゃろう」


 酷い話だ……。


「どこかの国でまともな人物が即位したら大ごとじゃないですか」


「外敵が強くなったのに足の引っ張り合いをするほど間抜けな連中でもないから安心せい」


 互いに余裕があるから内部で足の引っ張り合いをしているってことか・

 国民や領民のことを考えていないのがよく分かる。


 俺の表情から何かを読み取ったのだろう、セシリアおばあさんが優しげに微笑んで言う。


「ヴァイオレットの父親はまともな人物じゃったよ。だからワシはこの町に住んでおるんじゃ。それに、ヴァイオレットも良い娘じゃ。友人の曾孫という贔屓ひいき目抜きでもそう思うよ」


「そうですね。ヴァイオレット様は優しい子です」


「もっとも、まだまだ未熟者だがのう」


 あれが一人前になるには二十年じゃ足りんじゃろうな、と笑った。


 十二歳じゃ未熟なのはしかたがないよな。

 俺だって二十二歳だけど自分が未熟なガキだと日々痛感しているくらいだ。


 笑っていたセシリアおばあさんが不意に真顔になる。


「ヴァイオレットが命を狙われているのは確かじゃ。小僧とアリシアが不在にしている間も三回の襲撃と二回の毒殺未遂があった」


 これは公にされていることではなく、セシリアおばあさんがドネリー子爵から直接聞いたことだった。


「それは急に増えたと言うことですか?」


「これまでは何かあっても精々一ヶ月に一回くらいだったので特に相談もしなかったがそうじゃが、ここに来て急に増えたから防御の魔道具と解毒剤の作成を依頼されたんじゃ」


 そんな子どもを明日から護衛するのか……。


「毒を解析するような魔道具は作れないんですか?」


「さすがにそんな代物は無理じゃよ」


 毒の判別は銀に頼っているということだ。

 俺の鑑定では分からなかったし……、これは結構ヘビーな身辺警護になりそうだな。


 その後、この一年余の間に起きたドネリー子爵家の事件と不在にしていた間の出来事を教えて貰ってから宿屋へと向かった。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします


漫画:隆原ヒロタ 先生

キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生


原作ともどもよろしくお願いいたします

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