第48話 ダリル・ゴダート

 俺とアリシア、ブラッドリー小隊長、メリッサちゃんの四人は、商業ギルドをでると南門へと真っ直ぐに向かい町の外へとでた。

 向かう先はリントの森。


 南門から伸びる街道から逸れてリントの森の方角へと進みだすとブラッドリー小隊長がしびれを切らして聞いてきた。


「アサクラ殿、どこへ向かっているのかいい加減に教えてもらえませんか?」


「リントの森ですよ」


 俺は胸元から顔をだしたニケの頭をなでながら答える。

 本当の目的地はゴダート商会の商会長であるダリル・ゴダートが狩りを行っている場所だ。


「私との会話はゴダート商会長を見付けてからですか?」


「それでも十分に間に合いますよ」


「私もこれで結構忙しい身なんですけどね」


 カイル・パーマーに関する俺の考えを聞き出すのが彼の目的だったのだが、それもメリッサちゃんが同行しているので先延ばしとなっている。

 それもあってかなりれているのが伝わってきた。


「アサクラ様、探したところでそう簡単には見付かりませんよ」


 ゴダート商会長が主催する狩りは月に一回ペースで行われ、毎回場所が変わるのだという。

 メリッサちゃんが教えてくれたのはそこまでで、過去に狩りが行われた場所については頑なに口を閉ざした。


「メリッサちゃんが過去に狩りをした場所を教えてくれたら、ここにいる全員の時間を無駄にしないで済むと思いますよ」


「それは出来ません」


 即答かよ。


 リントの森に入ってからも、似たようなやり取りを繰り返して歩を進めること三十分余。

 メリッサちゃんが何度目かになる、諦めをうながす言葉を口にする。


「いくらリントの森にでる魔物が弱いからって、無闇に動き回るのは感心しません。もし高ランクの魔物がでてきたらどうするんですか?」


「この面子めんつなら何とかなりますよ」


「う……、それは、そう、かも知れませんが……」


 リントの森の奥深くが高ランクの魔物の生息地なのは事実だった。希にそれらが森の浅い部分まで迷い出てくることも過去にあったのは事実だ。

 だが、これまで現れた高ランクの魔物でも特に危険だと認定されていたのは、キングエイプを含めて数種類。


 何れもキングエイプと同等の強さだという。

 唯一の例外がこの世界に迷い込んで初めて戦ったあの黒い虎の魔物である。


 名前はブラックタイガー。

 初めてその名前を聞いたときはエビを連想して吹きだしそうになったが、この辺りでは頭一つ抜けた強さらしい。


「ゴダート様を見付けられたとしても、会って頂ける保障なんてないんですよ」


「やらずに諦めるのは好きじゃないんです」


 なおも説得しようとするメリッサちゃんに軽く返した。

 俺もよく言うよな。


 日本にいたときは何もしないうちから諦めていたのに……、異世界に迷い込んで人より優れた能力を手に入れた途端、思考がポジティブに傾いた。

 内心で苦笑しているとメリッサちゃんが不安げな顔で聞く。


「もしかして、ゴダート様が狩りをされている場所をご存じなのですか……?」


「奇遇ですね、私も同じことを考えていました」


「まさか、俺が知っているわけないじゃないですか?」


「それにしては迷いなく進んでいますよね」


 ブラッドリー小隊長の言葉にメリッサちゃんも深くうなずく。


「ときどき立ち止まって迷うような素振りもありませんでした……」


 気付かれたか。

 まあ、特に隠すつもりもなかったんだけどな。


「ゴダートさんの居場所なんて本当にしりませんよ。ただ、俺はある人を尾行してきただけです」


 正確には相手の居場所を察知したニケを頼りに跡を付けてきただけだ。

 俺のセリフにブラッドリー小隊長とメリッサちゃんが怪訝な表情を浮かべた、そのとき、彼らが何かを言う前にアリシアの声が響いた。


「ダイチさん、この先で何人かの人たちが固まっているようです」


 哨戒飛行しょうかいをしていたピーちゃんもゴダート商会長たちを見付けたようだ。

 従魔術を使うアリシアだ。俺とニケよりも明確にピーちゃんと意思疎通ができるとだろうとは思っていたが、俺の予想以上のようだ。


「ありがとう、アリシア」


 俺とアリシアがほぼ同時に上空を仰ぎ見る。

 俺たちの動きに釣られてブラッドリー小隊長とメリッサちゃんも空を見上げた。


「従魔を使って上空から追跡していたのか……」


「え! いままで頭の上にブルーインフェルノがいたんですか……?」


「もう少しで目的地です。急ぎましょう」


 異なる驚きを示す二人をうながして、俺とアリシアは揃って歩く速度を上げた。


 ◇


 少し歩くと周囲の樹木がまばらとなり、広くはないが開けた場所が突然現れた。


 小高い丘のようになっているその向こうから川のせせらぎがかすかに聞こえる。

 丘の向こうは崖か。


 ちょうどいい、図らずも逃走経路を断った。

 驚いて腰を浮かせている見知った人物に声を掛ける。


「おはようございます、エドワードさん」


「アサクラ様!」


「え! フィオナ!」


「メリッサ!」


 エドワードさんの驚きの声に続いて、メリッサちゃんとシスター・フィオナが声を上げ、直後、「どうしてここに!」と二人の声が重なった。


「アサクラ様、どのようなご用件かは存じませんが、私はいま、ゴダート様と商談の真っ最中でして」


「そちらがゴダートさんですか?」


 安楽椅子に座っていた老人が不機嫌そうに俺のことを睨み付けた。

 無言のゴダート氏にお辞儀をする。


「初めまして、ダイチ・アサクラと申します。駆け出しの商人ではありますが、面識を頂ければ幸いです」


「随分と無礼な小僧だな」


「あなたとは、もっと早くに面識を頂くべきだったと後悔しています」


 そうすればこんな遠回りはせずに済んだ。

 ゴダート氏と向き合う俺にシスター・フィオナが恐る恐る声を掛ける。


「アサクラ様、どうやってこちらへ……」

「リントの森を彷徨さまよっていたら偶然たどり着きました」


「私の跡を付けたのですか?」


「まさか」


「あまり良いご趣味とは言えませんよ……」


 とぼける俺にシスター・フィオナが警戒の色を浮かべて睨み付けた。


「あまり見詰めないでください、照れるじゃないですか」


「選りに選ってメリッサを連れてくるなんて、本当に、趣味が悪いですね!」


「なに、これ? 皆、なにを言ってるの?」


 メリッサちゃんがこの状況とシスター・フィオナの言葉に混乱したようだ。誰にともなく疑問をつぶやいた。

 一瞬の静寂。


「この無礼者どもを摘まみだせ!」


 それを破ったのはゴダート氏だった。

 彼の怒声を合図に護衛と思しき者たちが臨戦態勢を取る。


 さて、戦っても良いが……。


「ブラッドリー隊長の権力と身分であの護衛たちを大人しくできませんか?」


「すまない、期待には応えられそうにありません」


「じゃあ、力尽くで大人しくさせましょう」


 俺はアリシアとメリッサちゃんに下がるように言うと、ブラッドリー小隊長とともに護衛たちに向かって大きく踏み込んだ。

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