第10話 商業ギルドに派遣された者

「マンティコアの魔石とは望外じゃのう」


 五十個の魔石を受け取って上機嫌のセシリアおばあさんにアリシアが注意をする。


「曾お祖母ちゃん、声が大きいわよ」


「おお、そうじゃったのう」


 俺たちがマンティコアの魔石を入手したのは伏せられていた。


「これだけあればかなりの代物をつくれるじゃろうて」


「うふふふふ」


 セシリアおばあさんの妖しげな笑いにアリシアが愛らしい笑顔で応えた。

 そう言えば、二人で何かを作ろうとしていたんだっけ?


 それで無属性の魔石が足りないと言うことになったのを思いだした。


「何を作るんですか?」


「ん? それむごっ」


「秘密です、秘密ですから!」


 アリシアがセシリアおばあさんの口を塞いで言う。


「曾お祖母ちゃん、秘密ですよ! 秘密ですからね! 約束してください」


 口を塞がれたままのセシリアおばあさんがコクコクとうなずいた。


「まったく年寄りに乱暴しよって」


「ごめんなさい……」


 ヤレヤレと言った感じで愚痴るとアリシアが申し訳なさそうにうなだれた。


「小僧も詮索をするんじゃないぞ」


 え? 俺?


「アリシアが嫌がっているのに詮索なんてしませんよ」


「はい、この話題はおしまいにしましょう」


 とアリシアが締めくくった。


「さて、魔石の受け取り手続きも終えたことだし、うるさいのが来る前にここを出るとしようかのう」


 セシリアおばあさんが商業ギルドへの移動をうながした。


「ヴァイオレット様にご挨拶をしていかないのですか?」


「向こうも望んじゃおらんよ」


 自分の管理下にある冒険者ギルドでの失態を外部の者に暴かれたのだからバツが悪いのは確かだろう。

 普通なら会いたくない。


 それがセシリアおばあさんなら、なにを言われるか分かったもんじゃないから尚更だと言うのも理解できた。

 ドネリー子爵に気を遣ったのか、自分がよけいなことをしそうなので会うのを避けるのか知らないが、選択肢としては正解だと思う。


「それに十分に楽しんだじゃろ?」


「別に、楽しんでいたわけでは……」


 アリシアが気まずそうに言葉を濁して視線をそらす。

 いやー、絶対に楽しんでいた。


 しかし、それを俺の口から言うわけにはいかない。

 自然な流れを装って話題を逸らす。


「随分と時間を無駄にしましたし、少し急ぎましょう」


 これから一騒動起きる冒険者ギルドを後にして、平和そうな商業ギルドへと向かって歩き出した。

 商業ギルドへ向かう道すがらの話題がヴァイオレット・ドネリー子爵のこととなった。


「あやつはお前さんを取り込もうとするじゃろうから十分に気を付けるんじゃぞ」


「配下にしようとしているってことですか?」


「配下にするに値するかどうか、小僧の能力と人柄を見極めるための身辺護衛と考えて間違いないじゃろうな」


「つまり、身辺護衛は口実?」


「身辺警護が必要なのは事実じゃ。そこはきちんと守ってやってくれ」


「能力と人柄を見極めたら、必ず小僧を取り込もうとする。簡単に取り込まれたりするんじゃないぞ」


「取り込むって俺を騎士に任じるとかですか?」


「古代ノルト語が読めるので専門の研究機関を作ってそこの責任者に据える可能性もあると思います」


 とアリシア。


 なるほど、騎士なんかよりもそっちの方がありそうだ。

 俺たち二人を生暖かい目で見ていたセシリアおばあさんが言う。


「結婚相手ということもあり得るかのう」


「結婚? まさか、ドネリー子爵は十二歳ですよ」


「結婚! 曾お祖母ちゃん! そんな危険なところにダイチさんを任せたんですか!」


 笑い飛ばす俺の声がアリシアにかき消された。


「アリシアも賛成したじゃろ」


「結婚なんて言わなかったから……」


「貴族の未婚の当主じゃぞ。二十代、三十代の領地経営の補佐を経験したことがある者たちからの結婚の申し込みが絶えないと嘆いておったわい」


 日々、望みもしないお見合いや結婚の申し込み辟易としているのだと言う。

 貴族の当主というのは大変だな。


「それにしても結婚はいくら何でも早すぎます。ヴァイオレット様が可哀想です」


