第8話 面接

 面接される側から面接をする側になったぜ!

 俺も偉くなったものだな!

 

 などと調子に乗っていた昨日の自分を殴ってやりたい。

 昨夜などは面接するのが楽しみでなかなか寝付けなかったくらいだった。


 しかし、現実は厳しく、己の甘さを痛感している。そう、十一組のパーティーとの面接は俺が考えていた以上にハードだった。


 ――――遡ること十三時間ほど前。


 冒険者ギルドの打ち合わせスペースに用意された椅子に腰を下ろすと、モニカさんが俺とアリシアの前に笑顔で二枚の紙を差しだす。


「こちらが本日の面接スケジュールになります」


 寝不足の頭に彼女の溌剌はつらつとした声が響いた。


「元気ですね、モニカさん」


「ありがとうございます」


 アリシアの穏やかな声音に続いて、再びモニカさんの声が響いた。


「手際がいいですね」


 既にスケジュールリングされていることに感心しながらスケジュール表を見た俺は、自分の目を疑って二度見した。

 嘘だろ!


 隣に視線を走らせるとアリシアもスケジュール表を食い入るように見ていた。

 少しだけ顔を強ばらせたアリシアと顔を見合わせる。


 モニカさんから渡された面接のスケジュール表には、朝の九時から始まって終了予定が二十一時になっていた。

 しかも、スケジュール表のどこを見ても休憩時間も昼食を摂る時間も書かれていない。十二時間、休みなしで面接するようスケジューリングされている。


 再び、俺とアリシアが無言で顔を見合わせた。

 やはり、アリシアも驚いている。


 良かった、俺の感覚がおかしいわけじゃなかったようだ。


「モニカさん。このスケジュールですが」


 本気なのか、と聞こうとした俺の言葉を遮って彼女が椅子を倒すほどの勢いで腰を浮かせた。


「え! もしかして、本日ご予定が詰まっているんですか?」


 予定のあるなしの問題なのか?


「いえ、今日は一日中空いています」


「良かったー」


 心底ホッとしたように安堵のため息を吐くと再び椅子に腰掛ける。

 その様子からモニカさんが本気なのがよく分かった。十二時間もの間、休みなしで面接をさせる気だよ、この娘。


 既にスケジュールされていると言うことは、集まってくれた十一組の冒険者たちのもスケジュールが知らされていると考えるべきだろう。

 ここで面接を二日間に分割できたとしても、集まってくれた冒険者さんたちに迷惑がかかるだけだ。


 とはいえ、せめて食事くらいはさせてくれ。


「いやいや、これ、いつ食事するんですか?」


「お金を頂ければ、昼食は手の空いた者に買いに行かせます」


 昼食代も自分たち持ちかよ。

 いや、それはいい。


「食事はいつ摂るんですか?」


「面接をしながら摂って頂きます」


 スケジュール表を彼女の目の前にかざして聞くが、スケジュール表を見ることなく当たり前のようにそう答えた。

 可愛らしいはずの営業スマイルが妙に小憎らしく感じる。


「ダイチさん、冒険者の皆様もそのスケジュールで動いているそうですし、ここはあたしたちが折れましょう」


 アリシアがいいタイミングで切りだしてくれた。

 俺はアリシアの助言に従う形でモニカさんの提示した面接スケジュールを受け入れることにした。


「では、早速訓練場へ行きましょうか、皆さんお待ちですから」


「訓練場?」


「訓練場を丸一日押さえててあります」


 苦労したんですよー、とモニカさんが得意げに微笑む。

 訓練場で面接を行うつもりなのか、と再び顔を見合わせる俺とアリシアに、面接時に特技や戦闘力の確認が直ぐにできるので効率がいいのだと説明してくれた。


 そこから面接と実技、主に戦闘力の確認をする作業が延々と続く。

 面接時にはパーティー毎に各個人の特技や能力、実績、賞罰が書かれた書類が渡された。その書類を見ながら個人の能力やひととなりを確認していったのだが……。


 書類審査を行わない理由が直ぐに分かった。

 ともかく、書類に書かれている情報が少ない上、文章でのPRが下手なのである。ほぼ全員が、書類に書かれている以上の技能と能力を備えていた。


 というか、何故この技能や能力を書類に書いてPRしないのか、と文句を言いたくなったほどである。

 書類は直ぐにメモ用紙となった。


 そして、面接会場を練習場にしてくれたモニカさんに感謝することとなる。

 先ずは、こちらが欲している技能や能力があるかを最優先で確認する。


 そのあとは、冒険者と会話することで特技や売り込みたい能力を聞き出し、それをその場で見せてもらう形式で進んだ。

 最終組の面接が終わったのは予定を三十分ほど超過した九時半だった。


「お疲れ様でしたー」


 最終組を見送ったモニカさんが溌剌とした声で労いの言葉に、俺とアリシアが揃って「お疲れ様でした」と返す。


「それにしても、元気ですね」


 結局、モニカさんも休むことなく俺たちに付きっきりで、昼食も面接の最中に俺たちと一緒に摂った。

 今朝、俺の泊まっている宿屋に迎えにきたことを考えると朝の何時から働いているんだ?


 ブラック企業も真っ青だな。


「これくらいでへこたれていたら冒険者ギルドの職員は務まりませんから」


 小憎らしく思えた笑顔がいまはとてもまぶしく感じる。


「面接の結果を踏まえて検討するので、明日の夜にはお返事ができると思います」


「え? そんなにかかるんですか?」


 モニカさんの顔色が変わった。

 何か不都合があるのかと思って見返すと、


「冒険者さんたちの時間を無駄に拘束したくないので、早めの選考をお願いできませんでしょうか?」


 懇願するように言った。


 今回名乗りを上げてくれたのは何れも一線級の冒険者で、半数以上が魔術師ギルドにも所属をしているのだという。

 なるほど。


 振り返って見れば、魔術師ギルドに登録していない者たちも何らかの魔術を使えた。

 その優秀な冒険者の時間を無駄にするのは、本人だけでなく冒険者ギルドとしても損失になると言うのも分かる。


「分かりました、明日の昼までに結果をお知らせします」


「明日の朝には皆さんにお知らせしたんですけど、何とかなりませんか?」


「朝一ですか?」


「冒険者ギルドに足を運ぶのが面倒でしたら、今朝のようにあたしが宿屋まで結果をうかがいに上がります」


 グイグイとくるな。

 アリシアを見ると、苦笑いを浮かべて小さく首を縦に振った。


 了承か。


「分かりました、明日の朝ですね」


 となると、検討する時間は今夜しかない。

 アリシアを俺の泊まっている宿屋に連れ帰って一晩過ごすわけにはいかないよなー。


「セシリアおばあさんのところに泊めてもらえないかな?」


「分かりました。ダイチさんなら曾お祖母ちゃんも承知すると思います。もし、無理だったらあたしがダイチさんの泊まっている宿屋へ行きます」


「そのときは冒険者ギルドへいらしてください。二十四時間開いていますからいつでもご利用になれます」


 コンビニエンスストアみたいだな。


「分かりました、そのときはお願いします」


 護衛の冒険者を選抜するため、俺はアリシアと一緒にセシリアおばあさんの家へと向かうのだった。

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