第44話 見えない戦い

「アリシアー!」


「ガアー!」


 巨木の背後から咆吼が轟くと同時に頭上から雷撃が襲い、雷撃の光と魔装が削られる輝きが俺の全身を包む。


 だが、まだ身体は動く。

 背後に回り込んだ男を先に倒そうと振り向こうとする矢先、別の方向から男の震える声が響いた。


「う、動くな! 動くと、こ、子どもの命は、ないぞ!」


「お、にい、ちゃん……」


 顔面蒼白となった男がクレアちゃんに短剣を突き付けていた。


「やめろー!」


 クレアちゃん救出の優先順位を下げたはずだったが無意識に足を止めて叫んでいた。

 魔装を削る衝撃が背中を襲う。


 振り向きざまに横に薙いだ長剣が空を切るが、俺から既に距離を取った後だった。

 しまった、仕留める機会を逃したか!


「この、この化け物が……」


「ウワァー!」


 震える声で後退る男の言葉をかき消すようにクレアちゃんの悲鳴が響き渡る。

 なんで悲鳴を上げている……?


 背中に冷たいものが流れる。

 やけにゆっくりと感じる時間のなかで俺はクレアちゃんの悲鳴が聞こえた方へと振り向いた。


 静寂が包む。

 音が消える。


 クレアちゃんの脇腹に短剣が突き刺さっている。

 血が流れている。


 涙を流して痛がっているのに悲鳴が聞こえない……。


「貴様ー!」


 流れる景色が加速した……。

 駆けだしたのは覚えているが、どこをどう駆け抜けたのか分からない。


 小さくない距離があったにもかかわらず、気付くとクレアちゃんを抱きかかえる男の眼前にいた。

 男の顔が恐怖に引きつる。


 男の首と胴とが別れ、血しぶきを上げてくずおれる。

 クレアちゃんを抱きかかえたままくずおれる男から彼女を救い出していた。


「クレアちゃん、大丈夫か!」


 周囲に音が戻る。


「おにい、ちゃん……」


「しっかりしろ!」


 背後に気配を感じた。

 振り返ることなく真横に大きく飛び退くと、たったいま俺がいた場所を高速で撃ち出された岩の弾丸が通過した。


 息をつかせる間もなく男が迫る。

 しかし、ニケの反応は俺の左側に向かって威嚇した。


 俺はニケの威嚇する方向に向かって右手を突き出し、異空間収納ストレージ内からサブマシンガンを乱射する。


「ギャンッ」


 悲鳴を上げてマンティコアが姿を現した。

 瞬間移動でなかったことに安堵する。


 シスター・フィオナと同類の能力――、何らかの魔法で己の姿を消して別のところに姿を映し出していると確信した。

 先ほどと同じだ。


 姿を消している間は魔装が極端に弱体化している。


「何があったの? 報告しなさい!」


 死角となる位置からリネットさんの声が上がった。


「アランが殺されました!」


 こちらに向かって走る男が答えた。


「クレアは?」


「奪われました」


「役立たずが!」


 吐き捨てるように叫ぶリネットさんにアリシアが言う。


「仲間でしょ? 死んでしまったことを悲しまないのですか?」


「いい子ちゃんぶるんじゃないよ、このガキんちょが!」


「くっ」


 死角となった位置からリネットさんの怒声とアリシアの苦悶の声が響き、激しさを増した魔装を削り合う輝きだけが見える。


「無駄だよ、抜け出せやしないっての!」


「アリシア、無事か?」


 慎重な動きとなったマンティコアと対峙しながら聞く。


「大丈夫です! あたしのことは気にしないでください。ダイチさんはマンティコアとクレアちゃんをお願いします!」


 輝きの向こうから苦しそうな声が届く。


「ガキんちょは無事じゃないよ、服が半分以上溶けているよ。下半身の方はもうほとんど何も残っていないよ」


「な、何を言うのですか!」


「アリシア、いま助けに行く!」


「来なくいいです! 来ちゃダメです!」


「服が溶けているって……」


 既に魔装が削り切られたんじゃ……。

 不吉な想像が脳裏をよぎった。


「溶けたのは服だけですから! 身体は魔装をまとっているのから大丈夫です」


「本当に大丈夫なのか?」


「大丈夫です! 大丈夫ですから、ぜーったいにこっちを見ちゃダメですからね! ロドニーさんも来ちゃダメですよ、見ちゃダメですよ!」



