第35話 冒険者ギルド(5)

「ついて行かなくても良いんですか?」


 他の職員に引きずられていくロディを視線で示しながら、彼が連れてきた冒険者三人に聞いた。


「そこまでの義理はない」


 きっぱりと言い切ったよ。

 聞けば、ロディは冒険者を引退するまで彼らのパーティーでリーダーをしていたという。


 その元リーダーで冒険者ギルドの職員であるロディに「生意気な外国人がいるので、懲らしめるのを手伝ってくれ」、と頼まれて連れてこられた。

 しかも、報酬は「仕事で便宜を図ってやる」というはなはだ不確かなものである。


「調子に乗っている小僧の鼻っ柱をへし折って冒険者の厳しさを教えてやってくれ、って言われてきてみたらCランク魔術師とか、俺たちを殺す気かよ、あのひとは」


「昔っから頭に血が上ると見境がなくなる人だったけどな」


「まったくだ。軽はずみに依頼を受けて何度も酷い目にあったっけ」


 愚痴りだした三人と俺との間に入って受付嬢が言う。


「準備できましたのでお願いします」


 魔術師ギルドでやったのと同じように素材の異なる高さ一メートル、直径五十センチメートルほどの支柱が三本並んでいた。

 左から青銅、鉄、鋼である。


「皆さんはお引き取り頂いて構いませんよ」


 受付嬢にそう言われた三人が即座に返す。


「嬢ちゃん、意地の悪いことを言うんじゃんねえよ」


「あのアランを圧倒したという魔装を是非拝ませてくれ」


「滅多に見られるもんじゃないんだ、頼むよ」


「アサクラ様とアリシア様が良ければギルド側は構いません」


 そう言って俺をみた。


「俺は構いませんよ」


 敢えて木剣を手に取ってこれ見よがしに軽く振ってみせる。


「あたしは――」


「せっかくですから、Bランク魔術師の力を見せつけてやりましょう!」


 アリシアに最後まで言わせずにメリッサちゃんが勢いよく言い切った。


「アリシア、嫌ならはっきり言った方がいいぞ」


「いえ、大丈夫です」


 力強い返事が返ってきた。


「では、アサクラ様から始めてください」


 受付嬢の合図で俺は全身に身体強化を展開し、魔装を全身と武器にまとわせる。


 随分とスムーズに展開できるようになったものだ。

 ここ数日の森での成果を実感する。


「行きます!」


 言葉とともに標的との距離を一気に詰める。

 身体強化をフルに使ってのダッシュ。瞬く間に青銅の支柱を間合いに捉えた俺は木剣を横薙よこなぎに振り抜く。


 手応えもなく木剣が青銅の支柱を通過した。

 そのままサイドステップで鉄の支柱の正面に移動し、袈裟けさ斬りに剣を振り下ろした。


 斜めに斬られた鉄の支柱がわずかにずれる。

 斬られた支柱が地面に落ちる前に最後の標的の正面へと移動し、そのままの勢いで逆袈裟――、左下から右上に剣を振り抜く。


 横で斬られた鉄の支柱が地面に落ちる音がした。

 続いて、鋼の支柱が地面に転がる。


 斬ったにもかかわらず上に乗ったままの青銅の支柱を木剣で軽く突くと青銅の支柱も地面へと落下した。


「剣術の心得がないので無属性魔法に頼り切った戦い方ですが、こんなもので十分でしょうか?」


「兄さん、その木剣を見せてくれ!」


「本当に斬っちまったよ……」


「剣術なんか必要ないだろ」


 あんぐりと口を開いたままの受付嬢を押しのけて冒険者三人が駆け寄ってきた。


 ◇


 冒険者三人に囲まれて話をしている間に我に返った受付嬢が突然声を上げた。


「つ、次です! アリシア様、お願いします」


「準備がまだのようですが?」


「え? あ!」


「大丈夫ですか?」


 アタフタとする受付嬢をメリッサちゃんが呆れたように見た。


「大丈夫ですよ、問題ありません」


 受付嬢はそう言うと、アリシアに向かってどんな攻撃魔法が使えるのかを聞いた。

 俺と会話していた冒険者三人もアリシアの答えを聞こうと口をつぐむ。


「全部使えます」


「は? いえ、四属性のうち使える属性を教えて頂ければいいんですよ」


「四属性の魔法の他に無属性魔法と付与魔法と錬金術と従魔術を使えます」


 天才かよ!


