第35話 疑念

 商業ギルドから派遣された雑用係のうちの一人、トムさんがガイを護衛に付けてリディの町へ戻ることになった。

 目的はアーマードベアが縄張りを放棄するほどの力を持った未知の魔物が生息している可能性を報告に戻ることと、討伐のための戦力を連れて戻ってくるためである。


「ガイ君、頼んだよ」


「お任せください」


 リチャード氏がガイからトムさんへ視線を移す。


「トム、リディの町に到着したら直ぐに騎士団に駆け込むんだぞ」


「はい」


 緊張した様子でトムが左胸を押さえた。

 そこには騎士団、衛兵、冒険者ギルド、商業ギルドへ宛てたリチャード氏からの手紙が入っていた。


 最も頼りになるのは騎士団だがリディの町に常駐している騎士団員は少数だった。

 不足分は衛兵と冒険者ギルドを頼ることになる。


「あとのことは任せておけ」


 ロドニーがガイに向けてサムズアップする。


「アサクラ様、ロドニーのヤツが調子に乗ったら叱ってやってください」


「任せておけ」


「そりゃないですよー」


 抗議するロドニーをよそにレイチェルとノエルが離れていくガイとトムさんに手を振って見送った。

 二人を送り出してからも状況に大きな変化はなかった。


 相変わらず魔物も獣も数が少ない。

 結果、アリシアの探索能力を頼ることにした。


「この方向が比較的魔物が多いです」


 直線距離でおよそ四キロメートルから五キロメートルの範囲に大小様々な魔物がいるとアリシアが言った


「風魔法ってそんな遠くまで分かるものだったんですね……」


 同じ風魔法を使うノエルが「自信をなくします」落ち込み、レイチェルが「桁違いですね……」と絶句した。


 ロドニーに至っては言葉もなかった。

 そんな三人の反応にアリシアが申し訳なさそうに言う。


「あたしの索敵は属性魔法でなく精霊魔法を使っているので……、ちょっとずるい……気がします」


 三人ともずるいなどとは微塵も思っていないのは直ぐに分かった。

 レイチェルとノエルが憧憬の眼差しを向ける。


「それに、索敵ならあたしなんかよりもピーちゃんの方が優秀ですよ」


 アリシアが上空に向かって左手を挙げると、どこからともなく青い小鳥が飛んできた。


「え!」


「きた……!」


 レイチェルとノエルの緊張した声に続いて、ロドニーとリチャードさんの小さな悲鳴が聞こえた。


 メリッサちゃんは慣れてきたのか顔を強ばらせるだけで耐えている。

 皆が固唾をのむなかでピーちゃんがアリシアの指に留まった。


「魔物を探すのが得意なのよね」


 とアリシア。


 確かに、彼女の言うとおり広範囲の索敵ではピーちゃんがダントツでナンバーワンだ。

 高速で飛行しながらの索敵は驚嘆すべきものがあるが、索敵の精度はアリシアに大きく劣る。


 ニケにしてもそうだ。

 結局、思慮深く慎重なアリシアの索敵が最も信頼できた。


「アリシア、ピーちゃんには上空を警戒してもらおう」


 ピーちゃんの本領は制空権の確保である。

 たった一羽、ピーちゃんが上空を旋回しているだけで、頭上の脅威がなくなるのはこの上なく心強かった。


「ピーちゃん、お空で待機していてね」


 飛び立つピーちゃんを見て、俺とアリシア以外が安堵のため息を漏らした。

 ブルーインフェルノという魔物に対する恐怖はそう簡単には払拭できないようだ。


 ピーちゃんが飛び立ったところでアリシアに索敵を頼んだ。

 集中すること数十秒。


「四キロメートルほどの地域を四十以上の個体が移動しています」


「多いな、群れか?」


「その規模の群れだとしたらキングエイプかフォレストウルフあたりですかね」


 俺の独り言にロドニーが答えた。

 ゴートの森に入って一日半、ようやく目的である魔物の名前を聞いた気がする。


「動きの感じからするとキングエイプではないと思います」


 地面を歩いているようだと告げた。

 キングエイプなら地面を歩くだけでなく、樹木から樹木へと飛び移って移動する個体があってもおかしくなかった。


「ハズレかー」


「まだ森に入って一日半です。本番はこれからですよ」


 ガイの言う通りだ。


「アサクラ様、フォレストウルフと思しき魔物が確認できた方向へ進みますか?」


 ここまで魔物との遭遇が極端に少なかった。

