第10話 同行者たち

 ミストラル王国での市場調査とゴートの森で行う無属性系の魔石採取。

 後者はセシリアおばあさんの依頼。前者も無事に商業ギルドからの指名依頼という形で俺とアリシアのパーティーが受注した。


 商業ギルドが首を縦に振った背景には、無属性系魔石の供給減少が彼らにとっても大きな損失になっている、というのも理由の一つなのだが……。とどめとなったのは、セシリアおばあさんの助言で動いた魔術師ギルドからの圧力だった。


 魔術師ギルドも無属性系の魔石がなくて困っていたのだから、難色を示すことなく動いてくれた。

 やはり人を動かすのは利害を絡めるのが大切だと学んだ一件である。


 そして、ミストラル王国への出発当日。

 出発メンバーは西門へと集まっていた。予備を含めて馬車三台という小さな隊商並みの規模の馬車隊である。


 そのなかには……。


「何で私まで……」


「リチャードさん、あたしを生贄にしようとしたむくいですよ、きっと」


 呆然と虚空を見詰めるリチャード氏に、酷薄な笑みを浮かべたメリッサちゃんが追い打ちをかけた。

 市場調査なので商業ギルドの職員も同行する。


 商業ギルドに相談に行った際に対応してくれたのはリチャード氏。依頼内容を告げ、同行者の選出をお願いすると間髪を入れずにメリッサちゃんを推薦した。

 それが二日前のことである。


「そう言うことでしたら、彼女が適任でしょう。なんと言ってもお二方にとって最も気心の知れた職員ですからな」


「嫌です!」


 受付カウンターの前にも関わらず、業務命令を拒否するメリッサちゃんの声が響く。

 しかし、リチャード氏が耳を貸すことはなかった。


「彼女は若いですが優秀な職員です。そろそろ出張に行ってもらおうかと思っていたところです」


「出張なら他にも行くところありますよね?」


「アサクラ様やハートランド様と一緒なら彼女も喜ぶでしょう」


「一生懸命働きますからー、ゴートの森に出張にだすのだけは勘弁してくださいー」


 懇願するメリッサちゃんをリチャード氏が鷹揚な態度で諭す。


「喜びなさい、メリッサ。長期出張だ。しかも他国への長期出張となればキャリアにもなる」


「し、仕事! 仕事が溜まっています!」


「ロジャーに引き継がせるから心配いらない。安心してアサクラ様とハートランド様のために働いてきなさい」


「生贄なんてあんまりですー」


 メリッサちゃんの悲痛な訴えが受け入れられることはなかった。


「彼女を同行させますので、存分に使ってください」


「心強い限りです」


「メリッサさんなら安心です」


 俺とアリシアもメリッサちゃんを見ないようにしてリチャード氏に微笑む。


「え? 決まりなんですか? あたしで決まりなんですか?」


「商業ギルドからの同行者ですが、あと一人二人お願いしたのですが難しいでしょうか?」


「承知いたしました。上層部に掛け合いましょう」


 そう口にして快活に笑うリチャード氏の笑顔が脳裏に蘇る。

 どんな風に掛け合ったのかは知らないが、商業ギルドからの同行者はリチャード氏とメリッサちゃんの二人となった。


 俺はリチャード氏メリッサちゃんに話しかける。


「リチャードさん、メリッサちゃん、よろしくお願いします」


「いいえ、こちらこそよろしくお願いいたします」


 メリッサちゃんの明るい笑顔と溌剌はつらつとした声が返ってきた。

 二日前に泣き叫んで同行を拒否していた様子は微塵も感じられない。彼女の立ち直りの早さは知っていたが、改めてプロ意識に感心する。


 別の意味で二日前とは別人のようなリチャード氏を見ながらメリッサちゃんに問い掛けた。


「大丈夫なんですか?」


「リチャードさーん、大丈夫ですかー? 正気を失ったからって、置いて行ったりしませんよー」


 呆然とするリチャード氏を彼女がツンツンと突く。


 ダメだな、これは。

