第11話 卸し

 セシリアおばあさんとの会話が一段落したところで、ルパートさんが俺に視線を向けた。


「今回は割に合わない調査依頼となってしまって申し訳なかった」


 無属性の魔石に関するミストラル王国での市場調査のことだ。

 依頼内容と今回現地で起きた事件を鑑みれば確かに報酬が少なすぎるだろうが、現地での事件など誰も予想出来なかった。


 そもそも、こちらが商業ギルドを利用しようと持ちかけた調査依頼だったので改めて謝罪をされると逆に申し訳なく感じてしまう。

 しかし、そんなことは口にできないので通り一遍の返ししか出来ない。


「こちらこそ商業ギルドの職員の皆さんを危険な目に遭わせてしまい申し訳ありませんでした」


「君がいなかったら生きて帰れなかったと同行した者たちから聞いている」


 俺とアリシアを見てお礼の言葉とともに頭を下げた。


「君たちには本当に感謝している」


「私たちは依頼をこなしたまでです」


 アリシアも小さくうなずいた。


「正体不明の集団との戦闘とマンティコア二匹との戦いを制してのその謙虚さは尊敬するよ」


 無属性魔術師のアランを一蹴しただけのことはある、とルパートさん。


「あまり褒めんでくれ。二人とも居心地悪そうにしておるじゃろ」


 セシリアおばあさんがそう言うとルパートさんが話を変えた。


「ここへ来る前に冒険者ギルドに寄ってきたそうだね」


「はい」


 無属性の魔石の採取完了の報告と余った魔石の買い取りを済ませてきたことを告げた。

 冒険者ギルドに販売した魔石の明細は、後日商業ギルドに届くことになっている。


「魔石の明細か……」


 ルパートさんが顔を曇らせた。


「なに、心配はいらんよ。あちらの上層部は刷新されるじゃろうからな」


「刷新?」


 セシリアおばあさんの言葉にルパートさんだけではなく、その場にいた事情を知らない者たちが疑問の声を上げる。


「なに、ちょっとした不正があったから現場と証拠を押さえてヴァイオレットに知らせてやっただけじゃ」


 冒険者ギルドでの出来事を楽しそうに語るとルパートさんが声を上げて笑いだした。


「それは素晴らしい! さすがセシリア様です」


 笑ったのはルパートさんだけで他の者たちはドン引きである。


「冒険者ギルドの方はヴァイオレットがなんとかするじゃろう」


「しかし、ドネリー子爵の失点が増えましたね」


 とルパートさん。


「最初は少々脅かして言いなりにさせる程度で済ませるつもりだったんじゃが、少々度を超えておったからな。ヴァイオレットには申し訳ないと思ったが已むなしじゃ」


「ドネリー子爵の監督不行き届きなのは確かですからね」


 自分の膝元で大事件が発生するわ、他国の間者が大量に紛れ込んでいることは明るみに出るわ、貴族の子弟が悪の組織に加担していた可能性はでてくるわ、しかもその貴族の子弟は人体実験までしていた疑いまである。


