第8話 魔術師ギルド(4)
眼前に広がる『中庭』はサッカーグラウンドほどの広さがあった。
予想を遙かに上回る広さに圧倒される。
言葉を失って呆然と中庭を眺めている俺に、いつの間にか隣に立っていた男性職員が言う。
「驚きましたか?」
「ええ、こんなに広いとは思ってもいませんでした……」
「ふわー!」
傍らで驚きの声を上げるメリッサちゃんに聞く。
「初めて見たんですか?」
「ええ、お話には聞いて知っていたのですが、見るのは初めてです」
「初めて中庭に通された魔術師の方は大概驚かれます」
中庭が広いと言うことを聞いて知っていても実際に目で見るとその広さに圧倒されるのだという。
「ここで魔法の確認をするんですか?」
メリッサちゃんの質問に男性職員が即答する。
「アサクラ様は無属性魔法が使えるとのことなので、先ずは魔装の強さを確認させて頂きます。その後で身体強化の確認も含めて簡単な手合わせをしてもらいます」
軽く左手を挙げると、長剣を携えた剣士風の男性が同じように右手を挙げて応えた。
「剣士が相手ですか?」
「剣士に見えますが彼も魔術師です。アサクラ様と同じように無属性魔法を得意としています」
三十歳前後の筋骨たくましい大柄な男性だ。
革鎧をまとい長剣を
「剣術の心得がないんですけど?」
「手合わせと言っても本当に簡単なものですから、胸を借りるつもりで気楽にやってください」
微笑みを浮かべて軽く流した。
受付で対応していたときとは別人のような落ち着きようだ。
「無属性魔法と言っても魔術に関することなので外には漏らしたくないんですが、大丈夫なんですか?」
裏庭を囲む周囲の建物に視線を巡らせる。
数こそ少ないがどの建物にも窓があった。
簡単に
俺の不安を見透かしたように男性職員が言う。
「ご心配には及びません。裏庭を囲む建物はすべて魔術師ギルドの建物です」
「これ、全部ですか?」
俺は改めて周囲の建物を見る。
何れも石造りの三階建てで似たような外壁だ。
「はい。中庭で何が起きていることが外部に漏れる心配はございません」
外部から裏庭を覗ける者などいないのだと自信満々に言いきった。
「魔法の確認は全てここで行うと言うことですか?」
「攻撃魔法のように中庭で確認するのが難しい魔法を得意としている方の場合は町の外で確認することがあります」
「たとえばリントの森とか?」
「そんなところです」
周囲に大きな影響を及ぼさない魔法であれば大概は中庭でこと足りるそうだ。
基本、魔術師がどのような魔法を使うか秘匿事項なので、できるだけ人目を避けるのだと付け加えた。
「新しい登録者か?」
声の方に視線を向けと俺の手合わせをする相手がこちらへ歩いてくるところだった。
「アサクラ様の試験官を務めるアランさんです」
男性職員が紹介すると右手を差しだした。
「アランだ」
「ダイチ・アサクラです。今日はよろしくお願いいたします。剣術は全くの素人なのでお手柔らかにお願いします」
「遠慮はいらない、思いっきりかかってきなさい」
アランさんが快活に笑った。
「アランさんは無属性魔法だけでBランク認定された魔術師なんですよ」
「それしか取り柄がないだけだがな」
そう言って再び大きな声で笑う。
これで謙遜しているつもりなのだろうか?