 リチャード氏のことは放っておいて話を進めることにしよう。


「護衛として同行してくれるスハルのえいの皆さんです」


 メリッサちゃんに護衛の四人を紹介し、スハルの裔の四人にメリッサちゃんとリチャード氏を紹介する。


「こちらが商業ギルドのリチャードさんとメリッサちゃんです」


「はじめまして。スハルの裔のリーダー、ガイです」


 右手を差しだしたのは引き締まった体躯の青年。肩まで届く焦げ茶色の髪を風に揺らしてメリッサちゃんに微笑みかける。

 百八十センチメートルを超える長身は小柄なメリッサちゃんと並ぶと一際大きく映った。


 メリッサちゃんが握手をして彼を見上げる。


「商業ギルドのメリッサです。アサクラ様とハートランド様の担当をさせて頂いています」


 いつの間にかアリシアの担当にもなっていたんだな。

 ふとアリシアを見ると首を横に振っている。どうやらアリシアの知らないところで担当になったようだ。


「えっと、リチャードさん、でしたよね……」


 ガイが右手を差しだすが、リチャード氏は心ここにあらず、といった様子である。

 代わりに彼の手を取ったのはメリッサちゃん。


 二度目となる握手を交わしながら言う。


「リチャードさんは少々考えごとをしていまして、ご挨拶は後ほどお願いいたします」


「そう、ですか」


 困惑するリーダーのガイに続いて、サブリーダーのロドニーが挨拶をする。

 彼もガイに負けず劣らずの体躯だ。


「ロドニーです。ガイと同じBランク魔術師です」


「メリッサです」


 握手をしたメリッサちゃんが鼻をヒクつかせた。


「気付きましたか? 父が白狼人族なんです」


 見た目が人族そのものなので気付かれることは滅多にないのだ、と笑うロドニーに白狼人族であるメリッサちゃんも笑顔で答える。


「ハーフとはいえ、家族以外で白狼人族の方にお目にかかるのはこれが二度目です」


「少数種族ですからね」


 盗賊を相手にしたとき、カリーナたちが獣人の索敵能力を警戒していた。理由はその優れた嗅覚と聴覚にある。

 ロドニーはハーフだが純血種と遜色そんしょくない嗅覚と聴覚を持っていた。さらに、リーダーのガイと最年少のノエルも風魔法による索敵を得意としている。


 加えて、ニケとピーちゃん、アリシアの索敵能力があればかなりの確率でこちらが先に敵を察知できる。

 男性二人に続いて、レイチェル、ノエルの女性二人が挨拶をした。


「女性の護衛がいて安心しました」


「いつもなら、女だけど腕には自信があるのよ、って言うとこなんだけどね」


「そうね、今回はちょっと言えないわね」


 レイチェルとノエルが俺とアリシアに視線を走らせて笑うと、メリッサちゃんもこちらを見て苦笑いを浮かべた。

 赤毛のレイチェルが十九歳。若草色の髪のノエルが十七歳。


 二人ともCランク魔術師である。

 十九歳でCランクでも珍しいがノエルは十七歳でCランクだ。この町に在籍している魔術師としてはアリシアに次ぐ若さでCランクとなったのだという。


「皆さんは従兄弟同士だそうですね」


「そうなの、パーティーにいる男が従兄とか、最悪だと思わない?」


 と右からレイチェル。


「え?」


「今度、優秀な商人さんを紹介してくださいね」


 左からはノエルである。


「ええ?」


 戸惑うメリッサちゃんにレイチェルとノエルが、読み書きと算術ができることをアピールする。

 今回、市場調査もあるので読み書き算術ができるメンバーがいることが必須条件だったのだが、スハルの裔は四人とも基準点をクリアしていた。


 特にレイチェルとノエルの二人は頭一つ抜けており、商業ギルドでも十分に通用しそうな成績である。

 キャイキャイと女性同士の会話が始まったので、俺はアリシアと一緒にその場を離れ、荷物と書類の最終チェックをすることにした。

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