「さすがセシリア様の曽孫娘ひまごむすめ様……」


 メリッサちゃんの傍ら、冒険者たちが三者三様の反応をする。


「冗談、だろ……?」


「俺、あの娘と戦わされるとこだったのか……」


「未来の大賢者かな」


「もしかして従魔も連れています?」


 受付嬢の質問にアリシアが小さくうなずいて左手を斜め上に挙げた。

 全員が上空を見上げる。


 陽光のなか、小さな影が見えた。

 鳥?


「ミャ、ミャ」


 ここまで大人しくしていたニケが急に胸のなかで動きだした。

 メリッサちゃんがのんびりとした口調で言う。


「何かきますねー」


 その陰が急速に近付き、アリシアの差しだした指先に止まった。

 それはセキセイインコほどの大きさの青い鳥だった。


「ブルーインフェルノー!」


 受付嬢の叫び声が訓練場にこだました。

 顔が恐怖に引きつっている。


「知ってる?」


「Aランク指定の強力な魔獣です……」


 俺の質問にメリッサちゃんが小鳥から視線を離さずに答えた。

 身構えている?


 三人の冒険者も青ざめた顔で身構えていた。

 アリシアの魔獣を警戒しているようだ、が……? Aランクの魔獣を相手に警戒してなんとかなるのだろうか?


「あたしの従魔です」


 アリシアの声で俺の思考が中断された。


「危険はありませんよ、ね……?」


「大人しい子ですし、あたしの言うことをよく聞きますから大丈夫ですよ」


「信じます、で、では攻撃魔法はどうしましょう?」


 いや、お前が聞いてどうする、受付嬢。


「なんでも良いんですか?」


「なんでも良いので攻撃魔法を一つ選んでください」


「では、風魔法でお願いします」


 ◇


 静まり返る訓練場に風魔法の標的が粛々と設置される。

 その間、誰一人としてこの場を立ち去る者はいなかった。


 設置された標的は木製で札のような形状をしている。中央が赤く塗られ、どうやらそこに命中させるようだ。


「では、どうぞ」


「はい!」


 メリッサちゃんの開始の合図とともにアリシアが標的に向かって右手を突き出した。


「あれ……?」


 何も起きなかったことにメリッサちゃんが首を傾げる。

 アリシアはというと、恥ずかしそうに俯いていた。


 失敗したのか?


「キャー!」


 そう思った瞬間、メリッサちゃんの悲鳴が上がった。

 俺が見たのは陽炎の向こうに見える消し炭となった標的だった。


 何が起きたんだ?


「おい! あれ!」


 冒険者の一人が見つめる先に視線を移すと、冒険者ギルドの二階の屋根が斜めに切断され、ゆっくりとずれ落ちてくるところだった。


「なんでー!」


 受付嬢の悲痛な叫び声がこだまする。


「ごめんなさい! 攻撃魔法って本当に苦手なんです……」


 もしかして、ギルドの二階の屋根を斜めに切り裂いたのはアリシアの放った風魔法なのか?

 俺の疑問は続くメリッサとアリシアのやり取りで明らかになる。


「ちょ、ちょっと、あれ、あれが、風の攻撃魔法ですか?」


風の刃ウィンドカッターです……」


「なんで、なんで屋根」


「あたし、攻撃魔法が本当に苦手で、狙ったところに当たったことがないんです」


 苦手って、そういう苦手だったのか!

 予想外の答えに俺を含めたその場の全員が固まった。


「じゃ、じゃあ、あれ、あれは?」


 受付嬢の指さす先には消し炭となった本来の的があった。


「あれはこの子がやったものです」


「え? え? え?」


 指示をだしたようには見えなかった、よな……?


「頭のよい子で、たまに色々と察して先回りしてくれるんです」


 それ、ダメなヤツだろ!

 あの鳥、ニケ以上に危険な香りがする。


「それ、本当に従魔ですよね?」


 受付嬢が一歩退く。


「ええ、慣れていますから大丈夫ですよ」


「ち、近づけないでください」


 首をフルフルと横に振ってさらに後退る。


「なあ、お前、あの娘と戦っていたら、先回りしたあの鳥に消し炭にされていたんじゃないのか?」


「不吉なこと言うなよ」


 可能性はある。

 俺はあのときボコボコにしたチンピラから感謝されても良いかもしれない。


「あの、もう一度やらないとダメでしょうか?」


「必要ありません。というか、それ以上攻撃魔法を放つのも、ブルーインフェルノに攻撃させるのもなしでお願いします」


「では合格ですか?」


「従魔が的を撃破したので試験はクリアです」


 これで無事に登録ができそうだ。

 気付くと、俺は深い安堵のため息を吐いていた。

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