「先ずは魔装からですね」
男性職員がそう言って示した中庭の片隅には、直径五十センチメートルほどの五本の支柱が、それぞれ二メートルくらいの間隔を空けて立っていた。
その手前には棚があり数本の長剣が建てかけられている。
「アサクラ様にはあちらに用意されている長剣でそれぞれの支柱を切ってもらいます。勿論、魔装を用いてです」
男性職員の口元がわずかに綻んだ。
俺の魔装を侮っているな。
受付で対応していたときのように慌てさせてやろうじゃないか。
「分かりました、では早速やりましょう」
◇
「アサクラ様、頑張ってくださーい」
「ミャーミャー」
ニケを抱きかかえたメリッサちゃんの黄色い声援を背に、男性職員から受け取った木製の剣を手に支柱の一本へと向かう。
支柱は、木製のものが二本で、それぞれ堅さが異なる種類の木が素材だ。残る三本は銅、青銅、鉄で出来ている。
これらの支柱を魔装で覆った剣で斬れと言うことだ。
支柱同様に剣も木製だけでなく、青銅、鉄、鋼とあった。
その手始めが木製の剣ということか。
「では、左側の木の支柱を斬ってください」
「頑張れよ、若いの!」
男性職員の合図に続いてアランさんの声が聞こえた。
順番に斬るのも面倒だ。
俺を侮っている男性職員に一泡吹かせたいし、ここは一気に行くか。
木製の剣に魔装をまとわせて、木製の支柱を
音もなく切断された木製の支柱が鈍い音を立てて地面に転がる。
「ミャー!」
「アサクラ様、お見事です!」
ニケとメリッサちゃんの黄色い声援を背に、二本目の木製の支柱を斜めに斬り払う。
同じように斬撃の音はない。
支柱が地面に落ちるのを待たずに三本目の銅の支柱を左斜め下から右斜め上へと斬り上げた。
これもほとんど手応えもなく木製の剣が銅を分断する。
いい感じだ。
ここ数日の練習で魔装を容易に展開できるようになっている。
よし、次は青銅の支柱だ。
斬り上げた剣をそのままに大きく踏み込んで、今度は右斜め上から左斜め下へと斬る。
青銅の支柱も同じようにあっさりと斬れた。
「すごーい!」
「ミャー、ミャー!」
聞こえてくるのはニケとメリッサちゃんの声だけか。
度肝を抜くにはまだ足りないようだな。
最後、鉄の支柱を真上から真っ直ぐに斬りおろした。
鉄の支柱が縦に真っ二つとなり、木製の剣が地面を深々と断った。
「凄い、凄い! こんなの初めて見ました!」
「ミャー、ミャー!」
まさか、剣術のド素人が鉄の支柱まで斬るとは思わなかっただろう。
さて、どんな顔をしているか見せてもらおうか。
木製の剣をそのままに、俺は余裕の笑みを浮かべて振り返る。
「こんな感じでいいでしょうか?」
遠慮なく騒ぐメリッサちゃんとニケの傍らで、男性職員とアランさんが焦点を失った目で呆然と立っていた。
「魔装を使うと木製の剣でも鉄って斬れるんですね」
「ミャー!」
ニケとメリッサちゃんは予想通りの反応だが、男性職員とアランさんは少し違った。
二人とも微動だにしない。
「あのー、職員さん?」
俺は騒ぐメリッサちゃんのよこで呆然としている男性職員に再び声をかけた。
「え?」
「終わりましたよ」
「あー、そう、です、ね。って! 何ですか、あれは!」
突然、我に返った男性職員が騒ぎだした。
「言われたとおり斬りました」
あんたの度肝を抜くつもりで、鉄の支柱を縦に真っ二つにしちゃったけどな。
「いやいやいやいや。あり得ないでしょ」
「横や斜めに斬るだけじゃ面白くないので縦に斬ってみました」
「そうじゃなくてですね、何で木製の剣で鉄の支柱を斬っちゃうんですか!」
何を言ってるんだ?
「いや、斬れと言ったのはそちらですよ」
「そうですよ、あたしも聞きました」
狼の耳をピコピコと動かして、メリッサちゃんが援護してくれた。
「そうじゃありません! 木製の剣で斬るのは木の支柱だけです!」
銅の支柱は青銅の剣で、青銅の支柱は鉄の剣で、鉄の支柱は鋼の剣でそれぞれ斬るのだ、とヒステリックな声で説明した。
なるほど、やり過ぎたようだ。
だが、男性職員の度肝を抜くという目的は達成した。
「斬ってしまったものは仕方がありませんよね?」
「……そう、です、ね」
「次は剣術の手合わせでしたね?」
アランさんを見ると、ふるふると首を横に振りながら
気のせいか顔が青ざめていないか?
目に光るものも浮かんでいる気がする……。
「あの試験官、泣いてますよ」
空気を読んでメリッサちゃんが耳打ちした。
「えーと、どうしましょうか?」
俺は戦意を喪失しているアランさんと地面にへたり込んでいる男性職員を交互に見る。
先に反応したのはアランさん。
「Cランクだ。君の無属性魔法はCランクだ」
誰にも文句は言わせない、と何度も繰り返す。
Bランクの試験官が逃げだすのにCランクなのは納得がいかないが、ここは一先ず納得しておくか。
「ありがとうございます」
続いて男性職員に視線を向ける。
「と、登録します。すぐにCランクで登録します」
地面にへたり込んだままそう言った。
「もしかして、腰が抜けちゃってますか?」
へたり込んだ男性職員をメリッサちゃんが覗き込む。
見て見ぬ振りはしないんだな。
「お恥ずかしい話ですが……」
顔を赤らめた男性職員の目から涙がこぼれ落ちた。
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