第15話 お隣さんとお茶会

「それでは、ここと、ここと、ここにもサインをお願いします」


 書類の多さと面倒さは現代日本とそれほど変わらないんだな。

 大学に入学してすぐ、一人暮らしをするために都内のアパートを借りたときの手続きの煩雑さと押した印鑑の箇所に驚いた記憶が蘇っていた。


「これでいいですか?」


 メリッサちゃんに指示された箇所にサインを終えた俺は念のため彼女に確認をする。


「はい、大丈夫です」


「それじゃ、まだご覧になっていない二階部分を確認しちゃいましょうか」


「それは後日、改装の打ち合わせを兼ねて職人さんと一緒に見て回るというのではダメでしょうか?」


「商業ギルドとしては問題ありません」


「では、それでお願いします」


 書類をしまいながら彼女が聞いた。


「この後、孤児院と教会と衛兵の詰め所に行かれるんですよね?」


 孤児院と教会に顔をだすことは賛成だが、それは後日にして先に衛兵の詰め所に行った方がいいのではないかと提案してきた。


 衛兵との関係をできるだけ悪化させず、できれば良好な関係を築いた方がいいとの意図があるのはすぐに分かった。

 どうやらこちらの敵意をむき出しにしていた二人の衛兵のことが気になっているようだ。


「あたしも衛兵の詰め所に同行します」


「ありがとうございます。ですが、呼ばれたのは俺だけですし、解放されるのは夜になるかもしれません」


 そこまでしてもらうわけにはいかないと告げる。


「それがおかしいんですよ。確かに戦闘を行ったのはアサクラ様だけかもしれませんが、あたしはアサクラ様に同行していましたし、身分を証明する役割も負っています。それにも関わらずアサクラ様だけを呼び付けたのが解せません」


