第7話 魔術師ギルド(3)

「はい、何でしょうか?」


 男性職員に手招きされたメリッサちゃんが愛嬌あいきょうあふれる笑顔を向けた。

 対する男性職員はぎこちない笑顔である。


「こちらへ」


 俺を残したままメリッサちゃんを隣の窓口へと誘導するとヒソヒソと話しだした。

 どうやら俺に聞かれたくない話のようだ。


 だが、俺には身体強化能力がある。

 素知らぬ顔で聴力を強化して聞き耳を立てた。


「――――色々と聞きたいことはありますが、先ずはあのネコのような生物について詳しいことを教えてください」


「はい?」


 話題はニケかよ。

 まさかあの職員さん、何か勘づいたのか?


「ですから、あのネコのような生物がですね」


「ネコちゃんですよ」


「ネコなんですか?」


「紛うことなきネコです」


 よし、いいぞ!

 押し黙る男性職員にメリッサちゃんが念を押す。


「ネコです」


「初めて見る種類ですが」


 弱気になるがそれでも引き下がらない男性職員。

 意外と粘るな。


「別の大陸のネコだそうです」


 伝家の宝刀『別大陸』。大体のことはこれで乗り切ってきた。


「魔物だったりしませんか?」


 失礼なヤツだな。

 ニケはれっきとした地球産のネコだぞ。


「ニケちゃんはネコですよ」


「えーと……」


「ベルトラム商会の商会長やBランク魔術師が三人も一緒にいたんですよ。魔物だったら誰かが気付くに決まっているじゃないですか」


「そう、ですよね……」


「そうですよ。Bランク魔術師が三人もいて気付かないなんてことあると思いますか?」


 メリッサちゃんの止めの笑みに男性職員がガクリと項垂れた。


「分かりました」


 見えていた勝負はメリッサちゃんの勝利に終わった。


「では話題を変えましょう」


 だが、男性職員もすぐに切り替えたらしく、俺の提出した申請書をメリッサちゃんの前に置く。


「まだあるんですか?」


 メリッサちゃんの嫌そうなため息を敢えて無視したのか、男性職員は彼女の目も見ずに話を続ける。


「これしか書いてないのですが?」


「不都合なことは記入しなくてもいいはずですよね?」


「いや、おかしいでしょ? 何で国籍こくせきと出身地が空欄くうらんなんですか? 流民るみんだって出身地くらい書きますよ!」


 流民とは文字通り故郷を離れあちこちを放浪ほうろうして歩く人々の総称で、その多くは国籍を持たない、或いは国籍を失った人々である。


 国籍がないため国の保護を受けられず、多くの不利益な制約が課せられている。

 有り体に言えば、一般市民よりも階級が低く蔑まれる対象であることが多い。


「不都合があったんじゃないですか?」


「まさか国籍と出身地を書くのが不都合だって言うんですか?」


「あたしに聞かないでご本人にうかがったらどうですか?」


 いい加減、面倒くさくなっているのか、塩対応のメリッサちゃん。

 それでも男性職員がなおも食い下がる。


「ベルトラム商会の商会長とキルシュ伯爵のご息女が推薦者なんですよ! 聞けるわけがないじゃないですか」


「国籍と出身地が空欄だと登録できないのでしょうか?」


「できますよ、できないことはありません」


「それじゃ、問題ありませんね」


「国籍が空欄なのに家名のある方を登録するなんて聞いたことありません」


 そもそも登録用紙に記入したのは、名前と名字、性別、年齢、スキルだけだ。

 国籍と出身地しか問題になっていないのは逆に驚きだ。


「そうなんですか?」


「そうなんです!」


「調べてみてください。もしかしたら前例があるかも知れないじゃないですか」


 からかっているのだろうか?


「本気で言ってますか?」


 職員さんが疲れ果てた顔でメリッサちゃんを見た。


「商業ギルドの職員は必要なことなら手間暇をおしみません」


「参考までにうかがいますが、ダイチ・アサクラ様は間違いなく商業ギルドに登録されているのですね?」


「推薦者はベルトラム商会の商会長で、十日前に登録を終えています」


「国籍と出身地が空欄で登録したんですか」


守秘義務しゅひぎむがあるのでお答えできません」


         そんなことも知らないんですか? とナチュラルにあおる。


「分かりました。これで登録します」


 メリッサちゃんが勝った。

 うなだれた男性職員がすごすごと奥の執務机へと戻っていった。


 ◇



「申請書が受理されました」


 男性職員がどこか疲れ果てた様子で告げた。

 魔術師ギルドの建物に入って一時間余り、ようやく登録が終わったようだ。


 肩の荷がおりた気分でメリッサちゃんに言う。


「さて、登録も終わったし店舗の引き渡しをお願いできますか?」


「え?」


「な?」


 メリッサちゃんと男性職員の短い声が重なった。

 まだ何かあったのか?


「もしかして、まだ終わりじゃなかったでしょうか?」


「魔術を拝見させて頂けますか?」


 男性職員の頬がかすかに引きつっている。


「どこで見せればいいでしょう?」


「アサクラ様は無属性魔法のみお使いになるということなので中庭で大丈夫でしょう」


 そう言って中庭へと続く扉を示した。


「メリッサちゃんも来ますか?」


「えーと」


「アサクラ様が同意されるなら構いません」


 一緒に来てくれ!

 メリッサちゃんに向けられた目がそう訴えているような気がする。


 だが当のメリッサちゃんは間髪を容れずに視線を逸らした。


「えーと、遠慮しようかなー」


「あちらです」


 メリッサちゃんもいい性格をしているが、すかさず回り込んで中庭へと続く扉を指さす男性職員もなかなかに強いな。


「商業ギルドは魔法には関与してませんのでー」


 虚空に視線を漂わせる彼女の言葉通り、アイテムボックスを含めて魔法の確認は一切なかった。


「お願いですから来てください!」


「メリッサちゃん、一緒に行きましょう」


 このままではらちが開かないのでここは俺も男性職員の味方をすることにした。


「アサクラ様がそう言われるのなら……」


「それじゃ、チャッチャとすませようか」


 足取りの重い二人を後ろに従えて中庭へと続く扉を潜った。

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