第8話 ギルドマスター室でのできごと

「お連れいたしました」


「入れ」


 ノックと同時に受付嬢が俺たちを連れてきたことを告げると室内から横柄な返事が聞こえた。


 先ほどの俺たちを騙そうという会話を聞いてしまったというのもあるが、この横柄なもの言いだけで敵意を抱いてしまう。

 人間、やはり第一位印象が大切だと思い知らされる。


 扉が開くと部屋の奥に執務机がありその向こうに五十歳前後と思しき神経質そうな男性が座っていた。

 そして手前の応接セットには四十歳前後の筋骨隆々な男性が座っている。


「こちらがリーダーのダイチ様です」


「初めましてダイチです。同行しているのは同じパーティーのアリシアです」


 案内をしてくれた受付嬢よりも前に進み出て自己紹介をすると、彼女は逃げるように扉の外へと消えた。


「ギルドマスターのベネディクトだ」


 神経質そうな男性が自己紹介をした。

 間違いない、先ほど聞こえた声の主はこいつだ。


 続いて応接セットに座ったままで男性が挨拶をする。


「俺はマイルズ。去年まで現役冒険者だったが、いまはギルドの相談役をさせて貰っている」


 現役時代の力は衰えていないというアピールなのだろう「昇級試験の試験管をすることもある」と不敵な笑みとともに付け加えた。

 さて、ここからは俺とアリシアの演技力の見せどころだ。


 俺は最近外国から来たばかりでこの国の世情や常識に疎いが、無属性魔法に助けられて幸運にも成果を上げられた新人冒険者。

 アリシアは将来有望な魔術師だが俺と同じように世情や常識に疎い箱入り娘、という役どころである。


 要は、戦闘力しかない与しやすいカモを演じるわけだ。

 俺とアリシアが椅子に座ると対面に座ったギルドマスターが話を切り出した。


「今回は随分と幸運だったようじゃないか」


 依頼書の裏面を見ながら話を続ける。


「無属性の魔石を五十個採取する依頼に対して、ブラックタイガーの魔石を十七個、キングエイプの魔石を五十五個。そしてマンティコアの魔石が二個か、大したものだな」


 ギルドに買い取りして欲しいのはキングエイプの魔石三十六個だけで、他は依頼主へ直接納品したいと書いてあるのだが、案の定それには触れない。


「とても新人とは思えない成果だが、どうやって仕留めたんだね」


 とマイルズ。


「俺たち二人は魔術師なんでこれくらいは朝飯前ですよ!」


「ダイチさんの無属性魔法はとっても凄いですからね!」


「君たちが凄いのは分かったが、二人だけでこの数の魔石を入手するのは無理だろう。まして今回はマンティコアの魔石まであるんだ」


 現地の冒険者の助けを借りたんだろ? とギルドマスターに鋭い視線を向けられた。

 彼にマイルズが続く。


「リディの町に問い合わせれば直ぐにバレることだ。見栄を張らずに正直に答えなさい」


「あのですね……」


「正直に言った方がいいかもしれませんよ」


 言葉に詰まる俺にアリシアがささやき、俺はあっさりと折れてみせた。


「実はおっしゃる通りです」


「やっぱりベテランさんは違いますね」


 うなだれる俺の隣でアリシアは二人の推理に感心してみせた。


「嘘や隠しごとは感心せんな!」


 マイルズが強めの口調でそう言うと、ギルドマスターが懐柔するように笑みを浮かべる。


「別に責めているわけじゃないんだ。正直に報告してくれないと我々としても困るし、君たちはもっと困ることになるからね。君たちのような能力は高くても世間のルールに未熟な若者を導くことも我々の仕事なんだよ」


 おだてることと恩に着せることを忘れていない。

 こいつら手慣れてないか?


