第13話 到着した衛兵たち
「何を騒いでいるんだ! 道を空けろ!」
革の鎧で全身を固めた衛兵が歓声を上げる野次馬たちをかき分けながら近付いてきた。
五人か、随分と多いな。
普段、町中で見かける衛兵は二人一組か三人一組なので、通常のパトロールの延長ではなく、武力制圧が必要と判断しての人数かも知れない。
戦闘になっても勝てそうだが、あとでクラウス商会長やカリーナに迷惑がかかるかも知れないし、できる限り穏便に済ますか。
「ほら、下がった、下がった」
「見物していてもいいが、もう少し下がってくれ」
若い衛兵二人が集まった人たちを下がらせると、
「うわっ、これは酷いな……」
衛兵の一人がチンピラたちを見て発した第一声がそれだ。
「おい、大丈夫かお前たち」
「酷いことをしやがる」
衛兵二人が倒れているチンピラに駆け寄ると、膝を踏み抜かれたチンピラが俺を指さして訴えた。
「あいつだ、あいつが俺たちに一方的に暴力を振るったんだ」
「あ、あいひゅ、だ……」
片肺を潰されたチンピラも同調して俺を指さす。
「冒険者同士の喧嘩と聞いて駆け付けたが、やり過ぎたようだな!」
「只じゃすまないからな!」
チンピラに駆け寄った二人が俺に向かって踏み出そうとした瞬間、周囲の野次馬たち野間だから声が上がった。
「でたらめだ! 最初に手をだしたのは倒れている冒険者たちだぞ!」
「そうだ! それに、その冒険者たちが孤児院の露店に難癖を付けていんだ。悪いのはそいつらだ!」
「そいつらの自業自得だ!」
その声に続いて次々と俺を
「やかましい! 事情は詰め所で聞く! お前たちが口出しすることじゃないだろうが!」
そう言うと、若い衛兵二人に野次馬を黙らせるよう指示をだした。
もう一人はと言うと、
「おい、お前! 俺たちの管轄区域でこんな騒ぎを起こしてただですむと思うなよ!」
恫喝しながらこちらへ歩いてきた。
チンピラたちが漏らした衛兵との繋がり。
他の三人の衛兵はともかくこの二人は限りなく黒に近い。
「武器を寄越せ!」
「お待ちください。この方は私たちを助けてくださったんです」
俺の傍らに立ったフィオナが、武装解除を要求する衛兵に震える声で訴えた。
彼女に子どもたちが続く。
「そうだよ、お兄ちゃんは悪くないよ」
「悪いのはあいつらだ!」
「無関係な者は引っ込んでろ!」
俺に詰め寄った衛兵がフィオナと子どもたちを怒鳴りつけた。
「女の子や子どもを怒鳴るなよ」
俺はフィオナと子どもたちを背後に
「貴様! たっぷりと取り調べてやるからな!」
「恐いから凄まないでくださいよ」
俺がそう言うと衛兵は反射的に掴みかかってきた。
「舐めるなよ、ガキが!」
「いつもそうやって被害者を
俺は倒れているチンピラの一人に視線を向けた。
「誤解があるようです!」
メリッサちゃんが商業ギルドの認識票を高々と掲げて俺の傍らに駆け寄った。
「商業ギルドのメリッサです。あたしが証人になります。非はそちらの冒険者の方々にあります。むしろこの方は被害者です」
周囲の野次馬たちから彼女の言い分を支持する声と歓声が上がる。
「黙れ!」
「おい! こいつらを静かにさせろ!」
限りなく黒と判断した二人の衛兵が住民と若い衛兵二人を怒鳴りつけた。
「まあ、まて」
ここまで黙っていた隊長と思しき衛兵が怒鳴り散らす二人の衛兵を制すると、重傷者の回復ができる魔術師を連れてくるように、と若い衛兵の一人を教会へと走らせた。
もう一人の若い衛兵には集まった住民のなかに水魔法が使える者がいないか探すようにと指示をだす。
「あの、あたし、少しですが、水魔法を使えます」
フィオナがか細い声で告げた。
「教会のシスターか。この腰の骨がおかしくなってそうなヤツを何とかできるか?」
「え、と……」
「無理か。それじゃあ、顎を砕かれている連中を頼む」
「いえ、その、か、完治は無理ですが、命に別状がない程度には治せるかと……」
「それで十分だ。あと、股間の方は自業自得だ、無視してくれ構わんよ」
のんびりとした口調で言い切った。
蹴り上げた俺が言うのも何だが、酷いことを淡々と口にするな、この衛兵。
だが、チンピラの味方をすることもないし、チンピラ側も彼を頼る素振りは見せていない。
最悪の事態は避けられそうかな?
