第45話 決着

「ゴアー!」


「シャー!」


 マンティコアの咆吼が轟きニケが前方を激しく威嚇した。

 直後、不可視の衝撃が襲う。


 幾つもの風の刃が真正面から次々と斬り付け青白い輝きが間断なく生じる。

 子ども一人を抱きかかえての魔装。


 効果範囲を広げるだけでここまで魔力の消費が激しいのかよ!

 俺は大きく飛び退りマンティコアから距離を取った。


「シャー!」


 だが、またもニケが前方を威嚇した。

 こちらの手数が減っているせいか、マンティコアの追撃のタイミングが早くなっている。


「はあはあ、はあ……」


「頑張れ! 直ぐに治療をするからな!」


 クレアちゃんの息が次第に弱くなっていく。

 攻撃魔法を受けながらもマンティコアが姿を消しての攻撃を仕掛けやすそうな巨木が生えている場所へと誘導する。


「また不可視の攻撃か!」


 側面から撃ち込まれた幾つもの風の刃から逃れるようにクレアちゃんを抱きかかえたまま地面を転がった。


「あら、いらっしゃい」


「な、なななな!」


 リネットさんだったものが妖艶の笑みを浮かべ、パニック状態のアリシアが顔を真っ赤にして叫んだ。


「気になって覗きに来ちゃった?」


「見ないで! 見ないでー!」


「安心しろ、魔装を削る輝きで何にも見えてない!」


 嘘である。

 バッチリ見えた。


 だが、それを正直に告げるほど俺も子どもじゃない。


「グルルルー」


「フー!」


 マンティコアが茂みのなかへと姿を隠して、攻撃態勢に移ろうとしている最中、アリシアの悲鳴を上げ、クレアちゃんが血を吐く。


「後ろ、後ろを向いてください! 絶対に振り向いちゃダメですからね!」


「ごほっ」


 ハードな戦いだ……。


「魔物なんかよりもこっちの方が面白いわよ」


「ダイチさんはマンティコアの撃破に集中してください。あたしもこのおばさんを退治します」


「分かった、そっちは任せる」


「ガキんちょがー! 窒息死は止めだ! 生きたまま皮膚を溶かして醜い肉塊にしてやるよ!」


「大人しくやられたりしません!」


「お前が攻撃魔法を使えないってことは知っているんだよ! だいたい、攻撃魔法に割り振れる魔力の余裕なんてないだろ」


 魔装を維持するだけで精一杯じゃないか、とヒステリックに笑った。


「ゴアー!」


「シャー!」


 咆吼とともにマンティコアの姿が消え、ニケが虚空に反応した。

 続いて、雷撃が上空から降り注ぐ。


 雷撃の光と魔装を削る輝きが森のなかを眩しく照らす。

 これを待っていた!


 魔装が弱体化する瞬間だ!

 俺はニケが反応する空間へ向けて加速すると、虚空へ向けて魔装をまとった長剣を繰り出した。


 確かな手応えが伝わる。

 額から長剣を生やして絶命したマンティコアが虚空から姿を現した。


 視界の端にアリシアの姿が映る。


「あたしだって特訓したんですよ!」


 次の瞬間、アリシアの全身が炎に包まれた。

 火の精霊魔法。


「な、なにをしやがった!」


 アリシアを包む炎がスライム状となったリネットだったものを内側から焼いていく。

 スライム状の物体が焼かれ、蒸発しながら、収束して行く。


「ここまでです」


 リネットだったものに右手を密着させたアリシアが言った。

 ゼロ距離射撃。


 アリシアと特訓をした末にたどり着いた攻撃方法だった。

 たとえゼロ距離での攻撃魔法でも、放った瞬間に四方八方へとランダムに攻撃魔法が炸裂する。


 無数の岩の弾丸と水の弾丸がスライム状の物体を無数の破片に替え、風と炎の渦がそれらを次々飲み込んで焼く。

 逃げ場を失ったリネットを四つの精霊魔法が襲う。


「畜生ー! あたしだって、あたしだって、魔力を持って生まれてきていたら……」


 リネットだったものが消滅した。

 俺は背を向けたままアリシアに無事を確認する。


「アリシア、怪我はないんだよな?」


「見ましたよね……」


 俺の背中に向かって力なく言った。


「魔装を削る光で何も見えなかったって言っただろ」


「マンティコアを倒した瞬間、目が合いましたよね……」


 秒でバレた。


「アリシア様」


「マントと替えの服です」


 レイチェルとノエルが着替えを持って駆けつけた。


「お、にい、ちゃん」


「待ってろ、直ぐに治療するからな」


「ミャ」


 俺の言葉にニケが応えた。

 水の精霊魔法による治癒。


 クレアちゃんの傷口がみるみる塞がり、顔に精気が戻りだす。


「ダイチさん、クレアちゃんは大丈夫ですか?」


 マントを羽織るような音をさせながらアリシアが心配そうに声を掛けた。


「大丈夫だ」


 声の方向へ視線を向けた瞬間、胸元で激しい輝きが生じた。

 なんだ?


