第25話 飛び込んできたものたち、その後
アーロン小隊長が自分の隣に腰を下ろしたボイド中隊長に聞く。
「ボイド中隊長、彼をどのような罪状で
アーロン小隊長が「彼」と示したのがブラッドリー小隊長ではなく、俺だったことにボイド中隊長が一瞬、戸惑いの表情を見せた。
しかし、彼が疑問を口にする前にアーロン小隊長が再びうながす。
「どのような罪状なのかお聞かせください」
そうしないと話が進まないのだと厳しい口調で告げた。
「露天商通りで少々羽目を外して騒いでいた冒険者と
報告書を書いたストーンと現場にいたリバーの二人にも確認を取ったので間違いない、と強気の口調だ。
あきれた。部下の報告を
部下を信じるのはいいが、もう少し人を見る目と判断力を養った方がいいな、この中隊長は。
当のストーンとリバーはというと、この状況を予想していなかったのだろう、泣きそうな顔でボイド中隊長の後ろに並んで立っている。
「第一に、その事件の担当者は私です」
アーロンはボイド中隊長が行っていることが越権行為であることと、自分への断りが遅れたことには言及せずに、自分の上官へこのことが報告されているのかをやんわりと確認した。
「急いでいたので報告はまだだ」
先ほどまで我を見失うほど激高していたボイド中隊長のトーンが落ちた。
ボイド中隊長のトーンが落ちたのに比例して、背後で立っているストーンとリバーも意気消沈している。
まあ、この二人に関して言えばこの部屋にボイド注意が怒鳴り込んできたときから、戸惑いと
ボイド中隊長の行動が彼らの予想を
上への報告は自分の方からしておくと前置きしてアーロン小隊長が話を進める。
「こちらが私の書いた報告書です。そしてこちらが、被害者であるアサクラ殿と目撃者であるメリッサ殿からこの部屋で
二通の書類を無造作にテーブルの上に投げ出した。
「被害者だと……?」
ボイド中隊長が不安そうに聞き返した。
「ええ、被害者です」
アーロン小隊長がそう念を押して、自身が書いた報告書をゆっくりと読み上げる。
そこには露天商通りで起きた事件の事実のみが列記されていた。
真っ先に読み上げられたのは彼ら六人が加害者である事実。
続いて、彼らの名前と冒険者ギルドの認識番号が読み上げられた。
それにより、彼らがいずれもタルナート王国の冒険者ギルドで登録されていた冒険者であることが分かる。
発端は加害者である冒険者たちが孤児院であるデイジーハウスの運営する露店、手伝いをしていたシスター・フィオナに絡んだことにあった。
「バカどもが絡んだとき、シスター・フィオナの幼馴染みである商業ギルド職員のメリッサ殿とアサクラ殿が現場となった露店で買い物をしていたのです」
「それで返り討ちに遭ったというのか? 相手は冒険者だぞ。六人もいたんだぞ……。不意打ちにしても……」
アーロン小隊著の言葉を信じられない、といった様子でボイド中隊長が俺を見た。
「不意打ちではありません。大勢の目撃者がいますが、六人が六人とも先に手をだしています」
「バカを言うな! 被害者の六人はBランクとCランクの冒険者だぞ。しかも、二人はCランクの魔術師だったんだ!」
「Cランク魔術師が二人もいたんですか? それは助かりました。アサクラ殿が居なければ騒ぎを止められなかったでしょう」
「だったら、なおさらだ。不意打ちでもされなければ、よほど
「たわいもありませんでしたよ」
俺は商業ギルドの認識票と魔術師ギルドの認識票をテーブルの上に並べた。
ボイド中隊長が目を
「貴様も魔術師だったのか……?」
「ええ」
「だが、それでも納得できん!」
「あのー、いいですか?」
メリッサちゃんが遠慮がちに
「アサクラ様の力は恐らくAランク魔術師に相当します」
「
「Bランク魔術師のアランさんをご存じでしょうか?」
俺の試験官を担当した魔術師だ。
「知っているが、それがどうした?」
「どの程度ご存じですか?」
「この町で最も信頼できる無属性魔法の使い手だ」
治安維持や魔物の討伐などで衛兵隊に協力をすることも多いらしく、ボイド中隊長もアランさんと共同作戦を行ったことがあると言った。
「アサクラ様はそのアランさんを圧倒しました」
圧倒したというか、正確には逃げだされたんだけどな。
室内を沈黙が覆う。
ストーンとリバーの二人はポカンと口を開け、目は大きく見開いたままだ。
「いま、なんと言った?」
ボイド中隊長の絞り出すような声。
「アサクラ様は本日魔術師ギルドに登録されました。その際に試験を受け、試験官であるBクラス魔術師のアランさんを圧倒した、と申し上げました」
本当なのか? と問うようにボイド中隊長がアーロン小隊長を見た。
「初めて聞きました」
そう言って俺を見るアーロン小隊長に何も答えずに肩をすくめる。
「私にまで隠しておくなんて酷いですね」
そんな俺にブラッドリー小隊長が恨み言を言った。
顔が強ばっている。
周囲の驚きには少し引いたが、イケメン騎士の度肝を抜いたのはなかなか気持ちがいい。
