第26話 手続き
俺たちを連れてきた女性職員と入れ違いで五十歳前後と思しき年配の男性職員が現れた。
周囲の態度を見れば管理職クラスの職員だと分かる。
「まずはギルド証を提示して貰おうか」
カウンター越しに厳しい口調と横柄な態度で要求した。
「手続きが後回しになったことは謝ります」
「申し訳ございません」
俺とロドニーが冒険者のギルド証をカウンターの上に置くと、「フンっ」と鼻を鳴らして面倒臭そうにギルド証に手を伸ばす。
「商人が冒険者の真似ごととは冒険者ギルドも舐められたものだな」
見習い、と記された俺の冒険者証を見ると面白くなさそうにつぶやいた。
感じの悪いヤツだな。
「ピピッピ」
「もう、邪魔しないの」
後で遊んであげるからねー、とピーちゃんに愛おしそうに語り掛けるアリシアをそのままに、男性職員の厳しい視線は俺とロドニーに向けられる。
「さっさと出しなさい」
「出しましたが?」
カウンターの上にある俺とロドニーのギルド証を彼の前に押しやると、「全員の分だ」とアリシアの分も出せと俺とロドニーに詰め寄る。
額どころか全身汗びっしょりだ。
指先も小刻みに震えている。
強気な態度を取っていてもピーちゃんは怖いようだ。
「頑張るなー」
恐怖に耐えて強気な態度を貫く職員さんにロドニーが感嘆の声を上げた。
確かに頑張っている。
ギルド内にいた冒険者の半数以上はピーちゃんの存在を知って逃げ出していた。
そいつらに比べれば肝が据わっているのだろう。
「ありました、ギルド証」
アリシアが鞄からギルド証を取り出すと、すかさずピーちゃんがそれを加えてカウンターの上に降り立った。
皆の視線がピーちゃんに注がれるなか、恐怖に耐える職員さんの眼前でギルド証を加えたピーちゃんが右に左に歩き回る。
ピーちゃんの動きに合わせて男性職員の視線が泳ぐ。
こいつ、男性職員がビビっているのを楽しんでないか?
恐怖に耐えかねた男性職員が小さく後退ると、ピーちゃんは泰然とした動作でギルド証を彼の前に置いた。
「ありがとう。お利口さんね」
「ピー」
アリシアが褒めると嬉しそうに彼女の手のひらへと羽ばたく。
絶対に分かっていてやっているよな?
俺が思っている以上に知能が高いのかも知れない。
男性職員がギルド証を確認している間に俺たちはリディの町での滞在申請書を書き上げた。
「ギルド証に問題ない」
「こちらが滞在申請書です」
カウンターの上に乱暴に置かれた三人分のギルド証を受け取り、代わりに三人の滞在申請書を差し出した。
「ミャ」
足下で大人しくしていたニケがカウンターの上に飛び乗った。
「どうした、退屈したか?」
「君、猫をカウンターの上に載せるんじゃない」
間髪を容れずに男性職員の叱責が飛ぶ。
その瞬間、ピーちゃんがニケの頭の上に飛び乗った。
「ピピ」
「ミャミャ」
「次は従魔の証明書だ」
カウンターの上でじゃれる猫と小鳥のことは忘れたのか?
