第14話 下見
俺がだした物件への要望は大通りに面した店舗兼住居で、一階部分が店舗兼倉庫、二階部分を住居として利用できるもの。
望ましくは石造りで一階部分の広さは日本のコンビニくらいを想定していた。
「随分と頑丈そうな建物ですね」
メリッサちゃんに案内された物件は俺が要望をだしたよりも広いものだったが、「望ましくは」という付属的な要望をクリアする石造りの二階建てだった。
「前の持ち主がかなりの変じ――、変わった方で「とにかく頑丈に」、という要望があったそうです」
大丈夫か?
図面に書かれていない仕掛けとかないだろうな……?
俺は嫌な予感を振り払って図面と建物を見比べた。
道路に面した部分、いわゆる間口は十メートルほどで、奥行きは二十五メートル以上ある。
店舗部分の間口が九メートルほどで、右端に二階の住居部分へと続く幅一メートルほどの階段があった。
二階の住居へ入るにはあの階段を使うか、一階の工房部分の奥にある階段を使って上る設計になっている。
店のなかからも住居に入れるのは悪くない。
物件は築三年で、ここ一年ほど空き家になっている。
「前の持ち主はどうしたんですか?」
「ちょっと待ってくださいね」
雑談の延長程度で話を振ったつもりだったのだが、メリッサちゃんは何やら資料をひっくり返しだした。
待つこと一分弱。
「あ、ありました、これです!」
メリッサちゃんが喜びの声を上げると元の持ち主の説明を始めた。
「年齢は三十歳です。子爵家の五男で、王都の大学に研究員兼教員として招かれ、いまは大学の薬学科で助教授をされています」
昨年、薬師の腕を買われて王都の大学の研究室に招かれたのだという。
実家の子爵家を継げる見込みのない五男にとっては大出世というわけだ。
「建築の際は子爵家のご子息と言うこともあって、一流の職人さんたちの手で建てられているので使われている素材は上等ですし、とても頑丈に作られています」
メリッサの説明通り、周囲の建物よりもかなりしっかりしているように見えた。
ただ一軒、隣の工房を別にすれば、だ。
その隣を見ながら言う。
「お隣の工房もとてもしっかりした建物のようですね」
石造りの二階建てで間口の広さだけ見れば俺が購入しようとしている物件よりも広かった。
「お隣はこの町一番の魔道具職人の方が持ち主ですから」
「魔道具職人? それは興味深いですね」
なるほど、魔道具職人なら頑健で広い工房は必須だろう。
「魔道具にご興味がおありなんですか?」
「ええ、とても興味があります」
俺のスキルで現代世界とこの異世界に存在する様々な商品を取り得寄せることができる。しかし、新しい商品を作り出すことはできない。
特に魔道具となれば完全に門外漢だ。
この物件を買うかは別にして、魔道具職人と面識を得ておいて損はないな。
あとで挨拶にでも行くか。
隣の建物を眺めていた俺をメリッサちゃんがうながす。
「先ずは一階部分からご覧ください」
メリッサちゃんに背中を押されるようにして扉を潜った。
扉を潜って真っ先に目に入ったのはガランとした店舗スペースで、奥行きは五メートルといったところだ。
図面と店舗を見比べている俺の傍らでメリッサちゃんが説明を始める。
「薬師のお店としてはかなり広方です。アサクラ様のように日用品や雑貨を取り扱うお店でも十分な広さかと思います」
薬を販売する店は日用品や雑貨を販売する店よりも狭いのが一般的だ。しかし、この店は例外的に広いのだという。
「そうですね」
俺は適当に相槌を打って店舗部分の奥にある扉へと歩を進める。
工房部分へと続く扉だ。
「あ、待ってください」
慌てて俺の後へと続く。
扉を潜ると店舗の倍ほどの広さの空間が広がっていた。
暗いな。
木製の窓が設置されているがどれも閉められていた。
「店舗もそうでしたが、灯りの魔道具は撤去されているんですね」
俺は質問しながら室内の全容が分かるようにLED懐中電灯で辺りを照らした。
「ふぁ!」
「どうしました?」
「それもアサクラ様のお取り扱いになる商品なんですか?」