その衛兵がのんびりとした口調でメリッサに聞く。
「俺は小隊長のアーロンだ。それで、冒険者同士の喧嘩と聞いて駆け付けたんだが……、これはどういう状況なんだ?」
転がっているチンピラたちを見回した。
メリッサちゃんが答えるよりも先に俺を見て言う。
「これ、本当にあんた一人でやったのか?」
「アサクラ様、認識票、ギルドの認識票を出してください」
「あ、ああ」
俺は言われるがままに認識票を取りだした。
すると、俺の認識票を見た小隊長の顔がみるみる強ばる。
「おい、冗談だろ……? 商人がたった一人で冒険者五人をぶっ壊しちまったってのか……?」
「ええ、まあ」
「そうじゃないでしょ!」
メリッサちゃんが目をむいて俺に詰め寄る。
「魔術師ギルドの認識票です! 何でこんなときに商業ギルドの認識票を出すんですか!」
いや、メリッサちゃんに認識票を出すようにいわれたら商業ギルドの認識票を連想するのは仕方がないんじゃないのか?
とも思ったが、よく考えれば魔術師ギルドの認識票を提示する方が妥当だよな。
「いや、申し訳ありません」
噛みつかんばかりのメリッサちゃんに謝り、魔術師ギルドの認識票を小隊長に提示した。
「あんた、凄腕なんだな」
Cランク魔術師の認識票と転がるチンピラたちを見て一人納得する小隊長にメリッサちゃんが得意げに言う。
「発行の日付を見てください」
「日付……?」
絶句する小隊長にメリッサちゃんがたたみ込むように言う。
「アサクラ様は今日登録して、いきなりCランク認定されたんです」
周囲の野次馬たちから驚きと歓声が上がるなか、俺は限りなく黒に近い二人の衛兵に視線を走らせた。
二人の衛兵は信じられないものでも見るような顔で俺を見つめている。
実感はないが、野次馬や衛兵たちの反応を見る限り、一目置かれるようなことのようだ。
そんな二人とは対照的に小隊長は豪快に笑って言う。
「そりゃあ、Cランク魔術師に喧嘩を売ったらそうなっても不思議じゃないよなー」
それどころか、命があっただけ感謝しないとな、などと楽しそうに言った。
「し、しかし、こいつは。いいえ、彼が一方的に暴力を振るったのは間違いありません」
「そいつは違うな。自分たちの力を過信した冒険者が、一方的に暴力を振るおうとして返り討ちにあっただけだろ? どう見てもそっちの五人の方がこの兄ちゃんよりも強そうだ。絶対に勝てると舐めきってたんだよ、そいつらは」
バッサリと切って捨てた。
穏便に済みそうだ。
「分かってもらえたようで良かったですね」
とメリッサちゃん。
「とは言っても、事情聴取は必要なんだ。悪いが詰め所まできてもらえないか?」
「言っておきますが、アサクラ様の商業ギルドでの後見人はベルトラム商会の商会長で、魔術師ギルドでの後見人はキルシュ伯爵家ですからね」
いつの間に推薦者から後見人になったんだ?
それに、カリーナは伯爵令嬢だ。
家名をだしたりして後々問題になったりしないだろうな。
俺のなかで別の心配事が渦巻いた。
「詰め所にうかがうのは構いませんよ。ただし、不当な扱いを受けたら暴れちゃうかもしれないのでそこだけは注意してください」
念のため俺もクギを刺しておく。
「注意、ねえ」
「暴れたら、詰め所にいる衛兵全員があんな風になるかもしれませんよ」
メリッサちゃんが治療に当たっている冒険者の一人を親指で示す。
「強気だな――」
何かを言おうとした小隊長に一通の紹介状を見せる。
クラウス商会長からこの地域の領主であるドネリー子爵宛に宛てた紹介状を目にした小隊長が初めて顔を強ばらせた。
「あんた、何者なんだ……?」
「続きがあります」
質問には答えずに話を続ける。
「これからゆっくりと昼食を摂って、その後に物件の引き渡しがあります。さらに孤児院と教会にも顔をださないとなりません。詰め所にうかがうのはそれからになりますが、問題はありませんよね?」
「それで構わない。あんたの事情聴取が終わるまで冒険者たちは拘束しておく」
「もう一つお願いがあります。俺の事情聴取が終わるまで孤児院やシスターに事情聴取をしないでもえらませんか?」
小隊長は治療をしているフィオナを見て言う。
「協力してもらっているし、それくらいは何とかなるだろう」
「ありがとうございます」
話の分かる小隊長で助かる。
さて、チンピラが口を滑らせた誘拐事件も気になるし……、少し調べてから詰め所に乗り込むとするか。
俺とメリッサちゃんはその場を後にし、ようやく昼食にありつくことができた。
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