第7話 詰め所と宿屋

 レッド一味の制圧が終わると冒険者たちは潮が引くように辺りから消えていった。

 しかし、子どもたちは違う。


「兄ちゃん、やっぱりツエーな」


「お兄ちゃん、格好良かったよ」


「元気な悪い人がいるから近寄っちゃだめよ」


 恐る恐る近付こうとする子どもたちを、アリシアがレッドをだしにして押し留める。


「兄さん、そいつらを詰め所まで運ぶんだろ」


 商人の一人が荷馬車を貸してくれると申しでた。


「ありがとうございます」


「銀貨一枚だ。荷馬車をく馬が必要なら銀貨をもう二枚だ」


「お金を取るんですか?」


「俺もそれが商売だからね」


 貸し馬屋だと名乗った男が強かな笑みを浮かべて言う。


「そいつら五人を衛兵に突き出せば、金貨五枚にはなるんだから安いもんだろ」


 恐喝犯の捕縛で一人当たり金貨一枚、日本円にして十万円。命の危険があることを考えれば割に合わない金額だ。

 冒険者や一般人が積極的に悪人の捕縛をしない理由がよく分かった。


「荷馬車だけでいいですよ。こいつに牽かせますから」


 レッドを顎で示す。


「兄さんも酷なことさせるねー」


「運びます! 運びますから、どうか衛兵に突き出すのだけは勘弁して下さい」


 この期に及んでまだ言うか。

 しかも、仲間を衛兵の詰め所に運んでおいて、自分だけ見逃してもらおうとは見下げ果てたヤツだ。


 こいつらのせいで子どもたちの前で暴力を振るう羽目になったんだ。


「俺は手を引いてくれと頼んだよな?」


「悪気はなかったんです。許して下さい。もう二度とこんなことはしません」


 戦闘行為が発生した以上、見逃すわけにはいかない。

「全員まとめて衛兵に引き渡す。もし逃げようとしたら、両脚を切り落として逃げられなくするからそのつもりでいろよ」


 俺は泣き崩れるレッドに怪我をした冒険者四人を乗せた荷車を牽かせて、アリシアとともに衛兵の詰め所へと向かった。

 詰め所に到着すると警備から戻ったばかりのアーロン小隊長と鉢合わせをした。



「これはアサクラ殿」


「アーロン小隊長、お久しぶりです」


 荷馬車に積み上げられた怪我人と、荷馬車に縛り付けられているレッドを見て聞く。


「もしかして、強盗か恐喝をしたゴロツキを捕まえたんですか?」


「そんなところです」


 金を出せと脅されたこと、偶々一緒にいた孤児院の子どもたちを巻き添えにすると脅かされたことなどを掻い摘まんで説明した。

 受付を担当していた若い衛兵が遠慮がちに聞く。


「小隊長のお知り合いですか?」


「事情聴取と書類作成は俺がやっておく、お前はアサクラ殿が捕まえて連中を牢屋に放り込んでおいてくれ」


「畏まりました」


「アサクラ殿、アリシア様、こちらへ」


 アーロン小隊長の案内で個室へと通された。

 その後、事情聴取を終えた俺とアリシアは簡単は、詰め所を後にしてセシリアおばあさんに結果報告をするため彼女の自宅へと向かった。


 ◇


 絡んできた連中を衛兵に引き渡した翌日の朝、宿屋の従業員が扉を叩く音で目が覚めた。

 続いて聞こえてくる若い女性の声。


「アサクラ様、冒険者ギルドからお使いの方が見えています」


 冒険者ギルドが何の用だよ……?

 覚醒しきらない頭のなかで冒険者ギルドと魔石採取、そして自分がミストラル王国へ向かう準備の真っ最中であることが不意に繋がる。


 そうだ!

 護衛の依頼をだしていたんだった。


「いま行きます」


 扉の向こうに返事をし、急いで仕度をして扉へと向かう。


「お待たせしました」


「お休みのところ申し訳ございません。冒険者ギルドからお使いの方が見えております」


 扉の向こうにいたのは、少し気の強そうな目をした小柄な女性だった。

 このフロアを担当している従業員である。


 彼女は礼儀正しくお辞儀をすると、冒険者ギルドからの使いを一階のロビーに待たせてあると教えてくれた。


「ありがとう」


「いいえ、こちらこそいつもありがとうございます」


 いつものようにチップとチョコレートと部屋の鍵を渡して部屋をでると、掃除をするために彼女が入れ違いで部屋に入って行く。

 この国でも五指に入る大商会であるベルトラム商会のクラウス商会長が常宿としているだけあり、衛生的で気配りの行き届いた対応をしてくれる。


 何よりも食事が美味いのと風呂があることが気に入って泊まり続けていた。

 さて、ギルドからの使いと言うことだが、護衛の件だろうか?


 もしそうだとしたら、昨日の今日で条件にあった護衛が見付かるというのは幸運かも知れない。

 階段を中程まで下りたところで、見覚えのある女性がこちらに向かってお辞儀をした。


 昨日受付を担当してくれた受付嬢だ。


「おはようございます」


「おはようございます。えーと……」


「モニカです」


「それで、モニカさん。朝早くからどのような用件でしょう?」


「昨日ご依頼いただきました護衛ですが、昨日の夜の時点で十一組のパーティーが名乗りを上げました」


 速いなー。

 しかも、十一組もか。


「少し好条件すぎましたか?」


 こちらが用意したというか、セシリアおばあさんから「この範囲内で交渉しろ」、と言われた条件内なので特に不満はないが、なんとなく口を突いて出てきた。


「護衛中の食費を全額負担というのはとても魅力的ですが、十一組も名乗りを上げたのはアサクラ様とハートランド様が、特にアサクラ様が強いからです」


「強いから?」


「道中、盗賊や魔物に襲われる可能性があります。いざ戦闘となったときに依頼主が戦えるか戦えないかは護衛任務の正否だけでなく、護衛する側の生死を左右します」


 俺とアリシアの護衛は生存確率が高いと判断されたのだという。


「それで今日は応募のあったパーティーの詳細を記した書類を持ってきているのでしょうか?」


「いいえ、書類は持ってきておりません。十一組とも冒険者ギルドでお待ちになっています」


 書類選考なしで行き成り面接かよ。


「面接と言うことなら俺一人で決めるわけには行きません。アリシアと一緒にギルドへ向かいます」


 先に戻って準備をしていて欲しいと告げたが、アリシアを迎えに行くのにも付いてくると断られてしまった。

 理由を尋ねると昨日のトラブルを持ち出された。


「レッドさんのパーティーを衛兵に引き渡したそうですね。調べたところ、他にもわずかな期間に冒険者との揉め事に巻き込まれています」


 冒険者ギルドへ向かう途中にトラブルに巻き込まれて十一組もの冒険者を待たせるわけにはいかないのだと言われた。

 まいったなー。


 冒険者ギルドでの自分の評判を知るのが恐くなってきた。

 しかし、俺がトラブルを起こした、と言わない辺りは顧客に対する配慮なのだろう。


「分かりました、では一緒に行きましょうか」


 モニカと一緒にアリシアの家へと向かうことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る