第13話 身辺警護初日
翌朝、散歩がてら街中をのんびりと歩きながらドネリー子爵邸へと向かった。
随分とゆっくり歩いたつもりだったが、訪問するように言われていた時間よりも二十分ほど早い到着だ。
少し早い気もするが取り次ぎの時間を考えれば誤差の範囲だろう。
俺の頭の上でダラリとしていたニケを抱きかかえて門番に言う。
「ダイチ・アサクラが来たとドネリー子爵へ取り次ぎをお願います」
「約束のない者の取り次ぎはできない」
「ここはお前のような者が来るところじゃない。さっさと帰れ!」
二人の門番が即答した。
「先日、ドネリー子爵ご本人とお約束をしました」
「嘘を言うな」
「来訪者の予定があるなど聞いていない」
「お手数ですが確認をして頂けませんでしょうか」
「いい加減にしないと騎士団を呼ぶぞ」
さすが領主邸だ。
呼ぶのは衛兵じゃなく騎士団なのか。
「こっちはお前みたいなのに構っているほど暇じゃないんだ」
さっさと帰れと面倒臭そうに対応された。
服も上等なものを着てきたし武装も解除している。
怪しまれたり警戒されたりする要素を極力排除してきたつもりだったのだが、どうやら無駄な努力だったようだ。
「確認だけでもお願いします。このまま追い返したら叱られるのはあなたたちですよ」
「小僧! なめた口を利くんじゃない!」
一人の門番が俺に向けて槍の石突き部分を繰り出した。
俺は突きをかわしながら言う。
「危ないじゃないですか」
「貴様ー!」
今度は槍を横薙ぎに振り抜くが、当然、俺に当たるはずもない。
バランスを崩して転がっている門番を無視して、先ほどまでニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていたもう一人の門番に笑顔で言う。
「昨日、セシリア・ハートランド子爵に同行して訪れたダイチ・アサクラです。ヴァイオレット・ドネリー子爵との約束があって再訪した、とお伝えください」
ここで
どちらも恩のある人なのでそれだけは避けたい。
門番が慌てて笛を吹いた。
甲高い音が鳴り響く。
あれ? 時代劇とかで見たことあるぞ。
仲間を呼び集める笛だ
武装した男女がどこからともなく現れると、抜剣した状態でたちまち俺を取り囲んだ。
そのうちの一人、際立派な剣を携えた男性騎士が聞く。
「何者だ!」
「昨日、セシリア・ハートランド子爵に同行して訪れたダイチ・アサクラです。ヴァイオレット・ドネリー子爵との約束があって再訪した、とお伝えください」
厳しい口調の問いに俺は同じ言葉を繰り返した。
「その訪問者がなぜ乱暴を働く」
「乱暴を働いた覚えはありません。ドネリー子爵と約束があって訪問をしたと伝えたところ、こちらの門番に槍で殴り掛かられたので避けただけです」
「お前が先に槍で殴り掛かったのか?」
男性騎士が転がっている門番を見た。
「ち、違います! こいつが先に無礼な態度を取ったので少し脅かそうとしただけです」
「約束があって訪ねたと伝えることが無礼な態度なのですか?」
「訪問者があるという連絡は受けておりません」
もう一人の門番が答えた。
「訪問者の予定がないと言われたので確認をするようにお願いしましたが、それが無礼な態度にあたるのでしょうか?」
「恫喝したのはこちらに非があるかも知れないが、だからといってドネリー子爵邸の門番に暴力を振るうのはどうかと思うがね」
「その門番が転んでいるのは、彼が振り回した槍を俺が避けたからです」
バランスを崩して勝手に転んだことを告げると、事情を知らない後から集まってきた者たちが言葉を失って転がっている男と俺とを交互に見た。
「本当なのか?」
男性騎士が転がっている門番本人にではなく、もう一人の門番に聞いた。
「本当です」
「油断していただけです! それと、こ、こいつが、妙な体術を使ったんです!」
「情けない……」
呆れる男性騎士に一人の騎士が何やら耳打ちする。
「それは本当なのか!」
小声だが驚く声が聞こえた。
声が聞こえなくても表情から想像できる。
耳打ちした騎士は、昨日セシリアおばあさんに同行して俺が訪れたのを見たか知っていたのだろう。
すると男性騎士が俺を見て言う。
