第7話 無属性の魔石

「無属性の魔石を五十個ですね」


 依頼書を確認していた受付嬢が裏面へと視線を移した。

 冒険者ギルドからの依頼書の裏面は、依頼を受けた冒険者側が報告事項を記載する欄がある。


 今回の場合であれば入手した無属性の魔石の詳細報告が書かれていた。


「……あのう、少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか?」


 蒼白となった受付嬢が震える声で言った。

 声を震わせても笑顔を絶やさない辺りは立派なものだ。


 俺も笑顔で返す。


「ええ、構いませんよ」


 上司の下へ向かう彼女の背中に哀愁を感じていると隣でアリシアも同情の言葉を口にする。


「可哀想……」


「まったくだよなー」


「どの口が言うかのう」


 マンティコアから採取した無属性の魔石が二つあることを記載していたので、当然、スムーズにことが運ばないと予想していた。


「でも、あそこまで慌てるようなことなのですか?」


「滅多に手に入る魔石じゃないからのう」


 王都とまで行かなくても、大都市のオークションにかけられてもおかしくないほどには貴重な代物だという。

 もちろんそれだけではなかった。


「マンティコアの生息地があるとなれば当然報告義務も生じるからのう」


「生息地ですか……」


 アリシアが俺を見た。


「ゴートの森でいいんじゃないか?」


「え?」


「ゴートの森で狩ったのは確かだし、マンティコアの背後関係を冒険者ギルドに話すわけにはいかないからな」


「それもそうですね」


「来たぞ、おしゃべりはそこまでじゃ」


 先ほどの受付嬢が足早に戻ってきた」


「お待たせいたしました。二階のギルドマスター室までご足労をお願いいたします」


「この年齢になると階段がつらいんじゃがのう」


 受付嬢も難色を示されるとは思っていなかったのだろう、セシリアおばあさんの言葉に一瞬、表情を失った。


 ハートランド子爵とギルドマスターとの間で板挟みか……、気の毒に。

 そう思ったのもつかの間、受付嬢が直ぐに平常心を取り戻す。


「ギルドマスターに下りてくるように伝えてきます」


「そこまでしなくても大丈夫です。ちゃんと二階に上がれますから」


 二階に上がろうとした受付嬢をアリシアが止め、セシリアおばあさんをたしなめる。


「曾お祖母ちゃん、わがまま言わないで二階に行きましょう」


 アリシアにうながされて渋々と言った様子で二階へと上がった。

 案内された部屋の前まで来ると、室内から怒声が漏れてくる。


「もしマンティコアの魔石が本当なら、なんとしてもギルドで押さえるんだ! どこの馬の骨とも知れない依頼主なんぞに渡していい代物じゃないからな!」


 扉をノックしようとした受付嬢の手が止まる。

 ゆっくりと振り向いた彼女の顔からは完全に血の気が失せていた。


「あのう……、もしかして聞こえちゃいました……?」


「バッチリとな」


「ええ、まあ……」


「なんなら一言一句間違えず、声音まで真似して繰り返しましょうか?」


「お願いですから聞かなかったことにして挨拶をして頂けると嬉しいです」


「明らかな不正を見逃せと?」


 とセシリアおばあさん。


「えーと、えーと……」


 いまにも泣きだしそうな受付嬢に言う。


「君が立ち去るまでは何ごともなかった振りをするから、安心してノックをしてくれるかな?」


「ありがとうございますー」


「待て、小娘」


 セシリアおばあさんの言葉に受付嬢の手が止まった。

 セシリアおばあさんが、「ちょっとこっちへこい」と俺たち――、俺とアリシアと受付嬢をギルドマスターの部屋の前から引き離した。


「どうしたんですか?」


 俺は小声で聞いた。


「部屋へは小僧とアリシアとで入れ。ワシは後から入っていくとしよう」


 める気だ、ギルドマスターを嵌める気だ。


 いや、嵌めると言うよりも、この場合は悪事を暴くと言った方が適切だろう。

 しかし、やり口が汚い。


「曾お祖母ちゃん」


「小僧のタメじゃ」


 アリシアの責めるような視線をさらりとかわす。


「俺のため?」


「ダイチさんの?」


「これから色々とあるじゃろうからのう、味方は多い方がいいじゃろ」


「いや、それだと敵を作るだけでは?」


「弱みを握って味方にするもよし。味方にならないようなら首をすげ替えればいいだけじゃ」


 そのネタが転がっているのだから確実に拾おうじゃないか、とイタズラを思い付いた子どものように得意げな笑みを浮かべる。


「聞いていません、私はなにも聞いていません」


 両耳を押さえた受付嬢が涙を浮かべ訴えた。


「小娘、おぬしはいまからワシの友人じゃ」


「はい?」


「嫌ならギルドマスターの共犯ということになるがどうする?」


「私には養わないといけない弟と妹がいるんです。どうか見逃してください」


 膝をついて祈るように懇願した。


「見逃して欲しければ言うことを聞け?」


「わ、私は本当になにも知らないんです。信じてください」


「協力したら信じてやろう」


 本当になにも知らなそうなのに容赦ないな。


「協力……?」


「ワシが寛ぐための応接間を一室用意するのと、このままアリシアと小僧を何食わぬ顔でギルドマスター室に案内するだけじゃ」


「それだけですか?」


「そうすればおぬしは不正とは無関係の善良なギルド職員じゃ」


「……はい」


 受付嬢の心が折れた。





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        あとがき

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