第3部 紡がれる日常
第1話 変わらぬ朝
シスター・フィオナが死亡してから一週間が経った。
死亡と言っても、それは騎士団の内部資料上のことで、実際には遺体も見付かっておらず彼女が死亡したとする根拠は希薄だ。
俺自身、彼女は生きていると思っている。
現場にいたブラッドリー小隊長も彼女は生きていると考えていたし、報告では生きている可能性を示唆したとも言っていた。
しかし、ピーちゃんの攻撃を受けた挙げ句、あの高さの崖から転落したのでは生きている可能性は極めて低い、と騎士団上層部は判断した。
結果死亡扱いである。
だが、ゴダート氏とエドワードさん、ジェラルド・ジレッティらの聞き取り調査が進むことで、この地域のリーダーが彼女であることが判明した。
慌てたのはシスター・フィオナを「死亡」とした上層部。
だがとき既に遅く、報告書は領主であるドネリー子爵を経て、王都の中央騎士団へ送られた後だった。
件の上層部が頭を抱えていることを俺は知っている。
そして、騎士団以上に不眠不休で働いていると言うか、働かされているのが衛兵だった。
ジレッティ・ファミリーの関係者や捕らえられた冒険たちから次々と衛兵の名前が挙がった。その数は十数人に上り、現在も調査が続いている。
本当、二人とも疲れた顔をしていた。
昨夜、ブラッドリー小隊長とアーロン小隊長と俺の三人で飲んでいたときの、二人の愚痴を思いだしながら露店の開店準備をしていると、セシリアおばあさんが話しかけてきた。
「坊主、無属性系の魔石を持っとらんか?」
「どうしたんですか、急に?」
俺は露店の準備を擦る手を止めて振り返る。
すると、セシリアおばあさんは準備の終わった露店の内側で、安楽椅子に揺られていた。
「ちょっとした魔道具を作りたいんじゃが、無属性系の魔石が手に入らずに困っておるんじゃよ」
「無属性系の魔石って、どんな種類の魔物の魔石なんですか?」
「なんじゃ、そんなことも知らんのか?」
「曾おばあちゃん! ダイチさんに失礼でしょ」
アリシアは、俺のことを勉強不足だと叱るセシリアおばあさんを軽く
魔物から採取できる魔石は、四属性と無属性の何れかの属性を持っていて、概ね魔物の種類によって決まっている。
概ね、と言ったのは例外があるからだ。
たとえば、ゴブリン。
一般的には土属性の魔石が採取できるが、魔法を使うゴブリンなどは火属性や水属性といった通常とは異なる属性の魔石が採れたりするそうだ。
「ブラックタイガーかオーガ、キングエイプの魔石ですか?」
「そうじゃ。望むべくはブラックタイガーじゃが贅沢は言わんよ」
強力な魔力を持った魔物ほど大きな力を秘めた魔石が採れる。この辺りで最も大きな力を秘めた無属性系の魔石となるとブラックタイガーということだ。
「ごめんなさい。普段は魔術師ギルドを通じて購入しているんですけど、ここのところ無属性系の魔石の品切れが続いているんです」
とアリシア。
彼女の言葉をセシリアおばあさんが補足する。
「これまでも品薄じゃったが、それでもある程度の数は入手できたんじゃがのう」
セシリアおばあさんが言うには、この一年余、無属性系の魔石の品薄が続いているのだという。そういうこともあるだろうと話を聞いたいたのだが、どうやら無属性系の魔石だけが品薄というのはこれまでに無かったことらしい。
「他の属性の魔石は市場に出回っているんですか?」
「余っとるよ」
「不足しているのは無属性系の魔石だけなんです」
とセシリアおばあさんとアリシア。
「無属性系の魔石だけが供給不足になっている原因は分かっているんですか?」
「ミストラル王国からの輸入が減っているからじゃ」
元々、無属性系の魔石はこの辺りではあまり採取できない。そこで無属性系の魔石は隣国のミストラル王国に頼っているそうだ。
隣国のミストラル王国はゴートの森と呼ばれる広大な森を有し、その森には多数のブラックタイガーやキングエイプ、オーガが生息している。
それが供給源である。
「輸入が減っている理由は?」
