第53話 丘の上(5)

「やめて、フィオナ。お願いだから、もうやめて……」


「メリッサ……。あなたに、もう一度会えて嬉しかった。昔のままの明るくて前向きなあなたで嬉しかった……」


「フィオナ……」


「魔力なんて関係なく接してくれたのは、昔からあなただけだった……」


 寂しそうに微笑むフィオナに言う。


「魔力がなくても魔道具以上に便利な道具を知っています。普段の生活で魔力がないことで甘んじて受けてきた苦労をしなくても良い道具を幾つも知っています。それをこの国に、この大陸に広げます」


 魔力の有無による格差、魔力の無い人たちが生活することの不便さ。それは俺がこの異世界に迷い込んで直ぐに感じたことだった。


 俺の能力で現代の製品をこの世界に広げることで、魔力の無い人たちが少しでも楽に生活できるようにしたいとも願った。

 それがいま、明確に形となった。


「夢のようなお話です」


「夢なんかではありません! 実現できることです!」


「本当にできると信じているのですか?」


 薄らと浮かぶ笑み。

 彼女が俺の言葉を信じていないことが伝わってきた。


「信じています!」


 しかし、俺は力強く言い切る。『貴女にも協力をして欲しい』、という言葉を飲み込んで彼女に語りかける。


「俺の祖国の道具が拡がれば、魔力の有無による差別も小さくなります。何よりも日々の生活のなかで魔力のなさを思い知ることが減るはずです」


 それで差別がなくなるとは思えないが、それでもいまよりはマシになるはずだ。


「もし、そうなったら素晴らしいことです」


「実現してみせます。俺一人の力では無理でも大勢の人の協力を得られれば可能です」


 俺はアリシアと会話していた魔道具の改造案のことを話した。

 魔道具は魔力を流して使うため魔力のない者は使うことができない。


 しかし、魔道具のなかに魔力を蓄積しておき、魔力のない人たちも蓄積した魔力を使うことで、魔力のある人たちと変わりなく魔道具を利用できるようにする。

 決して不可能なことじゃない、と。


「困難もあるでしょう。抵抗する人たちもいることでしょう。それでも、実現できれば世界が変わります」


「もしそうなったら、大勢の人たちが救われるのでしょうね」


「必ず救ってみせます!」


 長剣を構えたままフィオナが微笑む。


「この歪みきった世界を変えてくれる人がいつか現れると信じていた……、そう信じていた頃に出会いたかった」


 次の瞬間、彼女が消えた。

 再び正面!


 何もない空間から刃が現れ、俺のいた空間を斜めに切り裂く。さらに、飛び退った俺に向かって繰りだされた追撃の刃を剣で弾く。

 何だ?


 違和感が襲う。

 目に映った彼女の剣の軌道と弾いた剣の感触が微妙にずれていないか?


「これも防ぐんですね」


 フィオナの姿が揺らいだその瞬間、左から逆袈裟に刃が振り上げられる。

 剣が間に合わない!


 彼女の剣を右腕で受ける。

 さらに強化した魔装と剣がまとった魔装とが干渉して削りあう。


「化け物ですね!」


 刃が届かないと悟った彼女が飛び退った。

 彼女の穏やかな笑みが消える。


「ですが、いまので分かりました。全力なら、あなたの魔装を突き抜けます」


「俺も貴女の姿を見失う絡繰からくりが分かりましたよ」


 ウォータースクリーン。


 水魔法で水のカーテンを出現させて光を屈折させることで、本来の位置とは別のところへ像を結ぶ。俺の視界から消えたように見えた絡繰りはそれだ。

 俺から距離をとるのに意識が向いたせいで、出現させていた水のカーテンを消失させるのが疎かになった。


 わずかに残った霧のような湿気で何とか気付けたが……、そもそもそう簡単にできるようなことじゃないよな。

 単に強力な魔力を手に入れただけじゃなく、相応の努力をしてきたことも容易に想像できる。


「絡繰りが分かっても避けられなければ一緒ですよ」


「問題ありません」


 ニケ、頼んだぞ。

 身構える彼女の動きに合わせて俺も迎撃態勢に入る。


 だが、今度は違う。

 たとえ、誰に恨まれたとしても将来に禍根は残さない。


「キャー!」


 メリッサちゃんの悲鳴が上がった。

 背筋が凍る。


 俺の視線と意識がアリシアとメリッサちゃんに向いたそのとき、手に何かを隠し持ったエドワードさんが彼女たちに向かって走る姿が映った。

 ブラッドリー小隊長の位置からは隠し持ったものが見えない!


「手に何か隠し持っています!」


「承知!」


 ブラッドリー小隊長がエドワードさんに向かって駆けだした瞬間、ニケが反応した。


 フィオナが刃を振り下ろす刃をかろうじて剣で受け止める。

 魔装が干渉しあう。


「フィオナ様、いまです!」


 俺の腰に飛び付いたゴダート氏が叫んだ。

 彼の叫び声と同時に俺の脚をゼリー状の物体が覆う。


 これじゃ動けない!


