第36話 次の一手を一緒に

 冒険者登録を終えてギルドを後にする頃には陽が傾きだしていた。


「冒険者ギルドの屋根、本当に弁償しなくてもいいんでしょうか……?」


 アリシアが申し訳なさそうに背後を振り返った。

 釣られて俺とメリッサちゃんも冒険者ギルドの屋根を振り仰ぐ。


 屋根の一部というか、二階の一部がスパッと何かで切り取られたようになくなっている。


 なくなった部分はギルドの裏手に広がる訓練場に落下した。

 今頃は職員総出で残骸を片付けている頃だろう。


「幸い死傷者もなかったし、ギルド側も弁償の必要はないと言っていたんだから気にしなくてもいいじゃないか?」


「それはそうなのですが……」


 屋根と二階の一部を切り落とした本人としては罪悪感が拭いきれないのも分かる。


「悪いのはあのロディとか言う男性職員ってことで決着したんですから、アリシア様が気に病むことではありませんよ。さっさと忘れちゃいましょう」


 メリッサちゃんの言う通り、ロディの責任ということで冒険者ギルド側は決着させた。

 尽力してくれたのは三人の試験官たちである。


 あのままロディの思惑通り進んでいたら俺とアリシア相手に模擬戦をする羽目になっていたこともあり、彼らのロディに対する怒りは相当なものだった。


 三人の試験官、曰く。


「高位の魔術師相手であることを隠して模擬戦をさせようとしたんだ、相応の報いは受けてもらわないとな」


「そもそもあいつが横から口を出さなければ、攻撃魔術の試し撃ちにしたって十分な準備ができたんだ。準備不足でやったらそりゃあ、事故も起こるってもんさ」


「嬢ちゃんはなにも悪くねえぞ。悪いのはぜんぶロディだ」


 俺たちが魔術師であることをロディが知らなかった事実が思い切り捻じ曲げられていた。しかし、それを指摘する義理はない。

 さらに彼らの働きかけで他の冒険者やギルド職員の間からも、ロディがこれまでやってきた小さな不正やささやかな不正、たわいないミスが次々と明らかになった。


 本来ならどれも注意勧告程度のことらしい。

 だが、人間は感情の生き物である。


 ここぞとばかりに騒ぎだした冒険者たちと若手職員の勢いをギルド側は正面から受け止めるのを避けた。

 押し寄せる彼らの勢いに負けて、サブマスター自らがロディに対する厳重処分を約束した。


 平たく言うとロディを生贄にすることで不満を抑え込んだのだ。


「それにしても、あの男性職員、酷いことをしていたんですね」


 想像以上です、というメリッサちゃんのセリフに、多少の戸惑いを見せながらもアリシアが同意をする。


「本当ですね。冒険者ギルドがとても恐いところに思えてなりません」


 多分、いや、間違いなく彼女が冒険者ギルドを怖がる以上に冒険者ギルド側はアリシアのことを怖がっているはずだ。

 冒険者ギルドのサブマスターが建屋破壊のことを口にした際に、メリッサちゃんが彼に何かを耳打ちした。


 その瞬間、アリシアのことをガン見したサブマスターの顔色がみるみる蒼白になっていくのを俺は見逃さなかった

 何を話したのかは確認していないが想像はできる。


 帰り際、アリシアだけでなく俺に対しても妙に下手に出ていたし対応が懇切丁寧だった。

 あれは俺の知らないところでメリッサちゃんが何か吹き込んだに違いない。


 俺はメリッサちゃんを目の端に捉えながら独り言を言う。


「例の手配書が欲しいと言った途端、血相を変えたサブマスターが手配書の束を抱えて駆け寄ってきたがあれは何だったんだろう」


 昨日、衛兵隊の無能な中隊長が釈放したチンピラ六人組の手配書のことだ。

 西部劇の映画に出てくる賞金首の手配書のように、大きく似顔絵が描かれているそれを手にメリッサちゃんの反応を見た。


「そうですねー。サブマスターも反省したんだと思いますよ」


 しれっと流された。

 まあ、追求することもないか。


「明日以降はどうされるおつもりですか?」


 とメリッサちゃん。


「手配書も手に入ったし、明日からでもチンピラたちを探すつもりです」


 地下牢から何らかの手掛かりを見付けるのも、締め上げた衛兵たちから新たな証言を引き出すのも騎士団のすることだ。

 俺ができるのはチンピラたちを捕らえて、騎士団に引き渡す前に背後関係を白状させることと……。


「探し回るって、当てはあるんですか?」


「ええ」


 試験官をする予定だった三人の冒険者から、すねに傷を持つ連中が潜伏しそうなところをいくつか教えてもらっていた。


「取り敢えずは教えてもらったところを探ってみるつもりです」


「その口振りだとあまり期待していないようですね」


 実のところ、まったく期待していない。

 試験官の三人も、他国と繋がりがある連中だとしたら、自分たちが教えた場所に潜伏している可能性は低いだろうと言っていた。


 それは俺も同感だ。


「本命はどこだと思っているんですか?」


 メリッサちゃんが探るように聞いた。


「タルナート王国かその近くまで頻繁に馬車隊を往き来させている組織なんて怪しいと思いませんか?」


「隊商や行商ですか……」


 考え込むように押し黙った。

 思い当たる商会や行商人でもあるのだろうか?


