第21話 地下工房の調査

 エドワードが連れてきた騎士団は一小隊だけだったが、周りの反応を見る限り普通のことのようだった。


 到着した騎士は三人で、何れも二十代半ばと若い。しかも、イケメンの小隊長は男爵家の次男だという。

 面白くない話だ。


「ヘイゼル大隊麾下きか、ブラッドリー小隊隊長、ヘンリー・ブラッドリーであります」


 騎士団の小隊がセシリアおばあさんに会うなり敬礼をした。

 当然のようには彼の部下も敬礼をして


 俺が視線でメリッサちゃんに説明を求めると、バツの悪そうな顔でささやく。


「言い忘れていましたがセシリア様は現役の子爵様なんです」


 このギルドは重要事項を省いて説明するのが日常なのか?

 セシリアおばあさんがこの国でも五本の指に入る錬金術師にして魔道具職人だというのは聞いていた。


 その錬金術師と魔道具職人としての腕を認められて一代で子爵の爵位を授かったのだという。

 騎士団の小隊長が緊張して挨拶をするもの理解した。


「平民が一代で子爵になるって凄くないか?」


「元々は騎士爵ですが、それでも十分凄いことです」


 この国で名を馳せている錬金術師と魔道具職人の半分近くはセシリアおばあさんの教えを何らかの形で受けているそうだ。

 予想していたよりもずっと凄いおばあさんだった。


「ヘイゼル坊やのところと聞いて安心したよ。もし、ファレルの息のかかった連中がきたら追い返さなきゃならなかったからねー」


「ご信頼頂き光栄です」


 突っ込みどころのある部分に敢えて触れずに頭を下げた。


 ◇


 そんなやり取りがあったのは三十分ほど前のこと。


 いまは地下牢にあった食器類の押収と様々な痕跡の調査をしていた。

 不穏な会話や単語が二人の騎士たちから漏れ聞こえてくる。


「やれやれ、これは衛兵の詰め所に出頭するのは明日だな」


「それ、おかしいとか言うの、もう通り過ぎてますからね」


 すかさず突っ込んできたメリッサちゃんがさらに言う。


「経緯はどうあれ騎士団の調査対象になっているんですよ。ここでさらに衛兵の詰め所への出頭をすっぽかすとかあり得ませんから!」


「確かに詰め所への出頭をすっぽかすのは利口とは言えんな」


「ですよね! セシリア様もそう思いますよね?」


 メリッサはそう言うとアリシアにも視線で訴えた。


「そう、ですね。ブラッドリー小隊長に一筆書いてもらって出頭されたらいかがでしょう?」


「さすがです!」


 アリシアを褒めたメリッサちゃんが俺に視線を戻した。


「頼んでみるよ」


「安心せい。ワシが言えば便宜を図る手紙くらいすぐに書かせられる」


「ありがとうございます」


 これは孤児院と教会の後で衛兵の詰め所に行ける雰囲気じゃないよなー。

 思わずため息を吐いた俺にメリッサちゃんがどうしたのかと尋ねた。


「いや、孤児院と教会は明日になるな、と思っただけだよ」


「ようやく優先順位を理解してくれたんですね」


 安堵の表情を浮かべるメリッサちゃんに言う。


「俺の心配よりも自分の心配した方がいいんじゃないのか?」


「大丈夫ですよ。あたしは下っ端ですし、この物件を担当するようになってまだ二週間ですから」


 誰かが監禁されていたのは二週間ほど前だろう、との騎士たちが会話していた。

 それを聞いて安心しているようだ。


「それはそれとして、アサクラ様はそんなにフィオナのことが気に入ったんですか? もしかして、一目惚れとか?」


 突然、何を言い出すんだ!


「一目惚れじゃと? 若い男は本当にどうしようもないのう」


「一目見ただけで惚れるなんて、どんな頭の構造しているんでしょうね」


「若い男の大半はバカじゃからな」


 メリッサちゃんとセシリアおばあさんの言葉が胸をえぐる。

 思わず反射的に否定の言葉を発しそうになるのを抑え、冷静沈着に映るよう一拍おいてから静かに話し始める。


「そんな浮ついた話じゃありませんよ」


「そうでしたっけ?」


 メリッサちゃんの突っ込みをスルーして話を進める。


「いまとなってはこの事件にも関わるかもしれませんが、ここ一年近くの間に行方不明者が急増しているとありましたよね? それと同時に流れ者の冒険者が増えている、と」


 騎士団が掴んでいるとセシリアおばあさんから教えてもらった情報。

 先般、カリーナたちと捕らえた盗賊のリーダー格の数人がタルナート王国の軍人であることや、増えている流れ者の冒険者や流民がタルナート王国から流入していることは敢えて口にしない。


 それでも、ブラッドリー小隊長が聞き耳を立てるのが分かった。俺は彼にも聞こえるよう少し声量を上げて話をする。


「被害者の大半は孤児院の子どもたちです。孤児院は教会の下部組織でもあるので両方から情報を集めようとしただけです」


 他意はないと念を押す。


「アサクラ様は慎重な方なんですね」


 真っ先に信じてくれたのはアリシアだった。

 他の二人もシブシブと続く。


「日中の揉め事だけでそこまで関連付けて推理するとは、思った以上に頭が回るようじゃな」


「そうですね……、信じましょう」


 大半が後付けなのは黙っておこう。


「それに、この一年近くで急増している行方不明者ですが、それ以前、二、三年前から少し増えていたんですよね?」


「先ほど曾お祖母ちゃんが話していたことですね」


「そんな話もしたかね」


 とアリシアとセシリアおばあさん。


「教会のシスターなら二、三年前に起きた孤児の行方不明についても話が聞けるだろ?」


「フィオナは無理ですけどね」


 俺の魂胆を見透かしたようにメリッサちゃんが意地の悪い笑みを浮かべた。


「え? なんで?」


「フィオナがこの町に来たのは一年ちょっと前ですから」


「え? 幼馴染みじゃなかったっけ?」


「幼馴染みですけど、フィオナは十歳のときに両親とこの町を離れているんですよ」


 誤算だった。

 思い描いていた好感度アップ計画がガラガラと音を立てて崩れだした。


「なら、その辺りは他のシスターに聞いてみるさ」


 だが、まだ望みはある。

 それに調べておきたいのも本音だ。


「興味深い話ですね」


 聞く気はなかったが聞こえてしまった、と言い訳しながらブラッドリー小隊長が話に入ってきた。

 よし、思惑通りだ。


 これで騎士団に一筆書いてもらうハードルも下がっただろうし、上手くいけば衛兵の詰め所に下っ端騎士の一人くらい同行してくれるかもしれない。

 そうなれば疑わしい衛兵たちもそうそう無茶はできないだろう。


「あくまで憶測ですよ。騎士団の小隊長が耳を傾けるような情報じゃありません」


「いえいえ、感服して聞き入ってしまいました」


 イケメン小隊長が笑顔で続ける。


「衛兵には私も聞きたいことがあるので詰め所に同行させて頂いても構いませんか?」


「それは心強いです。是非とも同行をお願いいたします」


「快諾頂き恐縮です。では、明日の孤児院と教会もご一緒させて頂きます」


 爽やかな笑顔を浮かべる小隊長から予想もしていなかったセリフが飛びだした。


 イケメン騎士と一緒に行動とかなんの罰ゲームだよ。

 はたから見たら従者にしか見えないだろ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る