第47話 リントの森へ向かうことと覚悟
書類の束を抱えてこちらを見ているブラッドリー小隊長に言う。
「いま終わったところです」
「では、先ほど途中だった詳しいお話の続きをしたいのですが、いまから大丈夫ですか?」
カイル・パーマーが架空の人物ではないか、というあれか。
出来れば午前中が望ましい、とこちらから時間の指定までしていたことを思いだした。
「実は、これから町の外まで行かないとならなくなったんです」
先ほどとは状況が変わったことを説明しかけると、それを遮ってブラッドリー小隊長が聞き返した。
「急用ですか?」
無言で首肯するとメリッサちゃんが割って入った。
「アサクラ様。まさかとは思いますが、ゴダート商会長が狩りをしているところへ乗り込むつもりじゃありませんよね?」
「場所も分からないのに、ですか?」
「それは、そう、ですが……」
なおも疑わしそうな視線を俺に向けて押し黙ったメリッサちゃんと素知らぬ顔をしている俺とを見比べるが、それでも状況が読めないといった様子でブラッドリー小隊長が聞く。
「ゴダートさんにご用なんですか?」
「俺も商人の端くれですから、この町の有力商人とは知己を得たいと思っても不思議ではないでしょう?」
軽く流そうとしたところへメリッサちゃんが割って入る。
「会いに行くのはエドワードさんですよね?」
「出来れば、二人にまとめて会っておきたいと思っただけですよ」
「いま聞こえてきた限りでは、知己を得るために会いに行く、という感じではなかったように思えますけど?」
ブラッドリー小隊長は、「それで、本当の目的は何ですか?」とでも言いたげな意味ありげな視線を向けた。
メリッサちゃんといい、ブラッドリー小隊長といい、どうして俺の周りには勘のいい人たちが多いんだだ。
アリシアと二人、魔法の練習で森へ出掛けたら、狩りをしているゴダート商会長と偶然に出会う。そしてそこに偶々エドワードさんがいた、という俺の計画が
さて、どうしたものか。
「これはアサクラ様、本日はどのようなご用件でしょうか?」
俺の姿を見付けたリチャードさんが駆け寄ってきた。
「アサクラ様がエドワードさんを訪ねていらしたんです」
彼の視線での問い掛けにメリッサちゃんがここまでの
メリッサちゃんからの説明を聞いたリチャードさんが、「なるほど」と大きくうなずくと、相変わらずの鋭い視線を俺に向けた。
「偶然を装ってゴダート様とお近づきになりたいと言うわけですね」
「身も蓋もないですね」
苦笑いするしかないな。
そんな俺にブラッドリー小隊長とメリッサちゃんが追い打ちをかける。
「アサクラ殿、少し非常識が過ぎやしませんか?」
「ですよね! やっぱりそう思われますよね?」
「ゴダートさんが狩りをしている場所も分からないんですよ」
見付かるかどうか分からないのだと言うが、メリッサちゃんは引き下がらない。
「ゴダート様の機嫌を損ねる可能性だった大いにあるんです。メリットよりもリスクの方が遙かに大きいですよ」
考え直しましょう、と祈るような仕草で付け加えた。
その様子を見ていたリチャードさんがため息交じりに言う。
「メリッサ、アサクラ様に同行しなさい」
「え!」
驚きの声を上げてマジマジとリチャードさんを見るメリッサちゃんに彼が言う。
「ゴダート様と出会わなければ良し。万が一、アサクラ様とゴダート様が出会った場合は今後に支障を来さないよう君が間に入って上手くまとめなさい」
丸投げかよ!
酷い上司だな。
「ちょ、ちょっと待ってください! あたしには荷が多すぎます!」
「君なら出来る! いや、君以外の誰にできるというんだ」
あ、ダメな典型だ。
それ以前に、ブラッドリー小隊長の同行はある意味歓迎だが、メリッサちゃんの同行は避けたい。
「無理です!」
「リチャードさん。今回の件にメリッサちゃんは無関係ですし、こちらとしても同行は遠慮願いたいのですが」
なおも抗弁するメリッサちゃんの援護をする。
「メリッサはアサクラ様の担当です。そのアサクラ様がこの町を代表する商人であるゴダート様と遭うかも知れないのです」
それでも彼女を連れて行くのは避けたい。
この際だ、明確に拒否をするか。
「分かりました、同行します!」
「決まりだ!」
俺が拒否の言葉を口にする前にメリッサちゃんが力強く承諾の言葉を発し、間髪容れずにリチャードさんの声が響いた。
「魔物が出る森です。何があるか分かりませんよ」
「リントの森なら何度も入っていまし、簡単なものですが攻撃魔法も使えます」
セリフを間違えたか……。
「エドワードさんには少々厳しいことをお話ししないとならいかも知れません。メリッサちゃんとしては見たくないことを目にし、聞きたくないことを耳にすることになるかも知れませんよ」
俺のセリフの意味を掴みかねたのか、一瞬、躊躇するが直ぐに気を取り直して「あたしもプロですから」と力強く答えた。
拒否してもこっそりと跡を付けてきそうだな。
「もう一つ質問です」
「なんでしょうか?」
「知らなくて良かったと思えることが知らないところで起きるのと、たとえ知らなくて良かったと思えることでも、正面から事実を受け止めるのとどちらを選びますか?」
「何のお話でしょう?」
メリッサちゃんが怪訝そうに聞き返す。
彼女だけでなく、アリシア、ブラッドリー小隊長、リチャードさんも揃って怪訝そうな表情を浮かべた。
「覚悟の話です」
「あたしは、後者を選びます。たとえ知らないところで起きたとしても後で知ることになるかも知れません。事情を知らずに後で知るよりも、それが起きている現場で事実を受け止めたいです」
力強く言い切った彼女に、俺は改めて同行をお願いすることにした。
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