「ダイチさん!」


「アサクラ様!」


 アリシアとノエルの悲鳴のような声が耳に届く。


「なんで……」


「なんで!」


 レイチェルとクレアちゃんの疑問の言葉が重なる。

 ランスのような形状に変化したクレアちゃんの右手が俺の左胸を突き刺す直前で魔装に食い止められていた。


「クレアちゃん……、やっぱり君もか……」


「水魔法を使っているのになんでこんなに魔装が強力なの……!」


「クレアちゃん!」


「なん、で……」


「アサクラ様、離れてください!」


 呆然とするアリシアとノエルを置いて抜き身の剣を手にしたレイチェルが駆け寄る。


「レイチェル、来るな! まだ何か隠しているかも知れない!」


「気付いていたの? いつから?」


 何もかも諦めたように穏やかな笑みを浮かべた。

 逆に俺の方は涙を堪えるのに必死だ。


「手紙の送り主がリネットさんじゃないと知ったときから……」


 確信なんてなかった……

 あったのは本当に小さな疑惑だった。


 思い過ごしであって欲しいと願ったのに……。


「リネットに注意を向けさせて隙をつくろうとしたんだけど、ちょっとやり過ぎちゃったかな?」


 俺は、そうだな、と同意して聞く。


「お祖父さんとご両親はこのことを知っているのかい?」


「ああ、あの人たちは研究所が用意してくれた人たちよ」


 彼らは死ぬのが使命だった、となんの感情もなく告げた。


「研究所?」


「ひ・み・つ」


 その声が俺の耳に届いたときには既に手遅れだった。

 クレアちゃんの身体から幾つもの触手のようなものが伸びて俺の身体を絡め取る。


「ダイチさん!」


 アリシアに続いてレイチェルとノエルも悲鳴を上げる。


「これくらいじゃ俺の魔装は削れないよ」


「お兄ちゃんもお姉ちゃんも優しくって……、大好きだったよ」


「触手を解いてくれないか」


 クレアちゃんがうっとりした顔で言う。


「心中しましょう、お兄ちゃん」


 自爆か!


「離れろ! 爆破に巻き込まれるぞ!」


 俺は身体強化への割り振りを増やしてその場を全速力で離れる。


「二人きりもロマンチックでいいわね」


 彼女の触手が俺の脚に伸びる。

 ここまでか!


 巨木の枝へと飛び乗り、さらにそれを利用した上空へとジャンプする。


「タルナート王国は君のような子どもまで利用しているのか?」


「子ども……?」


 クレアちゃんが悲しい笑みを浮かべる。

 ニケの精霊魔法だけで足りるか?


「ピーちゃん、俺を攻撃しろ!」


 頭上を旋回しているが攻撃する気はなさそうだ。

 ダメか……。


「アリシアの裸をバッチリ見たぞ! 全部見えたぞ!」


 次の瞬間、躊躇いのない一撃が放たれた。

 ピーちゃんの攻撃に包まれるのと同時に、クレアちゃんの身体からも光が発する。


 衝撃が俺の全身を襲いあたりの空気を震わせた。

 クレアちゃんが爆発四散した……。


 爆発する直前、「あたしね、本当は十五歳なんだよ」そう聞こえた気がした……。

 あれは幻聴だと自分に言い聞かせながら地表へと落下した。


 ◇


「ミャー」


 地表に横たわる俺の顔をニケがなめた。


「すまない、ちょっといまは感傷に浸らせてくれ……」


「アサクラ様ー!」


「無事ですかー?」


 俺を捜す声が次第に近付いてくる。

 やれやれ感傷に浸る間もないか……。


「いました!」


「アサクラ様!」


「どこか怪我をされたのですか?」


「ダイチさん!」


 俺は身体を起こして無事であることを知らせる。


「怪我はないよ」


 微笑む俺を見て、顔を真っ赤にしたアリシアが安堵のため息を吐いた。

 しかし、そこから動こうとしない。


 アリシア一人を置いて、他の人たちが周囲に集まる。

 もしかして、さっきの嘘を吐いたことを怒っているのか?


 いや、チラリとでも裸を見られたかも知れないと思って恥ずかしがっているのかも知れないな。

 そんな彼女を可愛らしく思っていると、


「アリシア様の裸をバッチリ見た、とか大声で言うなんてデリカシーに欠けます」


 とメリッサちゃんが耳打ちした。


「え?」


「聞こえましたよ」


「それこそバッチリ聞こえました」


 レイチェルとノエルも非難するような目で言った。

 リチャード氏とロドニー、ジェリーの男性三人は何もなかったかのように素知らぬ顔で立っていた。






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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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