 魔物の群れが確認できた方向へ進めば他の魔物と遭遇する確率も上がるはずだとレイチェルが言った。


「レイチェルの言うことは一理あります」


「あたしも彼女の意見に賛成です」


 とロドニーとアリシア。


 俺は三人の考えを採用して、魔物が確認出来た方面へ進むことにした。


 進むこと小一時間。

 アリシアが魔物の群れを見つけたエリアに差し掛かろうとしていた。


 そのとき、


「若旦那、死臭がします」


 ロドニーが警戒する口調で言った。


「腐臭? フォレストウルフの狩りの跡じゃないのか?」


「これは人間の死臭です……」


 ロドニーが小さく首を振る。


「ごめんなさい、見落としていたようです」


「得手不得手はあるさ」


 謝るアリシアに「気にするな」と返した。

 風の精霊魔法を使って魔力と動きを感知して索敵を行うアリシアにとって、動かないもの、魔力のないものを感知するのは難しい。


 逆にロドニーは嗅覚と聴覚に優れている。

 こう言っては何だが人間の死臭を嗅ぎ分けるのはお手の物だろう。


「方向と距離はどれくらいだ」


「風の流れを考えるとこっちですね」


 右斜め前方を指す。

 進むこと十数分余。


「この先です」


 歩く速度を速めたロドニーに俺も続く。

 アリシアとメリッサちゃん、リチャードさんは逆に歩く速度が落ちる。


 まあ、死体があると分かれば歩みも鈍るよな。

 レイチェルとノエルも護衛対象にあわせて速度を落とした。


「こいつは……」


「リディの町の冒険者か? それとも外国籍の冒険者か?」


 ロドニーの隣に並ぶ。

 そこにあったのは見知った男たちの無残な姿だった。


「ダグラス……」


 ロドニーが祈り、俺も彼らに黙祷を捧げる。


「アサクラ様、人、でしたか……?」


 メリッサちゃんだ。


 魔物であって欲しいとの願いが籠もっているのが伝わってくる声音だ。

 死体が無残な状態であることを告げてから、アリシアとメリッサちゃん、リチャード氏の三人をこちらへと呼び寄せた。


「ダグラスさん……」


「この方たちは……」


「街道で我々を追い抜いていった冒険者たちですな」


 三人がダグラスたち五人の遺体に祈りを捧げる。

 その間、ロドニーとレイチェル、ノエルの三人が遺体の状態を調べていた。


「全員、剣か短剣による傷です」


「致命傷はどれも短剣です」


 とロドニーとレイチェル。


 傷が少ないのは一目で分かった。

 四人の傷は一つしかない。


 ダグラスだけが三つの傷を負っていた。

 脇腹に一つ、背中に一つ、そして致命傷である心臓に一つ。


 斬り合ったと言うよりも三人に斬りかかられたとように見える……。


「ダグラスは若旦那の攻撃をかわすほどのヤツですよね?」


「ああ」


 冒険者ギルドで彼らに絡まれたときのことを思いだす。


 他の四人はともかく、ダグラスだけは動きが違った。

 俺自身、あのタイミングで仕掛けた攻撃がかわされるとは思わなかった。


「Aランクの冒険者だと言っていましたね」


 祈りを捧げていたアリシアが言った。


「そのAランクの冒険者が相手に一撃も入れられずに致命傷を受けています」


 ダグラスの剣には血が付いていなかった。


「襲ったヤツラは相当の手練れと考えて間違いないな」


「特に短剣使いがヤバいです」


 硬質な革鎧をダグラスの魔装ごと貫いて致命傷を与えたと考えられた。

 無属性魔法の熟練者ということになる。


「足跡が少ないわね」


「大勢で包囲してから攻撃したのかと思ったけど違うみたい……」


 周辺を確認していたレイチェルとノエルの会話が耳に届いた。

 俺が振り向いたことに気付いたレイチェルが言う。


「アサクラ様、襲ったのは五人組のようです」


「同数の敵に手もなくやられたのか……」


「旦那、襲撃者のなかに女が一人います」


「間違いないのか?」


 足跡と匂いで女性が一人交じっていることは間違いないとロドニーが言い切った。

 俺の胸のうちに一人の女性が浮かんだ瞬間、ロドニーがその名前を口にする。


「この匂い、リネットさんかも知れません……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る