第46話 ジレッティ・ファミリー、襲撃の後

 ジレッティ・ファミリー襲撃しゅうげき作戦から一夜明けた翌朝。俺とアリシアは一緒に商業ギルドへと向かっていた。

 昨夜行われたジレッティ・ファミリー殲滅せんめつ作戦は三十分も掛からずに決着した。


 ジレッティ・ファミリーの生き残りはボスのジェラルド・ジレッティとタルナート王国の元軍人と疑わしき者数人、手配書の六人のみ。

 ブラッドリー小隊長の爽やかな笑顔とセリフが蘇る。


『この機会にジレッティ・ファミリーには消滅してもらいます』


 殲滅作戦とはよく言ったものだ。

 ひるがえってキャロウ商会の方は無血制圧だった。


 目的がタルナート王国との取り引きについて調べることなので、事情聴取の相手がいなくなってしまっては本末転倒だから当然の処置なのだろう。

 キャロウ商会も用心棒こそ雇っていたが人数は少なかった。ジレッティ・ファミリーと違って大掛かりな戦闘など起きようもない。


 しかし、次点の目的であった、謎の人物カイル・パーマーは取り逃がしたそうだ。

 ブラッドリー小隊長がその報告を受けたとき、悔しそうに壁を殴りつけた。


 短い付き合いだが、あそこまで感情をあらわにしたブラッドリー小隊長を見たのは初めてだ。

 それは他の騎士たちや作戦に参加した魔術師もどうようだったらしく、皆が一様に驚きの視線を彼に向けていた。


「どうかされました?」


 隣を歩いているアリシアが心配そうに声を掛けてきた。

 思わず殲滅作戦の話題を避ける。


「昨夜のアランさんとの会話を思いだしていただけだよ」


「魔術師ギルドのことですか?」


 作戦終了後に俺がアランさんと会話していたときのことを思いだしたようだ。

 ボスのジェラルド・ジレッティはもとより、タルナート王国の元軍人と疑わしき者たちや手配書の六人を含めてジレッティ・ファミリーのなかにも何人もの魔術師がいた。


「魔術師ギルドは彼らの身分を保証しているんですよね? 責任問題になりはしないんですか?」


 とアランさんに聞いたのだが、返ってきた答えは予想外のものだった。


「身分を保証しているといっても、タルナート王国で魔術師として認定された人物である、ということを保証しているだけだ。そもそも、他国で認定を受けた魔術師にまで責任は持てるわけないだろ?」


