第24話 圧倒的な力

「いまの話を聞いてなかったのか?」


「悪いことは言わねえ、ゴートの森に近付くのだけはやめときな」


 絡んで来たのは二十代前半の男二人。

 こういう連中特有のニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべていた。


 目に見える範囲でも二十人以上の冒険者がいるが、他の冒険者たちは遠巻きにして成り行きを伺っている。


「若旦那、あの二人の仲間と思われる冒険者が少なくとも三人います」


 ギルドに入って来たときに五人で固まって会話していたのをロドニーが憶えていた。

 そして、残る三人は彼らの後ろに一人、初心者向けの依頼が貼り出されている掲示板の前に一人、階段の手すりに寄りかかってこちらを伺っているのが一人だと言う。


 よく見ているなー。


 この若さで冒険者ギルドからBランクの認定を受けるだけのことはある。

 それを聞いたアリシアがささやく。


「攻撃魔法は得意ではありませんが、いざとなったらあたしも加勢します。ダイチさんとやった特訓の成果をご覧にいれます」


 いや、やめてくれ。

 付け焼き刃の特訓の成果を室内で目の当たりにしたくはない。


「大丈夫だ、アリシアは見ていてくれ」


「俺が加勢するんでアリシア様は後ろに控えていてください」


 俺とロドニーの声が重なると、アリシアが残念そうにつぶやく。


「そうですか……」


「次の機会を楽しみにしているよ」


「では、ゴートの森にしましょう」


 と笑顔のアリシア。


「ゴートの森なら、まあ……」


「本気ですか?」


 ロドニーがアリシアに聞こえないようささやいた。


「ピーちゃんの攻撃とどっちがいい?」


「究極の選択ですね……」


 俺たちが冒険者ギルドの物理的な崩壊を回避するために頑張っていたというのに、しびれを切らした男たちが声を荒らげる※。


「何をこそこそと話してるんだ?」


「人が親切に忠告してやってるってのに無視するんじゃねえ!」


 沸点低すぎだろ。


「気にしないでください。仲間内の相談事です」


「てめぇ、礼儀がなってねえな」


「なめたこと言ってんじゃねえよ」


「こっちも遊びに来たんじゃないんだ。脅かされたくらいでスゴスゴと引き下がるわけにはいかないんだよ」


 危険は承知の上なのだとキッパリと言い切った。

 一瞬でギルド内の空気が張り詰める。


 こちらの態度に俺たちが腕に覚えがあると警戒したのか、ロドニーが仲間と見抜いた三人が動きだした。


「ロドニー、アリシアの護衛を頼む」


「任せてください。ピーちゃんの手を煩わせたりしませんよ」


 心強い返事だ。


「ガキが!」


「手足の二、三本は覚悟しろよ!」


 眼前のチンピラ二人が殴りかかってきた。

 遅い、遅すぎる。


 予想はしていたが身体強化と魔装を展開した俺の敵じゃない。

 気の毒だが俺がこの町で快適に過ごすための踏み台になってもらう。


 左側から迫る男の腹部に右フックの要領で拳をたたき込む。

 身体を捻った反動で右側の男の脇腹に左フックの要領で拳をたたき込んだ。


 身体強化による高速の連撃。

 傍目には二人が同時に吹き飛んだように見えたはずだ。


「ゴハッ」


「グッ」


 二人が苦悶の表情を浮かべた。


「おい、本当かよ」


「あの若いの、やるじゃないか」


「かなりの手練れだな」


 狙い通りこちらの実力の一端を示せたようだ。

 数人が驚きの声を上げると、たちまちざわめきが周囲に広がる。


「あっちの兄さんも随分と気が短いようだな」


「安い挑発に乗ったな」


 なかには評判を下げるような声も聞こえた。


「手加減はしてある。だが、内臓に損傷があるかも知れないから治癒魔法をかけてやるよ」


 俺の言葉を遮るように彼らの仲間と思われる男たち声が上がる。



「いやー、お兄さん、強いねー」


「兄さん、いきなり殴り掛かるとは酷いじゃないか」


 一人は余裕を見せ、もう一人は怒りを顕わにしている。

 初心者向けの掲示板の前にいた男と二人の背後で様子を見ていた男が互いに目配せをしながらゆっくりと歩いてくる。


 そして階段の手すりに寄りかかっていた男が無言で身構えた。


「絡んで来たのも仕掛けてきたのもそこの二人だ」


「格好いいいねえ、お兄さん。身体強化が使える魔術師は口調も立ち居振る舞いも自信に満ちあふれていて惚れ惚れするよ」


「どっちが先かなんて関係ねえ。仲間に暴力を振るわれて黙ってられるほどお人好しじゃねえんだよ」


 いまの俺の動きを見てなお戦いを吹っかけるのか。

 これは警戒した方が良さそうだな。


 とは言っても、俺のやることに変わりはない。

 無属性魔法による身体強化と魔装を展開し、圧倒的なスピードとパワー、堅牢な防御力でごり押しするだけだ。


「ご覧の通り、身体強化だ」


 こちらに向かってくる二人に「無益な争いは避けたい。引いては貰えないかな」と投げかけた。


「身体強化ねえ。その程度のことで大口を叩けるなんて若い、若いねえ」


「坊主、魔装ってのをその身体に教えてやるよ」


 無言の男を含めて三人が一斉に飛び掛かってきた。

 三人とも魔装が使える前提で迎え撃つ。


 最も動きの速いヤツは無言の男。

 俺は最速で俺へと迫る無言の男に向かって踏み出した。


 三人の顔に驚きが浮かぶ。

 俺の左回し蹴りを腹部に受け、無言の男の顔が苦悶に歪む。


「カハッ」


 まずは一人。

 振り向きざまに加速をし、正拳突きの要領で左拳を鳩尾みぞおちにたたき込む。


「グフッ」


 あと一人、からかうような口調の男。

 最後の一人に向かって加速して右の拳を突き出した。


 脇腹を捕らえたと思った瞬間、ギリギリのところでかわし、男が床に転がった。

 初めてかわされた!


 だが、次はかわすことが出来ない態勢とタイミングだ。

 仕掛けようとした刹那、床に転がった男が叫ぶ。


「降参だ! 俺たちの負けだ! 治癒魔法が使えるならそれも頼む!」


 床で大の字になって負けを認めた。


「こちらも無益な争いは本意じゃない。この喧嘩はここまでにしよう」


 俺の一言でギルド内の張り詰めた空気が緩んだ。


「ダイチさん、怪我はありませんか?」


「若旦那、大丈夫ですか?」


 アリシアとロドニーが駆け寄る。


「アリシア、済まないが怪我人に治癒魔法を頼む。ロドニーは念のためアリシアの護衛についてくれ」


 二人が倒れている男たちの下へと駆け寄った。

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