「あやつも普通の十二歳じゃないからのう。早いところ跡継ぎを作らんと益々もって命を狙われることになる」


 ドネリー子爵が死亡すれば継承権第一にある彼女の叔父が新たに子爵となる。

 そもそも、身辺警護が必要な理由もそのあたりにあった。


「小僧も自由でいたいなら、ヴァイオレットの護衛をしっかりとしつつ、籠絡ろうらくされないよう気をつけろ、と言うことじゃ」


「幾ら何でも十二歳の女の子に籠絡なんてされませんよ」


 笑い飛ばす俺をアリシアが厳しい目で見ていた。


 ◇


 商業ギルドに到着すると準備万端整えてリチャード氏とメリッサちゃんが待っていた。

 出迎えてくれたのはメリッサちゃん。


「お待ちしておりました。二階へどうぞ」


 俺たち三人は彼女に連れられて二階の応接室へと入る。


 セシリアおばあさんが当然のように付いて来たが良いのだろうか?

 応接室に入るとそんな疑問も吹き飛んだ。


「これはハートランド様、ようこそいらっしゃいました」


 諸手を挙げて歓迎したのは六十代半ばの老紳士。


「誰?」


「この地域の統括責任者で、ルパート・シンクレア騎士爵です」


 俺のささやきにメリッサちゃんがささやきで答える。

 よく分からないが、かなりの偉いさんだということは分かった。


「久しいのう」


「ご壮健なようで私も嬉しく思います」


「世辞は不要じゃ。そんなことよりもどうしてここにおるんじゃ?」


「無属性の魔石が不足していることが王都でも問題になっていまして、調べてこいと私が派遣された次第です」


「裏に何かあると踏んどるわけじゃな」


「敵いませんなー」


 快活に笑うルパートさんにセシリアおばあさんが笑顔で聞く。


「騒ぎのことはどこまで知っとるんじゃ?」


「商業ギルドが掴んでいることくらいしか知りません」


 今夜にもドネリー子爵邸を訪れるつもりだという。


「そういうことなら裏の事情については後日話をした方がよさそうじゃな」


 ドネリー子爵の顔を立てた。


「では、商業ギルドで掴んでいる範囲でお話をしましょう」


「そうしてくれ」


「こちらがリチャードの取り急ぎまとめたメモになります。正式な報告書はアサクラ様から報告書を頂戴してからリチャードがまとめます」


 ルパートさんがメモ書きを差し出した。


「メモ書きで十分じゃ」


「ミストラル王国だけでなく、デルビア王国、シトミル王国に向かった調査隊の報告もまとめておりますので、近々改めてご報告に上がらせて頂きます」


 ルパートさんの言葉にセシリアおばあさんが聞く。


「タルナート王国へは調査隊をだしておらんのか?」


「先の事件がございましたので調査対象から外しました」


「なるほどのう」


 そう言ってリチャード氏のメモ書きを俺に渡した。

 読んでもいいのか?


 ルパートさんに視線を向けると、笑顔で小さく首肯した。

 どうやら読んでもいいらしい。


 セシリアおばあさんがルパートさんと会話する横で俺とアリシアがリチャード氏のメモ書きに目を通す。

 ゴートの森での無属性の魔石を持った魔物の生息状況、リディの町での流通状況と冒険者ギルドがだしている無属性の魔石採取依頼の相場などが書かれていた。


 当然だが、書かれていることはどれも知っていることだけである。

 俺にとってメモ書きはつまらないものだったが、王都を含めた人々の動きは非常に興味深かった。


 ルパートさんがここにいるということはリディの町での出来事に関係なく、先の事件が大事件であると王都で判断されたということだ。

 そこにリディの町での出来事とドネリー子爵の騎士団が王都まで出向いたにも関わらずモーガン・ファレルを取り逃がしたことが加味される。


 何とも複雑できな臭い。

 店舗が未完成の商人だったらどこまで巻き込まれていたか分かったものではない。


 俺はドネリー子爵の身辺警護を引き受けたこと初めて幸運に思った。



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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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