第9話 言いわけ

「本日はどのようなご用件でしょうか?」


 ギルドマスターが直立不動でセシリアおばあさんに挨拶する傍ら、俺とアリシアはマイルズに退出するよう恫喝された。


「お前たちは直ぐに退室しろ! 後の手続きはこちらでやっておく」


「手続きもなにもまだ俺たちはそちらの提案を承諾していませんよ」


「さっさと出て行け!」


「ハートランド様、無粋な冒険者が大変失礼いたしました」


 恫喝とご機嫌取りがさらに加速する。


「出て行かんと冒険者資格を剥奪するぞ!」


「いますぐ追いだしますので、少々お待ち頂けますか」


 ギルドマスターはそう言うと室外に向かって呼びかける。


「おい! 誰かいないか? この新人どもを直ぐにつまみ出せ! それとハートランド様にお茶をお持ちしろ!」


「俺がつまみ出す!」


 マイルズの手がアリシアに向かって伸びた瞬間、小さな悲鳴に続いてアリシアがセシリアおばあさんに抱きついた。


「曾お祖母ちゃん、怖い!」


「おうおう、可哀想に。何があったのかこのババに教えておくれ」


「とっても怖かったの……」


 アリシアが涙目で甘えた声を上げた。

 いや、もう演技は十分だろ。


「ベネディクト、ワシの可愛い後継者に随分なことをしてくれたようじゃないか」


「え……」


「この怯えよう、尋常じゃないよ。一体なにをしてくれたんだい?」


「この小娘が、い、いえ、お嬢様が後継者……?」


 ギルドマスターがセシリアおばあさんとアリシアの交互に見るが、思考の方は追いついてきていない。

 空虚な眼差しが二人の間を往復するだけである。


 マイルズに至ってはいつの間にか床にへたり込み、顔を青ざめさせたままセシリアおばあさんを見詰めていた。

 少なくとも、受付嬢は俺とアリシアがセシリアおばあさんと一緒に来たところも親しげに会話をしているところも見ている。


 現場からの報告が満足に上がっていないのか、上が無関心なのかは知らないが組織として改善しなければならないのは確かだろうな。

 いや、それ以前にこの二人は依頼書の表書きすらまともに確認をしていないのでは? と疑ってしまう。


 先ほどからこの二人の会話に出てくる情報は、依頼書の裏面に書いた俺の報告と納品の明細だけだ。


「この娘はアリシア・ハートランド。ワシの後継者じゃ」


 アリシアが次代のハートランド子爵だと言い切ると、ギルドマスターは力なく椅子に座り込んだ。


 そこへ三人のギルド職員がやって来た。

 何れも武装をしており腕にも覚えがありそうな面構えである。


「ギルドマスター、つまみ出すのはどいつですか?」


「いつものように二度と生意気な口をきけないよう、しつけもしておきますぜ」


「ば、ばば、ばか者! 出て行くのはお前たちだ!」


「は?」


「どうしたんですか?」


「いいから、さっさと出て行け!」


 気の毒なのは忠実な部下の方だ。


 呼ばれて部屋に来てみれば怒鳴られて追い返される……。

 何とも理不尽な職場である。


「さて、なにがあったのか話して貰おうかのう」


 セシリアおばあさんが、俺とアリシアの間に座ると正面で呆然としているギルドマスターを一瞥した。


「あの……、じ、実は有望な新人が現れたということで、その……、し、試験をさせて頂いておりました」


「ほう、試験?」


「はい! 試験でございます! 権力者からの理不尽な要求に屈しない正しい知識と強い心を持っているかを試しておりました」


「で、結果はどうじゃった?」


「もちろん、合格です!」


 光明が見いだせたと思ったのか、それまで新鮮なゾンビのような顔色だったギルドマスターの顔に血の気が戻ってきた。


「そうか、そうか。ワシの曾孫は優秀だったか」


 上機嫌を装って高らかに笑う。


「しかし、お二人とも素晴らしい働きです。ただでさえ希少なマンティコアの魔石を二つに留まらず、多数のブラックタイガーとキングエイプの魔石まで採取されました。冒険者ギルドの誇りでございます」


