第16話 続く、お茶会

「図面だ! 図面を詳細に確認しよう!」



「そ、そうですね! 図面をもう一度確認しましょう!」


 テーブルに図面を広げるとメリッサちゃんも勢い込んで俺と一緒に図面を覗き込んだ。すると、セシリアおばあさんが図面の一点を指さす。


「ここじゃ。ここに隠し階段があってそこから地下の工房へ降りられる」


「図面を見る限りじゃ分かりませんね」


 メリッサちゃんの言うように図面には隠し階段も地下工房も描かれていないし、それを疑わせるような構造も見当たらない。

 隠し部屋というなら図面に描かれていなくても不自然な空間が生じてしまうが、図面にない地下室なら気付かなくても不思議は……ないか?


「商業ギルドはこの家を買い取るときに実地検分をしていないんですか?」


 そんなはずはないと思いながら聞いた。


「規則では持ち主立ち会いで実地検分をするはずですが……」


「元の持ち主は王都ですよね? 実地検分した職員と当時の責任者はいまもこちらの支部に在籍していますか?」


 元の持ち主に問いただすのが問題の根本的な解決に繋がるのは分かっているが、王都から呼び寄せるのは時間もかかるし面倒だ。

 手っ取り早く担当者と責任者立ち会いの下で地下工房の存在を再確認しよう。


 地下工房の存在を公にした上で物件を引き取る。

 よし、これで行こう。


「二人とも在籍しています!」


「責任はその二人に取ってもらいましょう」


「賛成です!」


 メリッサちゃんが前のめりに賛成した。


「地下工房の隠し階段はワシが作成したんじゃから間違いないぞ。確認するならワシが案内しよう」


 腰を浮かせたセシリアおばあさんを慌てて止める。


「ギルドの職員が来てからにしましょう」


 隠し階段なんて面倒なものを作ったのはあんただったのか。


「セシリア様が隠し階段を作成されたんですか?」


「そうじゃよ、会心のできじゃ」


「それは拝見するのが楽しみです」


 得意げなセシリアおばあさんに憧憬どうけいの眼差しを向けるメリッサちゃん。

 二人とも自分たちにはかけらも責任がないような口ぶりだ。


 そんな脳天気な二人とは対照的に蒼白な顔でアリシアがセシリアおばあさんに心配そうに聞く。


「あの……、元の持ち主の方は薬師よね?」


「おう、そうじゃ。貴族のボンボンじゃ」


「その秘密工房で怪しげな薬とか作ってないわよね?」


 地下工房から秘密工房に格上げされた。


「まさかー。王都の大学に招かれるほどの人ですよー」


 脳天気なメリッサちゃんの意見をセシリアおばあさんが「いやいや」、と首を横に振って一蹴する。


「薬師なんて連中はどいつもこいつも変人じゃ。裏に回ったら何をしているか分かったもんじゃないだろうて」


 それが分かっていて隠し階段なんて作ったのかよ。

 このおばあさんも大概だな。


「最優先事項は地下工房の確認だな」


 当時の担当者と責任者同行で地下工房の確認作業をした後、孤児院と教会を訪問し、最後に衛兵の詰め所に出頭することを告げた。


「それ、順番が違いますよね? 何度もお願いしてますよね? 詰め所への出頭が最優先ですよ、普通は」


「え? 詰め所?」


 アリシアが驚いてこちらを見た。


「衛兵に詰め所へ来るように言われているんですよ。でも、特に急いでいるようでもなかったし、今夜か明日の朝にでも顔をだすつもりです」


「もしかして、今朝、助けて頂いたことが原因ですか? それでしたらあたしもご一緒します。アサクラ様に非がないと証言します。いいえ、証言をさせてください!」


「違います、別件です」


 俺は昼過ぎに起きた露天商通りでの事件をまんで説明した。


「向こう見ずじゃなー」


「そうなんですよー」


「今朝の件が持ち出されるかもしれません。あたしも詰め所へご一緒させてください」


 三者三様のセリフが返ってきた。


 これではっきりした。

 アリシアはいい娘だ。


 アリシアの申し出は嬉しいが、無駄足に終わる可能性も高いので彼女の同行をやんわりと断り、メリッサちゃんに商業ギルドの当時の担当者と責任者を至急連れてくるように頼んだ。


