第49話 丘の上(1)

 ゴダート氏の護衛は七人。

 何れも革鎧を装備した軽戦士の様な装いだが、雇い主であるゴダート氏はカラムの町一番の商人だ。


 見かけ通りの軽戦士のわけがない。

 身体強化と魔装を展開した魔術師であることを想定して踏み込む。


「アサクラ殿、ここは私に任せてください」


 ブラッドリー小隊長の声が響いた。


 その声が不可視の力となったかのように七人の護衛はことごとく地面に転がり、彼らの周囲に草が舞う。

 風魔法か?


「これしきのことで!」


 即座に立ち上がった護衛が吠えた。


「遅い!」


 彼に肉薄したブラッドリー小隊長が剣を手にしていない左拳を顔面に叩き込む。吹き飛ばされた護衛が立ち上がろうとしていた他の護衛を巻き込んで地面に転がった。

 護衛が吹き飛ぶのと入れ替わるように立ち上がった二人がブラッドリー小隊長に迫る。


 だが、一人は不可視の力を顔面に受けてその場に崩れ落ちた。もう一人も剣を振りかぶった隙に腹部に強烈な回し蹴りを見舞われて宙を舞う。

 風魔法と体術の組み合わせか。


 戦い慣れているものあるだろうが鮮やかなものだ。

 ジレッティ・ファミリーの拠点を襲撃したときは見ることができなかったが、良い機会だ。属性魔法を併用した戦い方を見させてもらうとしよう。


 後れて立ち上がろうとする護衛二人の足をすくうように風魔法を発動させると、呆然と戦いを見ていた護衛のあごを蹴り上げて昏倒させた。

 あとは立ち上がる隙を与えずに次々と剣の束と蹴りで気絶をさせる。


「騎士団の制止を聞き入れずに抵抗したので取り押さえました」


 ブラッドリー小隊長は、気絶した護衛たちを縛り上げながらゴダート氏へ向けて静かに行った。


「どういうつもりか知らんが、このことは騎士団にも正式に抗議をさせてもらうからな! 小僧! 貴様もだ! ただですむと思うなよ!」


 激高するゴダート氏をよそにブラッドリー小隊長が俺に言う。


「アサクラ殿、本当に大丈夫なんでしょうね」


「まあ、見ていてください」


「聞いているのか」


「アサクラ様、少し無体が過ぎませんか?」


 ゴダート氏とシスター・フィオナの言葉を聞き流してエドワードさんに向かって言う。


「ずっと疑問に思っていたんですよ」


「アサクラ様、先ずはゴダート様に謝罪をしましょう。商業ギルドとしてもゴダート様とアサクラ様との間でいさかいが起きるのは避けたいです」


 なんとか取りなすので謝るようにと説得を始めた。

 だが、説得しようとするエドワードさんへ問い掛けるように言葉をかぶせる。


「俺が買ったあの家ですが、どうしてメリッサちゃんが俺に紹介するまで誰も地下室や地下牢に気付かなかったのか、不思議だとは思いませんか?」


「ハートランド様が作成された隠し階段です。我々が見落としたとしても不思議はないとおもいませんか?」


「では、商業ギルドの管理下にあるにも関わらず、誰にも気付かれずにあの家が何者かに利用されていたことはどう思いますか?」


「管理と言ってもたまに業者にお願いして掃除をするくらいです。事実上放置しているのですから誰かが入り込んだとしても気付かない可能性は十分にあり得ます」


 メリッサちゃんが当該物件を俺に紹介するまでは自信が管理をしていたこと、以前の持ち主であるモーガン・ファレルから購入したのも自分だとシレっとした顔で付け加えた。


「そのあなたが無断で物件を使われていることに気付かなかったというんですか?」


「お恥ずかしい話ですが、管理を怠っていたと責められても言い訳のしようもございません」


 昨日までのエドワードさんの印象は、どこかおどおどした、窓際一直線の中間管理職だった。それがどうだ、この弁のたちようは。

 まるで切れ者じゃないか。


 そう感じたのは俺だけではなかった。

 メリッサちゃんが目を見開いてエドワードさんを見詰めている。


「あの家に何者かが利用するのを黙認できたのはあなただけなんですけどね……」


「証拠がおありですか?」


 ここまでとぼけられるとは思わなかった。

 揺さぶれば馬脚を現すと思っていたんだがなー。


 黒幕のゴダート氏が護衛をけしかけてきたときは、簡単に切り崩せると思ったんだが……、もしかしてゴダート氏よりもエドワードさんの方が冷静なんじゃないか?