「困ったことになるって、どういうことでしょうか?」


 俺が不安げに聞くと、二人はその言葉を待っていたとばかりに口元を綻ばせた。


「いま、無属性の魔石が不足しているのは知っていると思うが、それはこの国だけでなく周辺諸国すべてがそうなんだ」


 ギルドマスターが語りだした。


「当然、貴重な無属性の魔石が国外に持ち出されるとなればいい顔はしない」


「持ち出すときに許可を得ていますよ」


 俺が口を挟んだことに一瞬イラッとした表情を見せるが、直ぐにそれを消して言う。


「君たちがそんな不正をするとは思っていない。だが、ここからの話は国を跨いでの冒険者ギルド同士の繋がりというか、暗黙の了解の話になる」


「はあ?」


「そういうこともあるんですね」


 俺とアリシアが理解不能という顔をする。


「自分のところの冒険者が手を貸したにも関わらず、貴重な魔石を全て持ち出されてはミストラル王国の冒険者ギルドの面目が潰れてしまう。これは理解できるな?」


「貴重な魔石というのはマンティコアの魔石のことでしょうか?」


「話が早いじゃないか! そいつを一つ向こうに渡さなきゃならないんだよ!」


 マイルズがずいっと巨体を乗りだした。


「そんな!」


「それはあんまりです」


 俺とアリシアの抗議をギルドマスターが片手で制して話す。


「マンティコアの魔石は貴重で、それこそ貴族が欲しがるような代物だ。我々としては貴族、特に領主との関係を良好に保つために色々とご機嫌を取らないとならない」


「それと今回のこととなんの関係があるんですか?」


「分かってねえなあ! 坊主!」


 マイルズの一言に怯えるアリシアを力づけるように肩を強く抱いて言う。


「脅かさないでください」


「いや、申し訳ない。脅かすつもりはなかったんだ。そうだろ、マイルズ」


「こんなことくらいで怯えてちゃ冒険者は務まらんよ、お嬢ちゃん」


 小馬鹿にするようなマイルズの視線にアリシアが怯えたように俯いた。

 ピーちゃんをお使いにだしておいて正解だった。


「マンティコアの魔石をギルドに買い取って貰えばいいんですか?」


 俺の質問にギルドマスターが指を二本立てた。


「二つだ」


「二つ?」


「あちらの国の領主とこちらの領主に一つずつ献上する。つまり、買い取りではなく無償提供ということになる」


 想像していた以上に酷い話だ。


「無償というのは納得できません」


「そうなるとギルドとしても君たちを護ってやれなくなるな」


「守る……?」


「冒険者ギルドというのは地方領主の管轄下にあるのは知っているだろ? 自分の管轄するギルドで献上すべき代物が採取できたにも関わらず、それが手元にこないとなったらどう思われるか想像できないのか!」


 ギルドマスターが神経質そうな顔で凄んだ。

 根底が間違っている。


 冒険者が入手した貴重な代物を管轄する領主に献上するなど聞いたことがない。

 むしろ、高額で買い取ってくれるはずだ。


「いい気持ちはしない、と思います……」


 うなだれてみせた。

 この部屋の会話はアリシアの風の精霊魔法でセシリアおばあさんが待機している隣の部屋に筒抜けなのだが、まだ突入してこないところをみるともう少しボロを出させたいのか?


「それは決定事項でしょうか?」


「決定事項だ」


 マイルズに続いてギルドマスターが言う。


「依頼主にはキングエイプの魔石を五十個収めて、残りはギルドが引き取ろう。マンティコアのことを考慮してブラックタイガーの魔石には少し色を付けてやってもいいぞ」


 どこまでも恩着せがましいな。


「え? ちょっと待ってください。ブラックタイガーの魔石は依頼主に納品させてください!」


「依頼内容は無属性魔石五十個なんだろ? キングエイプの魔石だって早々入手ができる者じゃないんだ、依頼者だって喜ぶさ」


 とマイルズ。

 何とも身勝手な話だ。


「それはあんまりじゃないかい?」


 セシリアおばあさんの声と同時に扉が開かれた。


「ハートランド様!」


 ギルドマスターとマイルズが直立不動でセシリアおばあさんを見詰めていた。



■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


2022年2月27日発売の「電撃マオウ4月号」よりコミカライズ連載開始いたします


漫画:隆原ヒロタ 先生

キャラクター原案:ぷきゅのすけ 先生


原作ともどもよろしくお願いいたします

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