「いま、事情が分かる者に確認をさせています。申し訳ありませんが確認が取れるまでの間、こちらでお待ち頂けませんでしょうか」
口調と態度が変わった。
鷹揚に待たせて貰うと告げると、男性騎士がそこで初めて挨拶をして右手を差し出した。
「私は警備隊の隊長を務めるニール・レイトンです」
「ダイチ・アサクラです」
警備隊の隊長と握手を交わした。
◇
「ごめんなさい。どこで連絡が漏れたのかしら……?」
あのあと、何とか誤解が解けてドネリー子爵の下へと案内された俺に彼女が最初に言った言葉がこれである。
とは言え、貴族が平民に謝罪をすることは珍しいのだろう。
案内をしてくれたレイトン隊長とお付きの侍女が目を丸くしていた。
「ダイチ・アサクラ殿がご当主様の身辺警護となったことを屋敷の者たちに周知して参りました」
そう報告に来たのは四十代半ばと思しき紳士――、ドネリー家の家令であるクライド・ヘストンである。
「ご苦労様。それで、門番への連絡が漏れたのはなぜだか分かった?」
「そちらは調査中でございます」
「きちんと調べて報告をして頂戴」
家令にそう言うと、レイトン隊長に視線を移す。
「門番二人には厳しく言っておいてね」
彼女の言葉に家令とレイトン隊長が「畏まりました」とお辞儀をして退出した。
二人の足音が遠ざかるとドネリー子爵が再び謝罪の言葉を口にする。
「本当にごめんなさいね」
「閣下が悪いわけではありません。お気になさらないでください」
敢えて口にはしないが、連絡が漏れたのも問題だと思うが、あの門番二人の態度はそれ以上に問題だと思う。
ハッキリ言って俺が雇い主だったら解雇ものだ。
「敬語はやめてっていったでしょう。アリシア様と同じように接してくれると嬉しいなー」
「そう言うわけにはいきません」
「えー、せっかく歳の近い男の子が護衛になったのにー」
と少し拗ねたように言った。
ちょっと待て。
歳が近い男の子だと?
日本ですら年齢よりも若く見られることが常だったし、西洋人に近い風貌をしている人たちからすれば幼く見えるのかも知れない。
だが、十二歳の女の子に、歳が近いと思われるのはショックだ。
「閣下、私はこう見えても二十二歳です」
「またまたー」
軽く肘を突かれた。
「本当です」
「魔術師ギルドの登録証をみせなさいよ」
俺は無言で魔術師ギルドのギルド証を見せた。
そこには俺の魔術師としてランクと年齢が書かれている。
「うっそー!」
それを見たドネリー子爵が貴族の子女らしからぬ大声を上げて、俺の手からギルド証を奪い取った。
「え、えええ! 二十二歳って書いてある!」
ギルド証を食い入るように見ながら叫んだ。
「閣下、そろそろ仕事の話に入りたいのですが……」
「年齢詐称していない?」
「していません」
「本当?」
「本当です」
「信じられない……」
「信じてください」
信じることにしましょう、とギルド証を俺に返しながら言った。
「では、仕事の話をしましょうか」
「その前に、あなたのことはダイチと呼ばせて貰うわね」
「ご随意に」
「あたしのことはヴァイオレットって呼んでね」
可愛らしい顔と声で言ってもダメだ。
「平民が貴族家の当主に対して馴れ馴れしい態度をとるのは、不要なトラブルを呼び込むのでご容赦ください」
「トラブルは避けられないでしょう? お互いに……」
それはそうなのだが……。
一瞬の躊躇いを突いてドネリーは子爵が言う。
「寂しいのよ、味方になって。あたしもダイチの味方になるから」
潤んだ瞳で見つめる。
きりがないな、これは……。
「分かりました、ヴァイオレット様とお呼びいたします」
「敬語もなしで、ね」
「分かったよ、これでいいか?」
「合格よ」
潤んだ瞳は一瞬で消え、子どもらしい愛らしい笑顔がそこにあった。
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします
漫画:隆原ヒロタ 先生
キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生
原作ともどもよろしくお願いいたします
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