「ゴダート、その覚悟、立派です」


 フィオナの刃が再び振り上げられる。


「ピーちゃん!」


 避けきれないと判断して魔装に魔力を集中するのと、アリシアが悲鳴を上げるのが同時だった。

 灼熱の柱がフィオナのいた辺りを貫いた。


 熱風が襲う。


 熱で歪んだ空気の層の向こうに飛び退ったフィオナが見えた。

 いまはフィオナよりもアリシアとメリッサちゃんだ。


 振り向くと、ブラッドリー小隊長が、エドワードさんの右腕を隠し持った物諸共切り飛ばしたところだった。

 宙を舞う右腕をブラッドリー小隊長が風魔法でさらに吹き飛ばす。


 空中で右腕が爆発した。

 それと呼応するようなタイミングで地面が揺れる。


 地面が揺れるなか、再びフィオナに視線を向けると、崖側に大きく飛び退った彼女が上空を警戒しつつも剣を構えていた。

 不味い!


 身動き取れない上に、ピーちゃんの攻撃を避けながらフィオナを倒さないとならいのかよ!

 ハードル高すぎだろ!


 そのとき、地面が大きく揺れてビーちゃんの攻撃魔法が炸裂した当たりから崩れ始めた。

 一旦、崩れ始めてからは早い。


「フォオナー!」


「フィオナ様!」


 メリッサちゃんの悲鳴とゴダート氏の叫び声が響くなか、シスター・フィオナを飲み込んで崖が崩れ落ちた。


 ◇


 翌日。


 結局、シスター・フィオナの死体は見付からなかった。

 誘拐された子どもたちの消息も掴めていない。


 黒幕もタルナート王国でほぼ決まりだろうがまだ証拠は揃っていなかった。

 この辺りは生け捕ったゴダート氏やエドワードさん、ジェラルド・ジレッティあたりを締め上げて裏付けをとることだろう。


 騎士団も難問山積みだな。

 いや、難問山積みなのはノイエンドルフ王国の方か。


 タルナート王国が人工的にシスター・フィオナのように、強力な魔術師を作りだすことができるようになったとしたら脅威だ。

 人道的にも阻止する方向に動くと信じたい。


 カラムの町全体がざわついているが、身近なところで言えば教会と孤児院、商業ギルドも蜂の巣を突いたような騒ぎだった。

 商業ギルドからの帰り道、アリシアが言いにくそうに話しかけてきた。


「メリッサさん、お休みしていましたね」


「昨日の今日だから仕方がないだろうな……」


 崩れる崖と一緒に親友のフィオナが二百メートル以上下の渓谷へと、落下するのを目の当たりにしたのだ。

 一夜明けたくらいで平常どおりの生活に戻れるとは思えない。


 あのときも半狂乱だった。

 彼女の俺を責めるような視線が脳裏に蘇る。


「幸い、フィオナさんの遺体は見付かっていませんし、あの状況なら逃げおおせた可能性も十分にあります」


 死が決定していないことが救いになる、とアリシアが言う。

 だが、その言葉は俺に突き刺さった。


「俺は……、シスター・フィオナを取り逃がしてしまった」


「確かに彼女には逃げられたかも知れませんが、それはダイチさんの責任ではありません。もし、責任を問われるとしたら、あたしです」


 違う。

 あのときピーちゃんが攻撃をしかけなかったら、俺自身、どうなっていたか分からない。それに、俺は本当に彼女にとどめを刺せただろうか……?


 覚悟を決めたつもりだった。

 しかし、彼女にとどめを刺させなかったことで、どこかホッとしている自分がいるのも事実だ。


「アリシアは何も悪くない。俺が不甲斐ないだけだから――」


 彼女が人差し指を俺の口に当てて話を中断させた。


「ダイチさんがあの場にいなかったら、私たちは生きてはいません」


 無言で彼女を見詰める俺になおも言う。


「そもそも、ダイチさんがいたからこそ、彼女たちの計画を暴くこともできたし、取り敢えずの阻止もできたんです」


「ありがとう」


 俺が微笑むと彼女も微笑む。


「出来なかったことでクヨクヨするのはやめましょう。それよりも出来たことを誇りましょう」


 彼女の優しさと微笑みに心が軽くなる。

 それにしても、アリシアってこんなに前向きな娘だったっけ?


「さあ、元気が出たら、次はメリッサちゃんのところへ行ってください」


 彼女を見詰めていると不意に切りだした。


「え?」


「彼女の側に誰かいた方がいいと思います」


「でも、俺はシスター・フィオナを殺そうとしたし、メリッサちゃんも会いたくないんじゃないかな?」


「ダイチさんの判断が間違っていないことは彼女も理解しています。ただ、感情が追いついていないだけです」


 だからと言って、俺が側にいるのは逆効果じゃないだろうか……。

 俺の心の内を読んだようにアリシアが言う。


「ダイチさんが側にいるのが一番です」


「アリシアはそれでいいのか?」


 少し自惚れたことを口にしたと後悔する俺に彼女が言う。


「戻ってきてくれますよね? ちゃんと、あたしのところへ戻ってきてくれますよね?」


「勿論だ」


「なら、いいです」


 微笑むアリシアが両手で俺の背中を押した。




」」」」 第二部 完結 」」」」」




■■■■■■■■■■■■■■■■

      あとがき

■■■■■■■■■■■■青山 有


本話を以て第二部完結となります。

ここまでお付き合い頂きありがとうございました。


作品フォローをされていない方がいらっしゃいましたら是非とも作品フォローをお願いいたします。

併せて、☆☆☆ を ★★★ に変えての応援も頂けますと大変嬉しいです。


追記

作者フォローも頂けるともの凄く嬉しいです

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る