第9話 深夜の選抜

 翌日早朝。


 俺とアリシアはセシリアおばあさんの自宅をでて、冒険者ギルドへと真っ直ぐにやってきた。

 二人の挨拶がハモる。


「おはようございます」


「おはようございます、アサクラ様、ハートランド様」


 受付カウンターの向こうからモニカさんが営業スマイル全開で元気に返してきた。

 そんな彼女を見たアリシアがポツリと独り言ちる。


「元気ですね、モニカさん……。いつ眠っているんでしょう……」


「依頼するパーティーが決まりました」


「ありがとうございます」


 昨夜持ち帰らせてもらった書類の束をカウンターに置きながら告げると、モニカさんの表情が一段と明るくなる。


 本当に元気だな。

 もしかして、他の種族の血が混じっているんじゃなかろうか。


「モニカさんはいつも元気ですね」


「健康と元気なのが取り柄です」


 明瞭めいりょうな答えだ。


「いつ眠っているんですか?」


「え?」


「昨夜も、俺たちが帰った後も仕事をしていたようなので」


「ご心配頂きありがとうございます。でも大丈夫ですよ。昨夜も日付が変わる頃にはぐっすりと眠りました」


 六時を少し回った時計をチラリと見ながら言う。

 さらに、冒険者ギルドの敷地にある寮に住んでいるので、起床から五分もあればカウンターに立てるのだ、と朗らかに付け加えた。


 ブラック企業決定だな。

 などと余計なことを考えながら、別に分けておいたパーティーの関係書類を書類の束の隣に並べる。


「こちらのパーティーでお願いします」


「お選びになったのは『スハルのえい』ですか」


 それまでも安定した仕事をしていたが、この二年間で頭角を現した成長株のパーティーだった。特に危機回避能力に高い評価を得ているのだという。

 モニカさんの話を聞きながら、俺は昨夜のことを思いだしていた。


 ――――数時間。


「坊主、パーティーを選択する際の優先順位は決めておるのか?」


「ひととなりは言わずもがなですが、最優先は戦える女性がいることです。願わくは接近戦と遠距離攻撃が熟せる女性が欲しいですね。次点で、索敵能力と感知能力が優れていることです」


 前者はアリシアの護衛である。

 当然だが、アリシアに男を貼り付かせるわけにはいかない。就寝時や湯浴み、着替えなどのシチュエーションでも対応できるとなる自然と女性になる。


 後者はニケがいればある程度回避できそうな気もするが、万難を排する意味でも最も重要視したい項目である。

 さらにターゲットとなる獲物の居場所を探し出す上でも役に立つ能力だ。


「第一印象で避けたいと感じたパーティーはおったのか? 直感は大切じゃ、少しでも嫌悪感を覚えるメンバーがいるパーティーは避けた方がいいじゃろうな」


 今回のように目的地が遠方で長期となる護衛のケースでは、相性がトラブルの原因となる可能性が往々にしてある。

 結果、依頼の失敗や最悪死者がでる遠因ともなるのだと言った。


「それは大丈夫です」


「今回のパーティーは皆さん好感の持てる方々でした」


 と俺とアリシア。


「戦える女性が必要なことをあらかじめ伝えていなかったんだろ?」


「依頼するときはそこまで深く考えませんでした」


 伝えるべきだったと後悔していた箇所を見透かされたように指摘された。

 それが顔色にでたのだろう、セシリアおばあさんが「分かっているようじゃが」と念を押すように言う。


 そして書類の束から半数ほどを選り分けながら、セシリアおばあさんが言う。


「最初にその要件を伝えていたら、こいつらは時間を拘束されずに済んだし、坊主とアリシアの面接時間も半分ですんだんじゃぞ」


「反省することしきりです」


「念のため言っておくが、戦える女性が必要条件だった、と言うことは冒険者ギルドにも本人たちにも伏せておくんじゃぞ」


「ご指導、ありがとうございます」


 余計なトラブルと俺自身の評判を下げないためなのは直ぐに分かった。

 セシリアおばあさんが、テーブルの上に六つの書類の束を作り、俺とアリシアの顔を交互に見ながら聞く。


「そうなるとこの六組から選ぶことになるが、索敵と感知の能力に不安があるパーティーはどれじゃ?」


 アリシアと二人で相談の末、二組のパーティーを外すことにした。

 理由は、どちらのパーティーも索敵と感知の能力が水準以上の者が一人しかいなかったからである。


 索敵のような常時必要とされる能力を一人に頼ることのリスクは大きすぎる。

 これで残り四組となった。


「他の必要条件はなんじゃ?」


 セシリアおばあさんに先をうながされて、続く優先する項目を挙げる。


「先に挙げた索敵と感知の能力とも被りますが、獲物を探し出す能力と仕留める能力が欲しいので、今回のターゲットであるブラックタイガー、オーガ、キングエイプの狩りの経験を参考にするつもりです。欲を言えば、長距離の護衛の経験なども判断材料として加味したいと考えています」


「経験は大事じゃな」


 セシリアおばあさんは、待ってもそれ以上は口を開かずに俺とアリシアを黙ってみていた。

 ここから先は自力か。


 魔法、という単語が脳裏をよぎる。

 残った四つのパーティーは何れも全員が何らかの魔法を使える者たちで構成されていた。魔法の面で際立っているのは二組のパーティー。


 魔法を基準に選ぶなら二組のパーティーに絞り込める。


「何を基準に選んだらいいと思う?」


「あたしは自分が魔術師だからかもしれませんが、最後にものを言うのは魔法だと信じています。たとえは悪いですが、魔力がない方が戦闘の最中さなかに大怪我を負えば、手足を失えば心が折れるでしょう。ですが、魔法という力を持っていることが諦めない心の強さを生みます」


 アリシアが明確に道筋を示した。

 彼女の言うように魔法の力は信頼するに足る力だ。


 俺自身、他者よりも優れた魔法が使えると分かって自信が付いたし、思考が驚くほどポジティブになった。


「よし、魔法を最後の判断材料にしよう」


 俺は迷うことなく二組のパーティーを残す。

 一つは四十五歳のベテランをリーダーとする五人組のパーティーで、全員が魔術師ギルドに所属する魔術師でもある。


 前衛の二人は身体強化と魔装を使いこなし、中衛も身体強化と魔装を使える上、火と風の二属性の魔法が使えた。

 三人ともBランクの魔術師である。


 後衛の二人は魔装こそ使えないが身体強化が使え、一人が水属性、もう一人が土属性の魔法を使えた。

 回復と遠距離攻撃タイプの後衛である。


 惜しむらくは後衛の二人の魔術師ランクがDと言うことくらいで、他の能力と経験はは突出していた。

 もう一つは、二十七歳の男性がリーダーを務める男女二人ずつの四人パーティーで、やはり全員が魔術師ギルドに所属する魔術師であった。


 経験は中堅レベルだが、それでもこちらの要求水準は十分に満たしている。魔法を基準にして改めて比べると、この若いパーティーがとても魅力的に見えてくる。

 四人の書類に伸ばした俺とアリシアの手が触れた。


「ごめんなさい」


「そいつらにするのかい?」


 慌てて手を引っ込めるアリシアの可愛らしい声とセシリアおばあさんの声が重なった。


「スハルの裔、彼らに決めました」


「あたしもダイチさんと同じ意見です」


 俺の隣でアリシアも力強くうなずいた。

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