第24話 飛び込んできた者たち

「ボイド中隊長、落ち着いてください」


 飛び込んできた衛兵をアーロン小隊長が押し留めた。しかし、ボイド中隊長はなだめるアーロン小隊長を頭ごなしに叱責しっせきする。


「犯罪者を応接室に通すとは何事だ! お前、頭がおかしくなったんじゃないのか!」


「一体どうしたんですか?」


「どうしたじゃない。俺は報告書を読んで驚いたぞ!」


「どんな報告なんです?」


「そんなことはどうでもいい!」


 犯罪者を自分に引き渡せともの凄い剣幕でアーロン小隊長を押しのけると、鬼の形相で俺に向かってきた。


「貴様か! 衛兵をバカにするにも程があるぞ! たっぷりと後悔させてやるからな!」


 相当頭に血が上っているようだ。

 取り敢えず、挑発しておくか。


「こちらの方じゃないですか?」


 ブラッドリー小隊長のことを示し、ボイド中隊長の視線を彼へと誘導する。


「え……?」


 虚を突かれたブラッドリー小隊長が間抜けな声を上げた。


「ほう、貴様か。確かに気に食わん顔をしている」


「私は無関係で」


「誰が口をきいていいと言った!」


 言葉よりも早く繰り出されたボイド中隊長の拳を軽くかしたブラッドリー小隊長が、バランスを崩してたたらを踏む彼の足元に何食わぬ顔で自分の足を出して転倒させた。

 革張りの椅子を巻き込んで盛大に転倒したボイド中隊長が、床に転がったままブラッドリー小隊長を指さして怒鳴りつける。


「貴様! 絞首台に送ってやるからな!」


 衛兵の中隊長に犯罪者とはいえ絞首台に送る権限はないだろ。


 いや、これは挑発のネタになるか?

 メリッサちゃんに聞いてみる。


「衛兵の中隊長って裁判もなしで絞首台に人を送る権限があるんですか?」


「そもそも衛兵にそこまでの権限はありません」


 地方を治める領主の麾下きかに裁判所があり、そこで裁判が行われて初めて刑が確定し、実行されるのだと説明してくれた。

 付け加えると、裁判所が適正に運営されているかを監督する監察官が国から派遣されており、不当な裁判が行われる抑止にもなっていた。


「ですが、領主と懇意こんいだったり、お金を積んだりすれば大概のことは何とかなります」


 とメリッサちゃんがささやいた。


 制度は立派だが実情は不正の温床になりそうだな。

 とはいえ、コネクションと財力がある俺からすればこの上なく都合の良い実情だし、それを利用しようとしていた身からすれば彼女の話に改めて安堵した。


「小娘! 貴様まで私を愚弄ぐろうする気か!」


 何が聞こえたのか知らないが、今度はメリッサちゃんに矛先を向けた。


 後先を考えずに全方位に敵を作るタイプのようだ。

 まるで、旧なんとか軍の感情で動く無能な指揮官だな。


「ボイド中隊長、取り調べが必要ならここでお願いします」


 倒れているボイド中隊長にアーロン小隊長が手を差し伸べながら言った。


「応接室で取り調べるなど前代未聞だ。そもそも、こいつらは犯罪者なんだぞ!」


「大前提として彼らは犯罪者ではありません」


「報告書にはヤツが犯した事が克明に記されていた。あれを犯罪と言わないなど私は認めんからな!」


 憎悪の視線がブラッドリー小隊長を射貫いぬいた。


「その報告書は誰が作成したものですか?」


「ストーンが作成したものだ」


 扉の側に立っていた限りなく黒に近い衛兵の一人を、ボイド中隊長とアーロン小隊長が見た。


「ほう? なぜお前が報告書を書いた? 事件の報告書は俺の方で提出するから必要ないと念を押したはずだぞ」


「私が書いたのは事件の報告書ではなく、巡回の報告書に数行書き添えただけです」


 アーロン小隊長の質問にリバーが視線を合わせずに答えた。

 後ろめたさを全身で表している。


 顔は青ざめ逸らした視線は不安そうに虚空を彷徨さまよい、全身は小刻みに震えていた。

 隣に立つ衛兵も大差ない反応である。


「なるほど、ストーンに越権行為があったのかもしれん。だがな、重傷を負った被害者を牢獄に拘束しておくというのもおかしな話だ」


「重傷を負った被害者?」


「そうだ! 重傷者に十分な手当もせず、釈放もしない。あまつさえ当の犯人を応接室に通すなどどうかしている!」


 ボイド中隊長は、アーロン小隊長が何らかの便宜を図っているのではないか、と疑いの目で詰め寄る。


「これでは犯人から見返りを受け取ったと疑う者がでてきても不思議はないと思わんか?」


「それで、ボイド中隊長としてはどうされたいのですか?」


「先ずはそいつを拘束した上で取調室に連行しろ」


 幾分か落ち着きを取り戻した様子でブラッドリー小隊長を指さした。


「何から説明したらいいんだ?」


 誰にともなくそう問い掛けると、アーロン小隊長が責めるような視線を俺に向けた。

 しかし、すぐに立ち直って言う。


「この部屋の使用許可は総隊長に頂いているので、取り調べが必要であればここで行いましょう」


「しかしだな」


「許可を頂いているのです」


 ボイド中隊長の言葉を遮ると、強い口調で念を押すように言った。


「腹立たしいが仕方があるまい」


 愚痴るボイド中隊長を横目に、アーロン小隊長が廊下に控えている自分の部下に向かって指示をだす。


「扉を閉めろ。俺の指示があるまでこの部屋に誰も入れるな、誰も出すな」


 了解の返事とともに扉が閉められた。


「ストーン、リバー。お前たちはそこで待機」


 アーロン小隊長の命令に二人がボイド中隊長に縋るような線を向けた。しかし、ボイド中隊長が首肯しながら言う。


「そこで待機していろ」


 その無情な一言に、ストーンとリバーがいい具合に狼狽うろたえだした。

 互いに泣きそうな顔で目配せをしている。


 応接間に居るのは俺とアリシア、メリッサちゃん、ブラッドリー小隊長、アーロン小隊長。さらに怒鳴り込んできたボイド中隊長と彼に連れられてきた、いまや子羊と化したストーンとリバーである。


 何となく見えてきた。


 悪人はこのストーンとリバーで、ボイド中隊長はただ無能なだけだ。

 この二人はその無能さを利用していたというところか。


 さて、化けの皮を剥がすお膳立てが出来た。

 俺はこれから始まるショーの成り行きを想像して胸を高鳴らせていた。

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