「分かっておらん」
ミストラル王国からの輸入が減っている理由までは魔術師ギルドも商業ギルドも掴めていないと言う。
「で、どうなんじゃ?」
「内緒ですけど、ブラックタイガーの魔石なら一つあります」
魔石どころか、一頭丸ごとある。
「売ってくれ!」
「セシリアおばあさんの頼みですからお譲りしますが、俺から買ったというのは内緒でお願いしますよ」
「任せておけ」
「実は、ブラックタイガーを一頭丸ごと持っているんですけど、他の素材も欲しくはありませんか?」
「他にも何かあるのか?」
「さすがにこれで打ち止めですよ」
「分かった、ブラックタイガーを丸ごと買おう」
「では、今夜にもご自宅にお伺いします」
「歓迎するぞ。坊主が夕食を食べにくると、アリシアが張り切って美味い料理を作るからのう」
「曾おばあちゃん!」
カラカラと笑うセシリアおばあさんと頬を染めて照れるアリシア。
やっぱり平和が一番だな。
そんな
目的は無属性系の魔石だ。
俺のトレーダースキルなら、元の世界とこの異世界の商品を自在に取り寄せることが出来る。
試しにブラックタイガーの魔石を確認する……。
高い!
メチャクチャ高額じゃないか!
こんなんじゃ、あっという間にトレードポイントが尽きるぞ。
「どうかしました?」
まだ頬に赤さを残したアリシアが聞いていた。
「え? ああ。無属性系の魔石が供給不足なのをなんとかできないものか、って考えていたんだ」
「だったら、自分たちで魔石採取に行ったらどうじゃ? 坊主とアリシアは冒険者なんじゃろ?」
セシリアおばあさんの言葉に俺とアリシアが顔を見合わせた。
「確かに登録はしたな」
「ええ……」
登録はしたが、それだけだ。
実務経験ゼロである。
「坊主も自宅の改修工事が終わるまではこうして露店を構えるしかないんじゃろ? せっかくだから二人で魔石採取をしてきたらどうじゃ?」
確かに一理ある。
俺が購入した件の家は昨日返還されたのだが、そのまま使う気になれず、結局、大幅に改修工事を行うことにした。
なので改修工事が終わるまでは、こうして露天商通りで露店を構える日々となる。
「ダイチさんと一緒ならあたしも心強いです」
「ワシも坊主が一緒なら安心じゃ」
頬を染めるアリシアを見ながらセシリアおばあさんがうなずいた。
え? いつ決まった?
「そう、ですね。魔石の採取に行くかどうかは、夕食のときによく話し合いましょうか」
困惑する俺の耳と元でセシリアおばあさんがささやく。
「聞いたぞ、ピーちゃんの直撃を受けて無傷だったそうじゃないか。それどころか驚くことすらせずに平然としとったと聞いておるぞ」
これまでアリシアの周りにいた男性は、セシリアおばあさんの後継者であること、Bランク魔術師であること、ピーちゃんが睨みを利かせていることで、彼女のことを怖がり離れて行ったのだと言う。
自分のことを怖がらない俺のことを憎からず思っていたらしい。
決定的だったのが先のフィオナとの戦闘だった。
ピーちゃんの一撃を受けて無傷でいたこと、その後も変わらず自分に接する俺に対してアリシアが好意を抱いているようだと言った。
「坊主、お前さんには期待しとる」
「大切な曽孫娘を若い男と二人きりで魔石採取に送りだすとか正気ですか?」
アリシアに聞こえないようにささやき返した。
「それも含めて期待しとる」
「え?」
「覚悟が決まったら挨拶にこい」
俺の肩を叩いたセシリアおばあさんの笑顔の向こうに、ほんのりと染まった頬に両手を当てて身体をくねらせるアリシアがいた。
あれ?
もしかして、いまの会話つつぬけだったのか?
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あとがき
■■■■■■■■■■■■■■■ 青山 有
お待たせ致しました
第三部の開始です
引き続き応援頂けますと幸甚です
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