 彼女の言うことも一理ある。

 だが、あのアーロンとかいう小隊長の雰囲気からして裏があるようにも思えないんだがなー。


 とはいえ、頭から信用するのも不安がある。

 メリッサちゃんも容易に引き下がる様子もない。


「分かりました。それでは私から改めて同行をお願いします」


「はい!」


「一つ条件があります」


「何でしょう?」


 彼女が小首を傾げた。


「衛兵の詰め所に向かうのは商業ギルドに立ち寄ってからです。そこでギルドの許可が下りたら同行頂くということでいいですか?」


 かってに連れ回すのも気が引けるし、これから衛兵の詰め所に向かいことを商業ギルドが知っていれば何か起きたときの保険になるかもしれない。


「分かりました。では早速、ギルドへ戻りましょうか」


「やだなー。孤児院と教会に行くのが先ですよ」


「やっぱり、詰め所に出頭するよりもそっちの方を優先するんですね」


 詰め所への出頭を優先させて欲しい。

 彼女の顔にはそう書いてあった。


「詰め所へ行くのなんて後回しで十分です。小隊長も了解していたでしょ?」


「そう、です、ね」


 説得は無駄だと理解したのか、メリッサちゃんが力なく肩を落とした。


 ◇


「坊主、ちょっとこい」


 建物をでるとすぐに錬金術師のセシリアおばあさんが声を掛けてきた。



「どうしました?」


「ミャー?」


 胸元から顔をだしたニケにセシリアおばあさんが相好を崩して笑いかける。


「おうおう、ニケちゃんや。お前さんもおいで」


「おいでって?」


「どうせ暇なんじゃろ? お茶でも飲んでいけ」


 相変わらずマイペースだなー。


 露天商通りで隣り合って店を並べていたときと変わらないその態度と口調に、思わず笑いが漏れてしまった。

 別に急ぐわけでもないからいいか。


「アサクラ様、ここは承知してください」


 難色を示すと思っていたメリッサちゃんが承諾するようにささやいた。

 さらに、付け加える。


「相手はこの町一番の、いえ、恐らくこの国で五本の指に入る錬金術師であり魔道具職人です。商人であるアサクラ様にとっては有益な人脈となります」


 意外と計算高いな。

 若いが優秀な職員だ、との彼女の触れ込みを思いだす。


「では、お言葉に甘えてご馳走になります」


「ミャー、ミャー」


 俺の返事にニケが続いた。

 魔道具が展示してある店舗スペースの奥に案内されると、丸テーブルと四脚の椅子があり、そこではアリシアが四人分のお茶の用意をしているところだった。


「こんにちは、アリシアさん。おばあさんに誘われてお茶をご馳走になりにきました」


「あの、先ほどはビックリしてお礼を言えずに申し訳ありませんでした」


 こちらに気付くなりそう切り出すと、


「今朝は助けて頂きありがとうございました」


 ティーポットを手にしたまま深々と頭を下げた。


「いえ、気にしないでください」


 それでも尚、お礼を言い続ける彼女に、たいしたことをしたわけじゃないのだから、と告げてその話を打ち切った。


「何じゃ、坊主も素っ気ないのう」


「いえ、そこまで感謝されることをしたわけじゃありませんから」


「メリッサは初対面じゃったな。これはワシの曽孫ひまごのアリシアじゃ。錬金術師の見習いとしてしばらくここに住むことになった」


 そう言ってアリシアを紹介すると、続いてメリッサをアリシアに紹介する。


「この娘は商業ギルドの職員じゃ」


 なかなかに目端の利く娘だ、と付け加えた。


「で、結局隣の家を買うことにしたのか?」


「先ほど契約をしました」


「何とも物好きじゃなー」


 決定した理由は隣にアリシアが住んでいること思ったからなのだが、そんなことは口にできない。

 俺に意思決定をさせたアリシアが微笑みと一緒にティーカップを差しだした。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 差しだされたお茶は紅茶のように豊かな香りが漂う。

 この町で初めてお茶をするが、お茶菓子はないんだな。


「もし良かったらこれを食べながら飲みましょう」


 クッキーとチョコレートを異空間収納ストレージから取りだしてテーブルの上に置いた。


「まあ!」


「ほう!」


 アリシアとセシリアおばあさんが声を上げた。

 メリッサは無言でクッキーに視線が釘付けだ。


「たくさんあるので遠慮なくどうぞ」


「では、頂くとしようかね」


 真っ先に手をだしたのはセシリアおばあさん。

 まあ、妥当なところだ。


 アリシアは真っ先に手をだすような娘ではなさそうだし、メリッサちゃんもギルド職員という立場上、手をだしにくいだろう。

 目は釘付けで尻尾をブンブン振っているがな。


 二人が手をだしやすいように俺もチョコレートを一つ手にして会話を戻す。


「頑丈で広さに余裕のある物件を探していたので条件にピッタリでした」


「確かに頑丈で広い家じゃが、坊主は商人じゃろ? 頑丈さなど必要なかろう。隣の家の頑健さは工房作業での爆発を想定したものじゃぞ」


「そうなんですか?」


 薬師が工房で作業するのに爆発の危険性があるのかよ。

 というか、爆発の危険性があるなら町中じゃなくもっと人気のないところに工房を建てろよ。


「特にあの地下工房は見事なものじゃ。ワシも次に工房を建てるときはあれくらい頑健な地下工房を建てたいものじゃな」


 そう言って笑った。

 だが、俺は耳を疑い、メリッサちゃんクッキーを口にくわえたまま凍り付いた。


 地下工房?

 聞いていないし図面にもないんだが……?


「地下工房って、何かの間違いですよね?」


「間違いなものか。実際にあの地下工房で薬の錬成を手伝ったんじゃからな」


 俺はゆっくりとメリッサちゃんを見た。


 涙目で首を横にフルフルと振っている。

 やはり、彼女も知らなかったことのようだ。


「どうした?」


「ミャ?」


 無言でいる俺をセシリアおばあさんとニケが不思議そうに見ていた。

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