「ブラッドリー小隊長、あの家の地下牢で見付かった薬はどんなものでしたっけ?」


 切り口を変えて攻めてみることにした。


「人を無気力にする作用がありました。付け加えて言うと、成分を解析したところ違法に当たる薬でした」


「その薬、孤児院の職員と担当シスターたちに使われていたんですよ」


 一瞬、驚きの表情を見せたが直ぐに穏やかな微笑みを見せる彼女に聞く。


「驚きましたか?」


「はい、驚きました」


「その割には落ち着いて見えますよ」


「そうですか?」


「しかも、薬が使われていたのは貴女が担当していないリリーハウスとローズハウスです」


「言いがかりはやめたまえ!」


 ゴダート氏だ。


「証拠は揃っていますよ」


「騎士団で証拠を押さえてあります」


 地下牢で発見された薬を解析する間、俺と一緒に教会と三つの孤児院を偶々訪問することとなった。そこでは単なる違和感でしかなかったが、詰め所に戻って薬の解析結果の報告を受けて違和感が疑いに変わったのだと言う。


「疑問は放置しておけない性分でして。直ぐにリリーハウスとローズハウスの職員及び担当シスターを検査しました。その結果、体内からくだんの薬品が検出されました」


 ブラッドリー小隊長が阿吽あうんの呼吸で俺のブラフをフォローした。

 証拠は揃っていないが、検査すれば間違いなく薬が検出されるはずである。


 シスター・フィオナは相変わらず穏やかに微笑んでいるが、ゴダート氏とエドワードさんの方は渋面を作っていた。


「相場の倍近い価格設定。特殊な間取り。さらにハートランド子爵の隣とあっては買う側も気後れしてしまうでしょう。悪条件の揃ったあの家が、そう簡単に売れるとは思ってなかったんですよね?」


「販売し難いのは確かです」


「ところが、下見をした当日に売れてしまった。しかも、地下室の存在まで明らかになり、衛兵でなく騎士団が介入していた。それを知ったときはさぞ驚いたことでしょうね」


 もしかしたら、あのときのエドワードさんの取り乱しようは本物だったのかも知れない。


「くどいですね、地下室の存在なんて知りませんでしたよ」


「先日、元の持ち主であるモーガン・ファレル殿に召喚状をだしました。数日のうちには王都を立ちこちらへ向かうでしょう。彼が到着すれば地下室のことを貴方に告げたか否かもはっきりします」


 ブラッドリー小隊長の言葉にエドワードが狼狽ろうばいの色を見せた。


「用があるのはエドワードということか。だったら彼を連れてさっさとこの場を立ち去ってもらおうか」


 悔しそうに顔を歪めてゴダート氏が言った。

 切り捨てにかかったよ、こいつ。


 だが、狙いはエドワードなんていう小者じゃないんだ。


「ゴダートさん、話はまだ続きがあるんですよ」


「エドワードを連れてさっさと立ち去れ!」


「あの家を起点にモーガン・ファレルとエドワードさん、教会と孤児院が繋がりました。ここから先、どんな登場人物でてきてどこへ繋がるのか、興味ありませんか?」


 己を見失って何か口走ってくれれば儲けものくらいの気持ちで煽ってみる。

 ゴダート氏の後ろにタルナート王国の軍がいるのは間違いない。


 だが、彼らが何の目的で子どもたちを誘拐しているのか皆目検討が突いていないのが正直なところだ。

 その糸口でも見付けたい。


「聞きたくもない!」


「楽しくなるのはここからなんですよ」


「小僧、後で吠え面をかかせてやるからな!」


「後で? そう言うしかありませんよね? 本当はいま俺たちを眼前から消したいんでしょ? でも、護衛があの有様だ」


 縛り上げられた七人の護衛を視線で示すと、ゴダート氏の憎しみのこもった視線が俺に突き刺さる。


「観念して俺の話を聞いてもらいましょうか」


 俺はそれを笑顔で受け止めた。

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