LED懐中電灯の明るさに驚いて、反射的に数歩飛び退った位置から聞いてきた。
耳がピンッと立ち、心なしかふわふわの毛も逆立っているように見える。
LED懐中電灯を警戒しているようだ。
「もう少し光量の小さいものを販売するつもりです」
恐る恐る近付いてLED懐中電灯を見る彼女に再び聞く。
「灯りの魔道具は撤去されてしまったのですか?」
「そうです! 恐らく元の持ち主が取り外して王都へ持って行ったか引っ越しの際に売却したのだと思います」
灯りの魔道具は高価なものなので引っ越しをする際には取り外すのが普通だという。
さらに言えば、灯りの魔道具を利用している家の方が圧倒的にすくない。
ほとんどの家は灯りにロウソクを使っていた。
「改装もお願いできるんですか?」
「勿論です」
メリッサちゃんがうなずいた。
二階の住居スペースへと続く工房の奥にある階段の手前に壁を設置して、店舗スペースを三倍に拡大する。
俺のなかで次第に形となってきた。
続いて倉庫を見た。
「どうしても倉庫は狭くなってしまうんですよね」
「倉庫はこれくらいの広さがあれば十分です」
倉庫はカモフラージュの意味も含めてこのまま残しておくことにしよう。
それよりも店舗スペースの拡大だ。
「え? 倉庫の広さ、足りるんですか?」
驚くメリッサちゃんに笑顔でいう。
「工房は不要ですから、工房部分まで店舗にしようと考えていたところです」
元の持ち主が薬師なので、広い倉庫を必要としない。
翻って俺は日用品と雑貨を取り扱う商人なので普通に考えると広い倉庫が必要となる。
彼女は工房部分を潰して倉庫を拡張すると考えていたようだ。
俺の提案に意外そうな顔をした。
「ご要望通り手配することは可能です」
でも、本当に倉庫はこれで足りるんですか? と心配そうに付け加えた。
「俺にはアイテムボックスがあるので、倉庫は不要なんですよ」
「ああ、なるほど」
メリッサちゃんが何かを思いだしたように肩を落とした。
「さて、それじゃ二階を見ちゃいましょうか」
「え、ええ。そうですね」
俺はメリッサちゃんを伴って二階へと続く階段を上がった。
◇
二階へ上がってすぐに大通りに面した部屋へと案内された。
店舗スペースの上がバルコニーになっており、そこだけは高価なガラスが採用されている。当然、ガラス越しに陽光が射し込むので明るい。
さらに大通りを見下ろせるので景色も抜群だという。
どうやらこの物件の目玉と言ってもいい場所らしい。
案内された部屋は確かに明るかった。
寝室にいいかもしれないな。
部屋を見回していると、メリッサちゃんが満面の笑みで窓の外から呼びかける。
「こちらです! こちらのバルコニーからの眺めは最高ですよ!」
大通りに面した二階の窓を開けると奥行きが二メートルほどのバルコニーが広がっていた。
俺はバルコニーにでて大通りを見下ろす。
眺めも悪くない。
とそのとき、隣の家の窓が開いた。
同じようにバルコニーへと続く窓だ。
自然と視線がそちらへと向かう。
俺が視線の先に捉えたのは、今朝、露天商通りでチンピラに絡まれていた錬金術師の少女だった。
「あ……」
向こうもこちらに気付いたようで小さな声を上げた。
「こんにちは」
「こ、こんにちは……」
「どうしたんだい?」
少女の消え入りそうな声に続いて、聞き覚えのあるしわがれた声が続いた。
窓辺にきた錬金術師のおばあさんが俺を見て言う。
「隣の家を買おうとしている物好きがいると聞いていたが、あんただったのかい」
「こんにちは。奇遇ですね」
露天商通りで隣り合って店をだしていたおばあさんだ。
まさか、大通りでも隣り合って店をだすことになるとは思わなかった。
「で、買うことにしたのかい?」
「はい、少し改装をするので、音や埃でご迷惑をおかけするかもしれませんが、買うことにしました」
気付くとそんなセリフを口走っていた。
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