黙っている俺に男性職員が畳み掛けるように言う。
「証明書がないと従魔を連れて町中に入ることを認めるわけにはいかんな」
だからなんて俺に言うんだよ。
いや、アリシアが何かの拍子で怒り出したり泣き出したりしたらピーちゃんが黙っていないと警戒しているのは分かる。
分かるが、それでも釈然としない。
「アリシア、証明書だってさ」
「はい、こちらです」
アリシアが魔術師ギルドのギルド証を差し出した。
裏書きに従魔についての記載がある。
男性職員が恐る恐る魔術師ギルドのギルド証に手を伸ばした。
ピーちゃんを警戒しているのが丸わかりだ。
それでも虚勢を張り続けるのはたいしたものだとも思う。
「Bランク魔術師!」
アリシアの差し出した魔術師ギルドのギルド証を手にした瞬間、男性職員が驚きの声を上げた。
聞き耳を立てていた周囲の職員、冒険者たちからも驚きの声が上がる。
一瞬にしてギルド内がどよめきに揺れた。
人のことは言えないがアリシアの見た目は十五、六歳に見えるからな。
Bランク魔術師だなんて夢にも思わないだろう。
震える手でギルド証を裏返した男性職員が今度は叫び声を上げた。
「錬金術師のハートランド様!」
「まだ見習いですけど」
とアリシア。
「も、もし、もしかして……、大錬金術師の、セシリア・ハートランド様に
「セシリアは曾祖母です」
アリシアの言葉にギルド内の空気が変わった。
ピーちゃんのときはパニックになったが、今回は空気が凍てついたように静まりかえった。
声を発せられることを思い出したかのようにポツリ、ポツリとつぶやきが漏れる。
「ハートランド子爵様の?」
「セシリア・ハートランド様の曾孫……」
「大錬金術師の血縁……」
周囲からささやく声が聞こえるなか、男性職員の顔から血の気が引いていく。
血の気が引く瞬間を初めて見た。
「大変、失礼いたしました!」
突然、男性職員がカウンターの向こうで土下座をした。
もしかしたら、俺が考えていた以上にセシリアお祖母さんって凄い人なのか?
そこからはスムーズに手続きが進んだ。
ピーちゃんにビビっていたギルド職員や冒険者はもとより、訓練場に避難していた者たちまでアリシアを一目見ようと集まってきた。
その雰囲気に辟易としたピーちゃんが外へと飛び出したほどである。
俺たちの対応をした男性職員は気の毒になるくらい恐縮しまくっていた。
俺たちは周囲の好奇視線に晒されながら手続きを終えた俺たちは、ギルドの隅で震えているダグラスたちと合流する。
「待たせたな。二階の部屋を借りられることになったからそこで話をしよう」
「若旦那、勘弁してくださいよー」
ダグラスが何とも情けない声を上げた。
「情報収集をしたいだけだ。悪いが付き合って貰う」
拒否権はないと伝える。
情報収集にはダグラスたちだけでなく、ギルドの職員さんの何人かも同席してくれることになっていた。
「ピーちゃん」
アリシアが外に向かって呼びかけると窓から青い影が飛び込んできた。
ピーちゃんである。
ギルド内で小さな悲鳴が幾つも上がった。
「大人しいのに皆に怖がれて可哀想……」
その意見はおかしい。
皆の方が可哀想だと思う。
「一目でブルーインフェルノって分かりますからね」
とロドニー。
「うーん……? 羽、染めてみる?」
小首を傾げてそう言うと、アリシアが可愛らしくピーちゃんに提案する。
「黄色なんてどうかしら? きっと可愛らしいわよ」
なるほど、染めるのはありかも知れない。
ロドニーも同じ意見らしく互いにうなずき合う。
気付くとピーちゃんが俺のことを睨んでいた。
睨んでいる、よな?
「黄色でも鮮やかな黄色がいいわね」
アリシアが話しかけているにも関わらずピーちゃんは俺を睨み付けたままピクリとも動かない。
もしかして、染めるの嫌なのか?
「ピーちゃん? 黄色が嫌なら純白なんてどうかしら?」
微動だにせず俺を睨んでいる。
アリシアを止めろってことだよな……。
「アリシア、ピーちゃんの羽の色は今の鮮やかな青が似合っていると思うんだ。誇り高いブルーインフェルノに他の色は似合わないんじゃないかな?」
「そう、かも知れませんね」
「な、ロドニーもそう思うだろ?」
「え? ええ、そうですね」
「ピーちゃん、いまのままがいい?」
「ピピッ」
ピーちゃんが嬉しそうに羽ばたいた。
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あとがき
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『無敵商人の異世界成り上がり物語 ~現代の製品を自在に取り寄せるスキルがあるので異世界では楽勝です~』が12月24日に発売となりました
皆様、改めてどうぞよろしくお願いいたします
作品ページです
https://sneakerbunko.jp/series/mutekisyonin/
Bookwalker様商品ページ
https://bookwalker.jp/deca6c822c-70af-447e-bee6-d9edb8a53c46/
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