 と呆れ顔で言われた。

 いまから思い返せばもっともな言い分なのだが、その言葉を聞いたときは俺も思わず不満そうな顔をしてしまったのを思いだした。


 俺がまだ不満を持っているのではと心配そうな顔をしているアリシアに言う。


「一晩休んだ今となっては、アランさんの言うことももっともだと思っているよ」


「組織の仕組みや組織同士の関係は難しいですからね」


 なおもフォローするアリシア。

 内心で苦笑すると前方に制服姿のブラッドリー小隊長を見つけた。


「おはようございます、ブラッドリー様」


 アリシアが真っ先に挨拶をし、俺とブラッドリー小隊長がそれに続いて互いに挨拶を交わした。


「二人も商業ギルドに?」


 とブラッドリー小隊長。


「ええ、エドワードさんに野暮用があってきました」


「例の屋敷の件ですか?」


 例の屋敷とは、俺が商業ギルドから購入してものの二、三時間で証拠物件として騎士団に押収された店舗兼自宅にしようとしていた家屋である。

 そして、今回の事件を解決に導く要因ともなった。


 エドワードさんは物件の管理者であり、元の持ち主から購入したときの担当者でもあったので、自然な流れで様々な責任を負うことになった。

 それに伴って仕事も増えている。


「まあ、そんなところです」


 俺の担当をメリッサちゃんに押し付けて、陰に隠れるようなことはさせないつもりだ、と付け加えた。


「ほどほどに」


 苦笑するブラッドリー小隊長に聞く。


「そちらはキャロウ商会の関係書類の押収ですか?」


「ちょっとお借りするだけですよ」


 騎士団としては未解決事件のままだ。

 ジレッティ・ファミリーを壊滅させ、キャロウ商会の首脳陣を捕縛したといっても何の解決にもなっていない。


 黒幕と当たりを付けているタルナート王国とジレッティ・ファミリーやキャロウ商会との繋がり。

 それらをこれから明かにしないとならない。


 最も心配なのは、まだ見付かっていない誘拐された者たち。

 その大半は孤児院の子どもたちだ。


 教会と孤児院への調査はこれからだろうし、衛兵への調査も残していた。

 さらにはこの町に潜り込んでいるタルナート王国の息の掛かった者たちの洗い出しもある。


 人手が足りなそうだな。

 魔術師ギルドや冒険者ギルドに協力要請が来るのも遠い話じゃないだろう。


 だが、それは別の話だ。

 俺はギルドの扉を潜りながら話題を変える。


「カイル・パーマーの足取りは掴めましたか?」


「そもそもカイル・パーマーなどという人物がいたかも怪しいものです。もしかしたら、我々の目を逸らすための架空の人物かもしれません」


 皆目見当が付いていない、ということか。


「ミスリードを狙ったということですか?」


「そうだとしたら、我々はまんまと思惑通りに動いてしまったというわけです」


 騎士団が謎の人物カイル・パーマーに目を付けたのは半年ほど前のことなのだが、彼の正体に迫るどころか手掛かり一つまともに掴めていないのだと悔しそうな顔をした。


「カイル・パーマーが架空の人物、というのは俺も考えました」


「へー……、考えた、ね。後で詳しいお話を聞かせてもらってもいいですか?」


「今日がいいですね。出来れば午前中が望ましいです」


「そちらの都合にあわせます」


 そう言うと、ブラッドリー小隊長は俺とアリシアに会釈をして商業ギルドの奥へと消えていった。

 彼の背中を見送った俺は、カウンターの奥で忙しそうにしているメリッサちゃんに声をかけた。


「急ぎですか?」


 メリッサちゃんを呼びだすと、まだ朝だというのに疲れ切った表情でそう返してきた。


 口調が厳しい。

 疲れているだけじゃなく、どこか不機嫌そうでもある。


「エドワードさんに話が合ってきたんですけど」


 続く「見当たらないから取り敢えずメリッサちゃんを呼びだしたんです」、という言葉は飲み込んでカウンター奥の執務スペースを見回す。


「エドワード! さーんー!」


「どうしたんですか?」


 突然、叫びだしたメリッサちゃんに聞く。


「仕事を放りだして客先訪問しちゃってるんですよー」


 今度は半べそか……、忙しいな。

 客先訪問も仕事じゃないのか? という疑問はさておこう。


「どこにいるか分かりますか?」


「おはようございます」


 俺の言葉と透き通るような女性の声が重なる。

 声の主はシスター・フィオナだった。


 俺たちの視線が集中すると彼女がおずおずと聞く。


「おじゃまでしたでしょうか?」


「まったく問題ないわよ」


 と言って、メリッサちゃんがシスター・フィオナから書類を受け取った。


 何の書類だ?