「知らなかった事実はありましたが、これで冒険者たちが返り討ちにあったこともうなずけますね」
とアーロン小隊長。
「あ、ああ……」
「さらにこれだけの証人と証言があるんです。何を疑うというんですか?」
「お前たち、これはどういうことだ?」
ボイド中隊長は二人に背中を向けたまま、
「わ、我々も、その、そちらの方が、それほどの
「そ、そうです。駆け付けたときに大怪我を負った冒険者から訴えがあったので、その、彼らの言うことを信じてしまっただけなのです」
何とも苦しい言い訳だ。
混乱する彼らをチラリと振り返り、アーロン小隊長が「まだ興味深い証言があります」と報告書のページを
「駆け付けたときに状況を確認したり、周囲の目撃者から事情を聞いたりすることもなく冒険者たちに駆け寄って怪我の状態を確認していたそうです」
「そ、それは怪我人の救助を優先したまでです」
「ともかく、転がっていた冒険者たちは重傷でした」
必死の形相で訴える二人を無視してアーロン小隊長が続ける。
「目撃者がアサクラ殿を擁護する発言をしているにもかかわらず、彼ら二人はアサクラ殿を暴行の犯人として拘束しようとしていました」
十数人の上る証言者がいると付け加えた。
「ち、違います。冒険者たちは怪我をしていたので逃げられないと判断しただけです。逃亡の可能性があったので拘束しようとしたまでです」
「周囲の目撃者は露店の主人や馴染みの客たちですから、露店のシスターや孤児たち、彼らの味方した者に都合のいい発言をしますから」
いい感じに混乱している。
自分たちが墓穴を掘っていることも気付かないようだ。
「お前たち、あの場に俺もいたことを忘れてやしないか?」
冷水を浴びせるようなアーロン小隊長の一言に二人が固まった。
絶句する二人を睨み付けてさらに詰問する。
「冒険者たちだが、駆け付けた衛兵は俺を含めて五人いたにもかかわらず、何故お前たち二人にだけ助けを求めたんだ?」
「し、知りません……」
頭が回っていない
「そもそも、あの時間にお前たちは何故あの場所にいたんだ? 二人とも休憩時間中だったはずだろ?」
「ろ、露店で遅い昼食を摂ろうとしていただけです」
額に脂汗を浮かべて必死に取り
頑張るじゃないか。
俺がダメ押しをしておくか。
「衛兵が駆け付ける前、冒険者の一人が「孤児を誘拐して売り飛ばす」というような発言をしていたが、この町で多発している誘拐事件にお前たちも関わっているんじゃないだろうな?」
「し、知らない。本当だ! 誘拐事件のことは初めて聞いた」
俺の言いがかりとも取れる脅しにストーンが激しく反応した。
よし! 揚げ足を取るか。
「誘拐事件のことは? それじゃ、何なら知っているんだ?」
「し、知らない」
「何も知らない」
「貴様らー!」
椅子を
「落ち着いてください」
アーロン小隊長がボイド中隊長を制しながら、ストーンとリバーに言い放つ。
「お前らには色々と聞きたいことがある。覚悟しておけよ!」
「ヒッ」
「お、俺たちも頼まれただけなんです」
早々にゲロりやがった。
「これから尋問ですか? 私も同席をさせて頂きましょう」
ブラッドリー小隊長が騎士団の認識票を右手に立ち上がった。
「騎士団……!」
驚くボイド中隊長と床に転がる二人。
やはり、と言った表情のアーロン小隊長が聞く。
「尋問に同席されるのは構いませんが、あくまで主導は我々で行います」
「誘拐事件の調査をしているんだ」
アーロン小隊長の言葉を聞き流したブラッドリー小隊長が言った。そして、明日には彼ら二人を騎士団が引き取ることになると告げる。
「それはつまり、衛兵として情報を得るのは今夜が最後のチャンスと言うことですか?」
「明日の午前中くらいまでなら大丈夫じゃないかな?」
「徹夜かー!」
天井を仰ぐアーロン小隊長にメリッサちゃんが迷惑そうな表情で訴える。
「もしかして、あたしたちも尋問に付き合わされるんでしょうか?」
「皆さんはお引き取り頂いて構いませんよ」
代わりに答えたのはブラッドリー小隊長だった。
しかし、すぐにアーロン小隊長も許可をだす。
「ああ、三人は帰っていいぞ」
俺とアリシアとメリッサちゃんは絶望するストーンとリバーの側を
「ところで、拘束した冒険者たちはいまどこにいるんですか?」
妙に青ざめていたボイド中隊長が気になって聞いてみた。
俺の
「あ……」
「どうしました?」
冷や汗を浮かべるボイド中隊長に聞くが答えは返ってこない。
半ば答えを予想してアーロン小隊長が聞く。
「まさか、釈放したんじゃありませんよね」
「釈放、してしまった」
ボイド中隊長の言葉にブラッドリー小隊長とアーロン小隊長がほぼ同時に反応する。
「すぐに手配書をお願いします」
「バルト! 急ぎで手配書を作成しろ!」
アーロン小隊長の声に若い衛兵が飛び込んできた。
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