第17話 待ち人きたる
商業ギルドへは使いの者を
「バイロンさんが出発しました」
部屋に戻ったアリシアがセシリアおばあさんに告げた。
数件隔てたところで仕立屋を営む店主に商業ギルドへの遣いをお願いすることとなった。
口が堅く余計な詮索をしないのでセシリアおばあさんも普段から手紙の運搬やちょっとした遣いを頼んでいるそうだ。
「ご苦労さん」
セシリアおばあさんはアリシアに労いの言葉をかけた。
アリシアが席に座ると、俺の膝の上にいたニケが床に飛び降りて彼女にそっと近付く。
「ミャー」
「ニケちゃん?」
「ゴロゴロー」
アリシアの細い足に顔を擦り付けるニケに彼女も微笑む。
「どうしたの?」
「ミャー」
突然、アリシアの膝の上に飛び乗った。
「こら、ニケ」
「大丈夫ですよ」
アリシアは自分の膝の上で丸くなるニケを見て俺に聞いた。
「このままニケちゃんを抱っこしていて良いですか?」
「俺は構わないけど、迷惑じゃないかな?」
「迷惑だなんて」
微笑むアリシア。
そんなやり取りを見ていたセシリアおばあさんがニケからメリッサちゃんに視線を移した。
「念のため言っておくがここで聞いたことは他言無用じゃ。分かっているね!」
「はい……」
初めて見せたセシリアさんの厳しい眼光にメリッサちゃんが小さくうなずいて固唾を飲む。
彼女の返事にゆっくりとうなずくとセシリアおばあさんは話を始めた。
「坊主、お前さんの言う通りじゃ。ここ一年近くの間に失踪事件や子どもの誘拐事件が増えている。特に孤児院の子どもたちの行方不明の数は異常じゃな」
この町ある孤児院は、リリーハウス、ローズハウス、デイジーハウスの三つで設立当時の院長の名前から付けられていた。
行方不明となっている孤児はリリーハウスで九人、ローズハウスで八人、デイジーハウスで一人だという。
「孤児の行方不明者というのはそれなりにいるものなんですか?」
「滅多におらんよ」
三つの孤児院を合わせても一年間で一人二人が消える程度だと説明した。
五十人以上が集団で暮らすのだから、子ども同士で相互監視をしているようなものだ。むしろ一般家庭の子どもたちよりも行方不明になる確率は低いのだという。
「孤児の行方不明者もそうですけど、この一年近くの間に一般家庭の子どもや大人の行方不明者も増えているんですよ……」
「ちょうど、流れ者の冒険者が増えた時期と合致するのう」
メリッサちゃんが言葉を濁したであろう部分をセシリアおばあさんが遠慮なく言った。
そこまでは俺も疑っているし、メリッサちゃんもはっきりと口にはしなかったが疑っているのは確かだった。
しかし、セシリアおばあさんの口調はもっと確かな証拠を握っているように感じた。
「もしかして、何か掴んでますか?」
「ここからが本題じゃ」
そう言ってメリッサに視線を向けると、メリッサも心得たように力強くうなずいた。
「他言しません」
彼女のその言葉に優しく微笑むとセシリアおばあさんは話を再開する。
「流れ者の冒険者の大半がタルナート王国の者であることは掴んでおるな?」
「はい」
メリッサちゃんが答えた。
「ヤツらの後ろにはタルナート王国の軍隊がおる。それどころか流れ者の冒険者のなかにもタルナート王国の軍の者が紛れ込んでいるはずじゃ」
最後は憶測のようだが、それ以外は確定事項のような口振りだ。
「それはどこからの情報ですか?」
「騎士団じゃ」
騎士団は領主直属の軍事力であり、町の治安を守る衛兵はこの騎士団の下部組織にあたる。
情報の出所が騎士団なら信頼度は高いが……。
「なぜ騎士団からそんな情報を仕入れられるんですか?」
「十日ほど前、ベルトラムの若造が盗賊たちを衛兵に引き渡したのは知っていると思うが、その盗賊たちの取り調べは騎士団が行ったんじゃよ」
俺の質問には答えずにセシリアおばあさんが話を進める。
誰もが無言で彼女の次の言葉を待った。
「取り調べにはワシが作った自白薬が使われてな。昨晩も追加の自白薬を受け取りにきよった。そのときに自白薬を売ってやる代わりに情報を仕入れたんじゃ」
「疑うわけじゃありませんが、薬を買いにきた者にそんな権限はないでしょ?」
「薬を買いに来たのは騎士団の連隊長じゃ」
「連隊長が……?」
疑問を口にする俺の傍らでメリッサちゃんが納得したようにうなずく。
俺は納得する彼女に理由を聞いた。
「罪人相手でも自白薬を使うのは表向き禁止されているんです。その禁止された薬を買いにくるんですから、連隊長クラスがくることは納得できるお話です」
「五人を取り調べていたらしいが、昨晩、渡した分で五人全員が廃人になるだけの量に達したからのう」
とんでもないことをサラリと言ったよ、このおばあさん。
ここまでの情報を整理しよう。
この一年近くで行方不明者が急増している。
行方不明者は孤児が最も多いが、一般市民の大人や子どもも異常と思える数に上っている。
行方不明者が急増している時期と外国から流れてきた冒険者が増えている。
先日、俺たちが捕まえた盗賊のうち何人かはタルナート王国の軍人だった。
さらに、誘拐事件にタルナート王国の軍隊が関与していることまでは確かである、と。
「この町、全然、平和じゃありませんね」
「まったく、困ったもんじゃよ」
「
それどころか、ヤバい薬まで騎士団に提供しているじゃないか。
「坊主、頼りにしておるぞ」
「でも、これで一つ安心材料ができたかな」
そうつぶやくと俺に全員の視線が集まった。
「どういうことですか?」
とメリッサちゃん。
「行方不明事件に俺が買った家が絡んでやしないか不安だったんだ。でも、いまの話だと誘拐事件が多発したのは怪しい薬師がいなくなってからだろ?」
誘拐事件を解決できるなら解決して住みやすい町にするのは望むところだ。だが、原因の一端となるような関わりは遠慮したいのだと説明した。
「ああ、それですね。あたしもちょっと心配していたんですよ」
乾いた笑いを漏らした。
おや?
反応が芳しくないな。
俺が疑問を抱いていると彼女が先を続けた。
「でもですね、隣の物件が空き家になった時期と行方不明事件が多発した時期とかさなるんですよね……」
いやいやいや!
そんな不吉なこと言わないでくれよ。
「嫌だなー、メリッサちゃん。不吉な予想はしないでよ」
「どうします?」
俺に聞くなよ。
というか、さっきまで管理責任が自分たちにあったことを忘れてないか?
そのとき、店の扉を叩く音がした。
「どうやら商業ギルドの前任者と責任者が来たようじゃぞ」
「来ました! 責任者ですよ、アサクラ様!」
悪いのは彼らだと言わんばかりの勢いでメリッサちゃんが立ち上がった。
よし、便乗しよう。
悪いのはあいつらだ!
俺とメリッサちゃんは悪いヤツラを出迎えるため、二人揃って扉へと向かうのだった。
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