 疑問に思った俺にシスター・フィオナがほほ笑む。


「孤児院がだしている露店の報告書です」


 孤児院が露天商通りに出している露店は商業ギルドの支援を受けているため、定期的に取り引きの記録を商業ギルドに提出しているのだと説明してくれた。


「デイジーハウスの書類はいつも整っていて助かるわ」


 書類をパラパラと見だすメリッサちゃんにシスター・フィオナが小声で言う。


「メリッサ、アサクラ様をお待たせしちゃダメでしょ」


「そうでした、お話が途中でしたね」


 思いだしてくれたようだ。

 懐にしまったニケを突くともぞもぞと顔をだす。


「ミャー」


「ニケちゃん、いまはお話中だからまたあとでね」


 胸元から半分以上抜けだしたニケにアリシアが優しげな笑みを向けて人差し指で突く。


「ミャッ」


 俺の胸元を飛びだしたニケがシスター・フィオナに飛び移った。


「え?」


「キャッ」


 アリシアの驚きの声とシスター・フィオナの可愛らしい悲鳴が上がった。


「すみません、怪我はありませんでしたか?」


「ごめんなさい、シスター・フィオナ。あたしがニケちゃんを突いたりしたから」


「大丈夫ですよ」


 謝る俺とアリシアに微笑むと、「はい」と言ってニケを俺に返す。


「アサクラ様、いま、ニケちゃんのことを突きませんでした?」


 まるで俺がニケをシスター・フィオナにけしかけたとでも言わんばかりの疑惑の目だ。

 正解だよ。


「中途半場に胸元でもぞもぞされたんで外に出そうとしただけですよ」


 俺はそこで一旦言葉を区切って話を戻す。


「それよりもエドワードさんは?」


「ゴダート商会の商会長のところへ寄ってからこちらへくるそうなので、こちらへ顔をだすのは午後二時過ぎになると思います」


「ゴダート商会の場所を教えてもらえますか?」


「エドワードさんなら商会長のところですから、いま頃は町の外ですよ」


 ゴダート商会の商会長、ダリル・ゴダートは毎月十日前後の好天の日を選んで森の浅いところで狩りを楽しむのだという。

 その狩りが今日行われていた。


「狩りの行われている場所は分かりますか?」


「そこまではちょっと……」


 困った顔をしたメリッサちゃんを見てシスター・フィオナが俺に聞く。


「ゴダート様にご用なんですか?」


「お知り合いですか?」


 思わず口を突いてでた俺の疑問に答えたのはメリッサちゃんだった。


「ゴダート様は教会や孤児院に寄付されているんです。特に孤児院へ多額の寄付をしてくださっている慈善家です」


 当然、教会や孤児院の関係者は皆が知っている。


「ゴダート様には感謝しております」


 シスター・フィオナが祈りを捧げるように胸元で両手を組んだ。


「フィオナはゴダート様がもよおされる狩りに何度も招かれているんですよ」


「ゴダート商会長ともお会いしたいと思っていましたから、居場所が分かれば好都合なんですけど、シスター・フィオナはご存じありませんか?」


「申し訳ありません、今回は招かれていないので……」


 シスター・フィオナが顔を曇らせた。


「ゴダート会長にアポイントメントなしでお会いするつもりじゃありませんよね?」


「まさか、その辺はわきまえているつもりです」


 頬を引きつらせるメリッサちゃんを安心させる。


「探しだして押し掛けたりしませんよね?」


 まだ安心していないようだ。

 要は居場所が分かったとしても、ゴダート商会長とエドワードさんが仕事の話をしているところへ割り込んだり、エドワードさんを引きずって連れ去ったりしないで欲しい、ということだった。


 俺のことをどんな目で見ているんだ?


「幾ら何でもそんな失礼なことはしませんよ」


「信じてますから、あたし、信じてますからね!」


「エドワードさんに会うのも今日のところは諦めます」


「それがいいと思います」


 今日、初めてメリッサちゃんが晴れやかな顔をした。

 俺とメリッサちゃんのやり取りを面白そうに見ていたシスター・フィオナが笑いを堪えて言う。


「メリッサ、お仕事の邪魔をしてごめんね」


「書類、わざわざ持ってきてくれてありがとう」


「アサクラ様、アリシア様、私はこれで失礼いたします」


 続いて、俺とアリシアに退出の挨拶をした。


「また訪ねて行きますよ」


 そう口にする俺の横でアリシアが小さくお辞儀をした。

 シスター・フィオナが商業ギルドを退出するのを見届けた俺はメリッサちゃんに再び向き直る。


「今日、ゴダート商会長は間違いなく狩りをされているんですね?」


 念のため確認をすると、「いつもなら夕方になるまで戻ってくることはありません」と力強く言った。


「ダイチさん、出直しましょうか」


「そうです、そうです。それがいいです」


 とアリシアとメリッサちゃん。


「まだいたんですか?」


 振り向くと書類の束を抱えたブラッドリー小隊長が立っていた。

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