 これだけの事件が一度に顕在化しているのだから立場は悪いよな。

 両親を亡くして間もない十二歳の女の子が背負うには領主という責任があまりにも大きいと実感した。


「失点は取り返すしかなかろう。まずは冒険者ギルドの不正を暴いて、健全な組織に蘇らせることじゃな」


「冒険者ギルドの不正がなくなれば商業ギルドとしても助かります。我々もドネリー子爵への支援は惜しみません」


「おぬしのところも人ごとではないと思うが?」


「まったくです」


 ルパートさんが苦笑した。

 商業ギルドも先の誘拐事件に加担していた者が何人かいたわけだから、そりゃあ他人事じゃないよな。


「おぬしのところはどうするんじゃ?」


「商業ギルドの立て直しは当然ですが、ドネリー子爵への協力というか、支援は惜しまないつもりです」


「本人に言ってやれ」


「バカ正直にそんなことを言っても、よけいなお世話よ、と睨まれそうですけどね」


「目に浮かぶようじゃ」


 二人の笑い声が応接室に響く。

 笑っているのは二人だけで、他の者たちは誰もが話が聞こえなかった振りをしていた。


 ◇


 ルパートさんが、ところで、俺を見た。


「アサクラ殿に折り入って相談があるのだが、いま構わないかな?」


「私は構いませんが」


「自身で店舗を構えて商品を販売しようとしていると聞いているが、それとは別に卸売りをしてみるつもりはありませんか?」


「具体的にはどの商品でしょう」


 卸売りをしないと大陸全土どころか王国内への拡販も難しい。

 将来的には卸売りをするつもりでいるが、まずはスモールスタートとして俺自身の店舗を軌道に乗せるのが先だと考えていた。


「胡椒と塩、砂糖です」


 胡椒を国内で販売するには免許が必要となる。

 免許を取得して店舗で小売りをするよりもベルトラム商会のような大商会に卸売りをする方が良いというのは分かる。


「胡椒の卸売りは考えていましたが、塩と砂糖は考えていませんでした。塩と砂糖の卸売りを勧められる理由を教えて頂けますか?」


「ノイエンドルフ王国では塩と砂糖の販売に許可証は必要ありませんが、他国では――、例えば、タルナート王国は胡椒と塩と砂糖の販売は免許が必要となります。ストラル王国とデルビア王国では塩の販売、シトミル王国では塩と砂糖の販売に許可証が必要です」


 なるほど、近隣の国への輸出をするのに面倒な手続きが必要になるわけか。

 うなずくを俺を見ながらルパートさんが話を続ける。


「各国で新たに許可証を発行して貰うのは一筋縄では行きませんし、発行して貰うまでに時間がかかります」


「既に許可を受けている大手の商会をご紹介頂けると言うことでしょうか?」


「商業ギルドへ卸して頂き、商業ギルドを通じて大手の商会に販売したいと考えています」


 ルパートさんの言葉に商業ギルドの人たちも顔色を変えた。

 この話は初耳ということか。


 俺の乏しい知識では商業ギルドが卸売りをしているなんて話は聞いたことがない。


「失礼ですが、商業ギルドは他にどのような商品の卸売りをされているのでしょう?」


「実はこれを機会に卸売りを手掛けようと考えています」


 商業ギルドは国の管轄する組織だ。

 この提案の裏には王家が絡んでいると考えて良いよな。


 となると、狙いはガラス細工のように輸出品として高い価値が望める商品も将来的には卸売りの品目として加えようとしているのか?


「つまり、胡椒と塩と砂糖は手始めという理解でよろしいですか?」


「はい……」


 ルパートさんの顔色が変わった。

 当たりのようだ……。


「小僧を王家と関わらせたくはないんじゃよ」


 セシリアおばあさんの言葉をルパートさんが即座に否定する。


「王家は関係ありません。あくまでも商業ギルドとしての事業の拡大です」


「見え透いた嘘はやめてくれ」


 しばしの沈黙の後にルパートさんが笑いだした。


「敵いませんね。実はアサクラ殿がお持ちのガラス製品。そちらの製法を独占せよと命じられました」


「ガラス製品の独占はせんでもいいのか?」


「勅命の対象は製法です」


 待て待て待て!

 ガラス製品の製法に目を付けたってことはプラスチックや他製品の製法にも及ぶ可能性があるよな。


 いや、遠からずそうなる可能性が高い。

 さて、どうしたものだろうか……。


「どうする、小僧?」


 セシリアおばあさんにうながされて答える。


「そうですね……。胡椒と塩と砂糖の卸売りは受けようと思います」


「おお! ありがとうございます」


 ルパートさんが満面の笑みで俺の両手を取った。

 しかし、心の底から喜んではいない。


「それで、ガラスの製法は?」


 この流れで臆面もなくそれを聞くあたり嫌いじゃないが、交渉のカードとしてまだ残しておきたい。


「私は商人であって職人ではありません。残念ながらガラスの製法までは存じていません」


「そうでしょうな。いや、残念です」


 ルパートさんが快活に笑って言う。


「今日のところは胡椒と塩と砂糖の卸しをご承諾頂いたことで上出来としましょう」


 絶対に俺の言葉を信じてないだろ。


「私も良い取り引きができて嬉しいです」


 ルパートさんと笑顔で握手を交わした。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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