第22話 衛兵の詰め所へ

「ご協力ありがとうございました」


 ブラッドリー小隊長が調査の終わったことを告げたのは、小隊到着から二時間余が過ぎた頃だった。


「随分と時間をかけて調べたね」


 セシリアおばあさんが、「待ちくたびれたよ」とからかうように返した。

 対する小隊長は爽やかな笑顔で言う。


「お時間を取らせてしまったことはお詫びいたします。お陰様であるはずのないものが見付かりました」


 図面が信用できないという理由で家屋を徹底して調査した。

 結果、信用しなくて正解だった。


 一階の倉庫裏にも外から出入りできる隠し扉が見付かったのである。

 セシリアおばあさんは隠し扉を見るなり、「稚拙な出来だね。落第!」とダメ出しをしていた。


 だが、その稚拙な隠し扉を見落とした張本人のエドワードと責任者であるリチャード氏は言葉もない。

 これ以上どうやったら血の気が引くのかと思うほどに蒼白な顔をしていた。


 いまも耳を塞ぐのを必死で堪えているように見える。

 そんな二人にはお構いなしにセシリアおばあさんと小隊長の会話が続く。


「使われていたのは倉庫裏の扉かい?」


「頻繁ではありませんが、人が出入りしていた痕跡がありました」


 店の扉と二階の住居部分の扉には部外者が使っていたと思われる痕跡はなかったので、倉庫裏の扉を使って家屋に侵入し、地下牢を利用していたのだろう、と話した。

 小隊長が聞きにくそうにセシリアおばあさんに言う。


「この家に出入りしている不審者を目撃しませんでしたか? 或いは何かお気づきになる点などございませんでしょうか?」


「耳の遠い年寄りに聞くよりも、他の連中に聞いたらどうだい?」


「周囲の聞き込みしております」


 部下二人の姿が見えなかったの聞き込みだったのか。


「思いだしたら知らせるよ」


 ブラッドリー小隊長は「よろしくお願いします」と頭を下げると、面倒くさそうにそう言ったセシリアおばあさんから、俺へと視線を移した。


「この家の所有者はアサクラ殿でしたね」


「ええ」


「犯罪が起きた可能性のある現場です。この家は一旦、騎士団の管理下に置かせて頂きます」


 当然の対応だ。


「理由が理由ですからね」


「ご理解感謝いたします」


「それで、どのくらいの期間、騎士団の管理下に置かれますか?」


 返却されても地下牢で何が起きていたのか分からないうちは住む気になれない。


 いや違うな。

 何が行われていたか分かったら余計に住む気になれなさそうな予感しかしない。


「いまの時点ではなんともお答えできません」


 俺はブラッドリー小隊長の言うことに静かに首肯し、責任者であるリチャード氏に視線を移す。


「早々に新しい物件をご用意いたします。もちろん、それまでの宿代は商業ギルドで負担をさせて頂きます」


「宿はこちらで選べるんですよね」


「宿は商業ギルド側で手配をさせて頂きます」


 逃げられたか、と思った瞬間、


「良かったのう、坊主。不慣れなお前さんじゃ良い宿を見付けるのは大変だと判断したんじゃろ。きっと最高の宿を用意してくれるぞ」


 セシリアおばあさんが助け船をだしてくれた。


「なるほど! それは助かります」


「えええええ、勿論ですとも。最高のお部屋をご用意させて頂きます」


 セリフの最初、戸惑いの声音に思えたが気のせいだろう。


「早速今夜の宿からよろしくお願いします」


 リチャード氏に念を押す俺にセシリアおばあさんがささやく。


「坊主、宿が決まったらワシとアリシアを食事に招待せい」


「分かってます」


 それが狙いか。

 抜け目ないなー、子爵様とは思えないせこさだ。


 ヒソヒソと会話する俺たちにリチャード氏の意識が向いた途端、セシリアおばあさんが話題を逸らす。


「せっかく坊主が隣に引っ越してきて、退屈しないで済むと思っていたのに残念だねえ。のう、アリシア」


「ええ、本当に」


「俺も残念です。セシリアさんにはこの家の追加設備で色々と相談させて頂こうと思っていたんですよ」


「相談なら早いうちがいい。今夜にも食事をしながら話を聞こうじゃないか」


「是非に、と言いたいところですが、いま泊まっている宿屋だと個室での食事は予約制なんです」


 明日にでも予約が取れないか聞いてみる、と告げた。

 すると、ハッとしたような顔でメリッサちゃんがリチャード氏に言う。


「アサクラ様が滞在されている宿は『コムレフ』です。お詫びの意味も含めて滞在してもらうのにも十分だと思います」


 あの宿、十分に高級な宿だったのか。

 さすが、クラウス商会長が紹介してくれた宿屋だけある。


「それだ! エドワード、すぐに『コムレフ』に走れ! 個室のディナーをなんとしても予約してこい!」


「はい!」


 エドワードが弾かれたように飛びだすと、リチャード氏がすぐさま俺に向きなる。


 先ほどまでの魚の死んだような目ではなかった。

 砂漠でオアシスを見付けたかのように活き活きとしている。


「アサクラ様、いまご滞在中の『コムレフ』の宿泊費用はこれまでの分も含めて商業ギルドが負担をさせて頂きます」


「お心遣いありがとうございます」


「連絡係は引き続きメリッサに担当させますので、何かご不便な点がございましたら、彼女に何なりとお申し付けください」


 こいつ、生贄にメリッサちゃんを差しだしたよ。


「ええー!」


「メリッサ、君はアサクラ様と相性も良いようだし、なんと言っても優秀だ。安心して任せられるというものだ」


「特別報酬を……いいえ、この仕事を無事に終わらせたら昇進を要求します!」


「そういうことはだね――」


「洗いざらい喋っちゃいますよ」


「成功した暁には昇進を約束しよう」


「念書をお願いします」


 黙り込むリチャード氏にメリッサが言う。


「念書をお・ね・が・い・し・ま・す!」


「後で――」


「いまです」


「分かった……」


 肩を落とすリチャード氏にメリッサちゃんが満面の笑みで紙とペンを差しだした。


 あっという間の出来事だった。

 商業ギルドの裏側を見た気がする。


「やるな、あの小娘」


「ええ、ビックリしました」


「坊主も気を付けろよ」


「肝に銘じておきます」


 セシリアおばあさんが、バルコニーを振り返るとそこにはブラッドリー小隊長がいた。


「いまのやり取りに素知らぬ顔とは男前じゃないか」


 メリッサちゃんとリチャード氏のやり取りが始まったときにはすぐ側にいたのに、いつの間にバルコニーに移動したんだ?


こすからいヤツだな」


「何を言っておる。坊主に足りないのはああいうところじゃ。しばらく行動を共にするようだし、精々近くで見て学ばんか」


「はいはい」


 言っていることは分かる。

 でも、認めたくねー。


「アサクラ様、準備完了です!」


 小躍りしそうな勢いのメリッサちゃん。


「では、準備も整ったようなので衛兵の詰め所へ向かいましょうか」


 とブラッドリー小隊長。


 いつの間に俺の背後に移動したんだ?

 まったく気付かなかった。


 このイケメンと一緒に行動するときは、ニケを懐に入れておこう。

 俺は椅子の上で丸くなっているニケを見ながらそんなことを考えていた。

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