「小僧ならマンティコアくらい余裕じゃろうて」


 と上機嫌に笑う。


 俺も初耳だ。

 マンティコアには苦戦した記憶しかない。


「マンティコアを余裕……?」


 ギルドマスターが初めて俺をまともに見た。


「無属性魔法のアレンを知っておるか?」


「ええ、国内トップクラスの無属性魔法の使い手ですから」


 それくらいは知っているがそれがどうしたのだろう? と怪訝な視線を俺からセシリアおばあさんに移した。


「あのアレンが戦わずに逃げ出した相手がこの小僧じゃ」


「噂では一蹴したと」


「こいつが噂の無属性魔術師!」


 ギルドマスターとマイルズの驚く声が重なった。


「アレンさんは逃げ出したわけじゃありませんよ。俺と戦う必要がないと判断しただけです」


「見ていた者たちの目にはそうは映らんかったようじゃな」


 ギルドマスターが俺を見て言う。


「あの、現地の冒険者を雇って魔石を採取されたというのは?」


「そんなこと一言も言っていませんし、報告書にも書いていませんよ」


 お前が勝手にそう思い込んでいただけだ。

 俺とアリシアのことを理解したのだろう、ギルドマスターとマイルズが押し黙ってしまった。


「ところで、この二人に行った試験の話なんじゃが」


「はい、勿論満点での合格です! お二人とも素晴らしい能力と人格を兼ね備えた、将来有望な若者です!」


 ギルドマスターが隣に座るマイルズに同意を求めると、マイルズも同じように俺とアリシアを褒めちぎる。

 ひとしきり俺たちに対する賞賛の言葉を聞いたセシリアおばあさんが


「隣の部屋で全て聞いておった」


 実に楽しそうに言った。


「は?」


「聞いて……?」


 状況が理解できていない二人を楽しそうに見ながら言葉を続ける。


「隣の部屋で風魔法を使って聞いておったんじゃよ。聞いていたのはワシ一人じゃないぞ。ギルド職員と案内してくれた受付嬢も一緒に聞いていたのう」


 待機する部屋を用意して、素知らぬ顔で案内するだけでいい、とか言っておきながら証人までさせたのか!


 哀れな……。

 しかし、もっと哀れなのは正面の二人だった。


「ですから、試験です!」


 食い下がるギルドマスターにセシリアおばあさんが微笑む。


「その面白い言い訳はヴァイオレット・ドネリーの前でするんじゃな」


「あれは試験だったんです!」


「ワシだけじゃなくヴァイオレットのことも楽しませてやってくれ。でないと、後でワシが恨み言をいわれそうじゃからな」


 目に浮かぶ。

 何で呼ばなかったのよ! とか言いそうだ。


「さて、ヴァイオレットが到着するまでの間で依頼完了と余分な魔石の売却手続きをしようかね」


「ヴァイオレット様に知らせたんですか?」


 とアリシア。


「善は急げというヤツじゃ」


「もしかしたら二人が反省していたかも知れないじゃないですか」


 そうなったらドネリー子爵に無駄足を運ばせることになっていたかもしれない、とアリシア。


「ワシの魔石を横取りしようとした時点で有罪じゃ」


 俺もセシリアおばあさんと同じ意見だ。

 一つ二つ反省したからと見逃すよりも、上層部をすげ替えて組織の刷新を図る方が冒険者たちのためだと思う。


「失礼いたします」


 先ほど俺とアリシアをつまみ出そうとしたのとは別の職員たちが入ってきた。

 セシリアおばあさんに一礼するとギルドマスターとマイルズに向き直る。


「ベネディクトさん、マイルズさん。お二人を拘束させて頂きます」


「誤解だ、誤解があったんだ……」


 反論は力ない。


「全て聞かせて頂きました。ドネリー子爵がまもなくご到着されますので、申し開きはそこでお願いいたします」


 力なく抵抗する二人は数人の男たちによって部屋から連れ出されていった。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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