「ですが、アリシア様……」


「ピーちゃん、ロドニーさんを追い払って!」


「リチャードさんのところに戻ります!」


 声は元気そうだな。

 しかし、素肌に直接魔装をまとっているということは、防具や服を含めるような複雑な魔装の強化が出来ないほどに追い詰められているとことになる。


 態度ほどの余裕はないはずだ。


「気になるわよねー? もう下半身なんて生まれたままの状態よ」


「嘘です! 嘘ですからね! リネットさんは嘘を吐いています!」


 容易に想像が付く。

 嘘を吐いているのはアリシアだ。


「顔だけ残して――、意識がある状態で服を溶かしてあげるわ。そのあとで窒息死させてやる。生まれたままの姿を晒して死にな!」


「破廉恥な」


「ははははははは! 生き恥を晒しながら死んでいきな!」


 アリシアの反応にリネットさんが愉悦の声を上げた。


「思い通りになどなりません!」


 樹木の向こうで魔装を削り合う輝きが増す。


「そのあとで皮膚を溶かして醜い肉塊にしてやるよ。ドロドロの溶けた肉塊にね。その後で骨も溶かしてやる。後にはなあんにも、残らないよー」


「なんてみにくい……」


「醜いっていうな! あいつらみたいなことを言うんじゃないよ」


 リネットさんの激高する声が響く。


「醜いと言ったのはあなたの心根のことです」


「黙れ、黙れ、黙れー!」


 激しく叫んだあとで、泣きじゃくる子どものような声が聞こえる。


「魔力をくれるって言ったのに……、魔法が使えるようになるって言ったのに……。失敗作だなんて言いやがった……! あいつら、失敗作だなんて言ったんだ!」


「失敗作?」


「そうさ、あたしは失敗作なんだってさ……」


「あなた……、泣いているのですか?」


「泣くわけないだろ、このあたしが泣くわけないだろ……」


「可哀想に……」


「あたしを哀れむな! そんな目で見るんじゃない! 同情なんてするんじゃないよ!」


 声だけでは状況が掴めない……。


「グルルー」


 マンティコアがゆっくりと移動する。

 それに合わせて男も動いた。


 クレアちゃんを抱きかかえたまま戦うのは厳しいな……。

 マンティコアと男の動きに対応しながら、耳だけでリネットさんとクレアの様子を探る。


「魔力があるヤツが嫌いだ! 裕福なヤツが嫌いだ! 貴族が大っ嫌いだ! お前みたいな女が大っ嫌いだ!」


 泣きじゃくるようなリネットさん。


「何を言っているのです?」


「お前みたいな恵まれたヤツに何が分かる!」


 しがみつくクレアちゃんの手にわずかに力が入る。


「おに、いちゃん……。寒い、よ……」


「クレアちゃん!」


「ガア!」


 マンティコアの咆吼があたりに響いた。


「死にたくない、たす、けて……」


「もう少し我慢してくれ」


「お願い、魔法で治して」


「怖いよな、辛いよな……」


 でも、いまは何もしてやれない。

 ごめん……。


 マンティコアは咆吼だけ上げて飛び掛からない。

 攻撃魔法か?


 クレアちゃんを含めて広範囲に魔装を展開すると、四方八方から不可視の攻撃が襲いかかり、立て続けに魔装を削っていく。


 広範囲に展開すると効率が悪すぎる。

 決着が長引いては不利だ。


 俺は襲いかかる攻撃魔法のなか、長剣を大上段に構えて向かってくる男へと加速する。

 まずはお前を仕留める。


 振り下ろされた長剣が激しく輝きごっそりと魔装を削った。

 引き換えに俺の繰り出した長剣が男の左胸を貫く。


「グアァァー!」


「イヤー!」


 男の断末魔の声と死の瞬間を目の当たりにしたクレアちゃんの悲鳴があたりにこだました。






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        あとがき

■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有


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