 商人の活動範囲は広く、国内に限られるものではない。

 特に他国との交易を行う商人は国境が近いこの地域では非常に多かった。


「アサクラ様はタルナート王国と交易を行っている商会や商人が怪しいと思っているんですね」


「直接タルナート王国と交易している商人とは限りませんよ。他国を経由してタルナート王国と情報や物資、人のやり取りをしている可能性だってあります」


 誘拐された子どもたちがタルナート王国に連れ込まれている可能性を示唆すると、アリシアとメリッサちゃんの顔色が変わった。

 言葉を返したのはメリッサちゃん。


「ちょっと、想像したくないですね……」


「可能性ですよ、可能性。そんなに深刻な顔をしないでくださいよ」


 集めた情報はまだ不十分だが、予想を織り交ぜてパズルを組み立てれば何かが見えてくるかも知れない。

 となれば、やることもおのずと決まってくる。


「メリッサちゃん、お願いがあるんですけど」


「嫌です」


 こちらを見ることなく即答した。


「まだお願いの内容を言ってませんよ」


「なんとなく想像できます」


「この一年間の間に他国との取り引きが増えている商会や商人の情報が欲しいんです」


「守秘義務に反します」


 いや、それくらいのことは守秘義務違反にはならないだろ。


「規則に反しない程度で構いません」


「最初はそうなんですよねー。でも、次第に要求がエスカレートしていって、気付くと取り返しのつかないことになっているものなんですよー」


 しっかりしてるなー。

 優秀だという触れ込みで彼女を紹介された経緯が脳裏をよぎった。


「一度だけですから」


「ダメです。言っておきますが、ご紹介した物件の不手際を盾にとってもダメですからね」


 取り付く島もなしか……。


「分かりました、この話はここまでにしましょう」


 仕方がない、明日にでもエドワードさんあたりに詰め寄るとするか。

 チンピラたちを探すのは午後からかな。


「明日からしばらくは、お二人で手配書の冒険者を探すと言うことですか?」


 リチャードさんから俺との連絡係に任命されているので、居場所だけでも把握しておきたいとメリッサちゃんが聞いてきた。


 二人?

 俺とアリシアのことか?


 独りで探すつもりだったので、彼女のセリフに疑問が湧き上がった。

 その疑問をアリシアが氷解させる。


「パーティー申請も受理されましたし、ダイチさんと一緒に探すつもりです」


 しまった!

 賞金首の討伐をパーティーで請け負ったんだった。


 アリシアを連れて危険地域を歩き回るのか?

 自殺行為じゃないのか、それ?


「ね、ダイチさん」


 アリシアがウキウキとした口調で可愛らしい笑みを浮かべた。

 いや、ここで可愛らしさに負けちゃダメだ。


「危険な場所に足を踏み入れることになる。アリシアに万が一のことがあるといけないからチンピラたちの捜索は俺一人でやるよ」


「あたしなら大丈夫です」


 アリシアは大丈夫かも知れないが、周囲の人たちが大丈夫じゃない。


「それにもしものときはピーちゃんもいますから」


「ピーちゃん?」


「従魔です」


 ブルーインフェルノとかいうあの物騒な小鳥か!

 あいつ、ピーちゃんなんて名前だったのか。


「ピーちゃんも連れて行くの?」


「上空を飛んでいるから邪魔になりませんので大丈夫です」


 まったく大丈夫じゃない。

 メリッサちゃんも青ざめた顔で首をフルフルと振っている。


「ずっと飛んでたら、ピーちゃんも疲れるんじゃないかな?」


 俺は何を言っているんだ?


「でしたら、ニケちゃんみたいに胸のなかにしまっておきましょうか?」


 何の解決にもなっていない。

 パーティーを組んだ俺と一緒に仕事をしたい、というアリシアの純粋な思いも伝わってくる。


「それでもやはり危険なところだし、セシリアさんの許可を頂けたら、ということでどうかな?」


「曾お祖母ちゃんの……?」


 わずかな時間、俺たち三人の間に沈黙が流れた。

 メリッサちゃんの息をのむ声がかすかに聞こえる。


「はい、曾お祖母ちゃんの許可をもらうようにします」


 可愛らしい返事をするアリシアの傍ら、顔を引きつらせたメリッサちゃんが「あたしは関係ありませんからね」とでも言いたそうな目でこちらを見ていた。

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