「えーと。あたしが商業ギルドへ行っている間、アサクラ様は?」


「ここでお茶をしている」


 途端にメリッサちゃんが渋い顔をした。


「できれば、一緒にきて頂いてアサクラ様から事情説明をして頂けると助かるんですが?」


 昼過ぎに起きた露天商通りでの事件で詰め所への出頭もあるので、併せてそちらの説明をお願いしたいのだと付け加えた。


 どちらかというとそちらが同行して欲しい本当の理由な気がする。

 しかし、俺がここに残りたいのも明確な理由がある。


「衛兵の詰め所に行く前に調べておきたいことがあるんだ。セシリアおばあさんなら色々と情報を持っていそうだし、この時間を利用して聞こうと思ってね」


「高いぞ」


「曾お祖母ちゃん」


 アリシアがセシリアおばあさんを睨む。すると「おお恐い」と悪戯っぽい笑みを浮かべて首をすくめた。

 そんなやり取りの横でメリッサちゃんが言う。


「聞きたいこととはなんでしょうか? もしかしたらあたしでもお答えできるかもしれません」


 よっぽど一人で説明したくないんだな。

 気持ちは分かる。


 俺が彼女の立場なら元凶となる人物は首に縄を付けてでも連れ帰るだろう。

 俺はメリッサちゃんからセシリアおばあさんへと視線を移した。


「この町で失踪事件や誘拐事件が多発していると聞いています。特に孤児院の子どもたちの誘拐が増えているそうですね」


 事件そのものの情報でなくても構わない。

 これらの事件が多発する前後で何か違和感などを覚えるようなことがないか教えて欲しいと告げる。


「坊主はそんなことを知ってどうするんじゃ?」


 セシリアおばあさんから当然の疑問が返ってきた。


「日中、孤児院の露店で騒ぎを起こした冒険者たちの一人が孤児に向かって、「町で行方不明者が増えているから、一人二人誘拐して売り飛ばしても気付かれないだろう」というニュアンスのことを漏らしていました」


「穏やかじゃないねえ」


「単なる脅しのセリフならいいのですが、彼らが誘拐事件に関与していたり、それに便乗して誘拐した子どもたちを売り飛ばしたりしている可能性もあるんじゃないかと思っただけです」


「坊主の無実を証明するだけならそんなこと知らなくても問題ないだろ?」


 そう聞いたあとで、


「それとも正義感かい?」


 と鋭い視線で問われた。

 見透かされているようでなんとも居心地が悪い。


 俺は正直に答えることにした。


「そんな立派なものじゃありません。完全な自己都合です。しばらくこの町で暮らすつもりなので、自分にとって暮らし易い町にしたいだけです」


 セシリアおばあさんがニヤリと笑った。


「嫌いじゃないぞ。いや、むしろその方が清々しいし、信用できるというものじゃ。ワシが知っていること、気付いたことはすべて教えてやろう」


「ありがとうございます」


「なに、坊主の言葉を借りるならワシも自己都合じゃ」


 そう言って傍らのアリシアを見て言う。


「この娘もしばらくこの町に住む。せっかくなら、この娘にとって過ごし易い町にしてやりたいからのう」


 可愛い曽孫ひまごのために俺を利用するのだと言い切った。

 いい性格してるなー。


 だが、俺もそういうのは嫌いじゃない。


「では、色々と教えてもらいましょうか」


 俺がそう言うと、アリシアおばあさんは紅茶を一口すすってからゆっくりと話し始めた。

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