第9話 露店通り、再び
俺とメリッサちゃんが魔術師ギルドの建物をでたときは既にお昼時を過ぎていた。
「思ったよりも時間がかかったな」
「そんなことはありません。予想していたよりもずっと短い時間で終わりました」
結局、試験官であるアランさんとの手合わせを行うことなく、無事に魔術師ギルドの登録が完了した。
「Cランク魔術師ねー」
俺は右手にあるネックレスのような形状をした魔術師ギルドの認識票を改めて見た。
銀製のチェーンが付いた認識票は、幅二センチメートル、長さ五センチメートル程の薄い銀製のプレートで、認識番号とCラン魔術師であることが彫られていた。
銀製の認識票がキラリと陽光を反射する。
「大切なものですから首からかけておいてください」
「見た目は商業ギルドの認識票と似ているんだな」
メリッサちゃんに言われたようにネックレスのような形状をした認識票を首から掛けると、既に掛けてあった商業ギルドの認識票に触れて小さな金属音をさせる。
魔術師ギルドの規定で登録時の最高ランクはCランクとなるのだと知らされた。
そしてCランク以上が昇格するには、年に一度だけ行われる昇格試験に合格する必要がある。しかも、昇格試験を受けるには同ランクで一年以上の経験が必要となるのだという。
昇格試験は半年後なので、俺がBランクへの昇格試験が受けられるのは早くても一年半後。そこからAランクへと昇格するにはさらに一年が必要となる計算だ。
高位のランクに執着があったわけではないが、容易に昇格できないとなると急に欲ができた。
何よりもCランク魔術師とAランク魔術師とではハッタリの効果が違う。
「アサクラ様って、本当に凄い魔術師だったんですね」
俺の小さな落胆など気付かないメリッサちゃんがキラキラとした目を向ける。
「何だ、疑っていたんですか?」
「そういう訳ではありませんが、試験官が逃げだすほどの魔術師とまでは思っていなかったので……」
「俺も試験官が逃げだすとは予想してなかったよ」
「はははは……」
乾いた笑い声を上げる彼女に言う。
「でも、これで俺に護衛が必要ないって分かりましたよね?」
「そう、ですね」
歯切れが悪い。
「その口調だとまだ護衛が必要だと思っていますか?」
「一人というのが危険なんです。誰か別の人が側にいるだけで違います」
理屈は分かる。
俺の自信の根底にあるのが、俺自身の能力とニケという相棒なのだが、それを明かすわけにはいかない。
正直、下手な護衛よりも役に立つし、何よりもモフモフで可愛い。
加えて、誰もニケに並の魔術師以上の戦闘力があるとは思わないだろうから、襲撃者側の油断も誘える。
ここ数日間通ったリントの森ではニケの精霊魔法の練習もしていた。
まだまだ思い通りに発動できないが、それでもニケの精霊魔法が俺の取り寄せる現代兵器よりも優秀なことは分かった。
そのなかでも、水の精霊魔法による治療や回復ができたのは心強い。
俺自身が回復魔法を使えないことはもちろん、現代から薬や医療器具を取り寄せたとしても医学の知識がない俺にとっては、病気や怪我を負ったときの治療と回復は大きな課題だった。
それがニケの存在によりあっさりと解決した。
戦闘に回復と多方面に活躍してくれる頼りになる相棒だ。
「護衛だとさ、どうする?」
ニケに話しかけると俺の胸のなかで甘えた声をだす。
「ゴロゴロゴロー」
「ほらー、ニケちゃんも心配してますよ」
「護衛は追い追い考えますよ」
メリッサちゃんの見当外れの指摘に苦笑しながら適当にはぐらかす。
「もう! 真面目に考えてください」
頬を膨らませる彼女に言う。
「ところで、お腹がすきませんか?」
「え?」
「もう、お昼を回っていますよね? 物件の引き渡しは食事を済ませてからにしませんか?」
物件の引き渡しの時間は特に決めておらず、こちら側の用意ができ次第不動産屋を訪ねることになって言うのだ、と魔術師ギルドでの待ち時間に聞いていた。
なんともアバウトな約束だ。
「そうしましょう!」
メリッサちゃんが目を輝かせて賛成した。
「魔術師ギルドの登録に付き合ってもらったお礼に昼食をご馳走させてもらいますよ」
「いえ、そこまでしてもらうわけには」
「別に高額なお昼をご馳走するという訳じゃありませんから
「では、こうしましょう」
露天商通りの店で売られている食べ物をメリッサちゃんに解説してもらいながら買い、それをどこか落ち着いたところで食べるのではどうか? と提案した。
それでも代金を俺が支払うことに難色を示していたが、最後は押し負ける形で承知してくれた。
「露天商通りの途中の路地を入った先に広場があります。お天気も好いですしそこで昼食にしましょうか」
なるほど、それも面白いな。
露天商通りで暴れていた連中もいたことだし、錬金術師のおばあさんとその孫娘が、あの後どうなったかも気になる。
俺とメリッサちゃんは露天商通りへと向かうことにした。
◇
今朝、揉め事が起きていた辺りに差しかかる。
錬金術師のおばあさんが見当たらない。
「どうしたんですか?」
「ここ数日、俺がだす店の隣で店をだしていたおばあさんが見当たらないんだ」
「お休みなんじゃないですか?」
「今朝、商業ギルドに行く前にここを通ったときはいたんだ」
チンピラと口論になっていた。
あの後、チンピラたちが舞い戻ってきて仕返しをしたなんてことはないよな。
急に嫌な予想が沸き起こる。
俺は露店をだしていた年配の男性に聞いた。
「いつもこの辺りに店をだしている錬金術師のおばあさんをしりませんか?」
「錬金術師?」
「売ってるのはほとんど薬ばかりでした」
錬金術師と知るまでは薬師だと思っていたくらいだ。
「ああ! セシリアさんか。悪いけど、今日は見てないなー」
あのおばあさん、そんな可愛らしい名前だったのか。
そのとき背後から声をかけられた。
「今朝の兄さんじゃないか?」
振り向くと道の向かい側で露店を出している三十代の男性が
今朝の、と言うことは揉め事のときにいた人か。
「こんにちは」
「どうだい、食べていかないか? 今朝のお礼だ。お代はいらないよ」
「ありがとうございます。でも、お代は払わせてください」
「いいって!」
「それじゃ、情報提供料として」
店主の手に無理やり代金を押し込んで聞く。
「今朝、チンピラと口論していたおばあさんをしりませんか?
「セシリアさんのことか?」
「そうです」
「今日は気分が悪い、とか言って孫と一緒に帰っちまったぞ」
店仕舞いか。
明日、また顔をだすか。
セシリアさんのことは後日として、俺はお礼を言いながらもう一つのん気になることを聞く。
「ところで、今朝ここで暴れていたチンピラ風の冒険者たちはあれから戻ってきましたか?」
「冒険者が暴れたんですか?」
メリッサちゃんが商業ギルドの認識票をみせて話に割り込んできた。
聞き込みの刑事みたいだな。
「商業ギルドの人か」
「お話を聞かせてください」
「まいったなー」
露店の主人は面倒そうな顔をしながらも、今朝の出来事についてメリッサちゃんに語りだした。
話を聞いていて分かった。
露店も商業ギルドの管轄下にあり、そこで起きた揉め事を商業ギルドは解決する義務を負っているのだ。
ただし、露店をだしている人たちのほとんどは、大きな被害がなければ関わりたくない、と言うスタンスらしい。
露店の店主から買った豚の焼き串を手にした俺は特に何かをするでもなしにメリッサちゃんの事情聴取が終わるのを待つのだった。
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