第6話 魔術師ギルド(2)

「魔術師ギルドへの登録をお願いします」


 俺がカリーナから受け取った書類をメリッサちゃんが受付の男性へと差しだす。

 三通の封がされた手紙と一通の封がされていない手紙、魔術師ギルドへの推薦状。これらをまとめてカリーナから受け取った俺は読みもせずに異空間収納ストレージに放り込んだままにしていた。


 まさかあれが魔術師ギルドへの登録をするように書かれた手紙と推薦状だとは思わなかった。

 これからは書類にはきちんと目を通すようにしよう。


 反省する俺の目の前で手続きが進む。


「カリーナ・キルシュ様が推薦者ですか!」


 書類を受け取った三十代後半の男性職員が驚いたように居住まいを正す。

 さすが伯爵令嬢だ。


「それとこちらは正規の推薦状ではありませんが、ベルトラム商会の商会長様からのお手紙です」


「ベルトラム商会!」


 居住まいを正したばかりなのに、椅子を倒して飛び上がるように立ち上がった。

 カリーナのときよりも明らかに動揺どうようしている。


 魔術師の総本山である魔術師ギルドとはいえ、魔術師のランクよりも金と権力を持った商人の方が影響力はあるようだ。

 メリッサちゃんから手紙を受け取る男性職員の手が震えていた。


「こちらもお願いします」


「こちらは?」


 さらに二通の手紙を差しだすと、職員さんは「もう勘弁して欲しい」という顔で手紙を受け取る。


「キルシュ様と同じくBランク魔術師であるお二方からのお手紙です」


「ベルトラム商会の商会長様に伯爵家のご令嬢、さらにBランク魔術師がお二方ですか! あちらの青年は何者なのですか?」


 盗み見るようにチラリと俺を見た。


「さあ? 実はあたしもよく分からないのです」


「そ、そうですよね。知っていてもお話し頂けませんよね」


「もし気になるようでしたらご本人にうかがったらいかがですか?」


 無属性魔法で強化された聴覚ちょうかくが、男性職員の激しくなる鼓動と飲み込む固唾かたずの音を聞き逃さなかった。


「それでは少しの間お待ちください」


 一通りの書類を受け取った男性職員が一枚の紙を引き換えに渡して奥にある執務机へと転がるようにして向かった。

 気の毒に、随分と慌てていたな。


「アサクラ様、それではこちらの申請書に必要事項の記入をお願いします」


 メリッサちゃんから受け取った申請書にざっと目を落としながら近くのテーブルへと向かう。


「この申請書、全部本当のことを書かないとダメなんですか? 俺の国だと不都合なことは書かずにすませるんですけど」


 冒険者ギルドの登録用紙への記入方法についてカリーナたちから聞いていたので、そのルールを持ちだして聞く。


「嘘を書くのは感心しませんが、不都合なことを書かないのは許されます。あとは、家名を母方の旧姓にしたり、遠縁の親戚の家名を名乗ったりというのもたまに聞きますね」


 さらに、魔術についても自己申告制なので隠したい属性は申請しないのが通例であるということだった。

 ただし、三属性を使えるのに二属性で申請すると当然不利益も被ることもある。


 それも自己責任の範囲だと言うことだ。

 俺はメリッサちゃんの説明を聞きながら次々と記入欄を埋めていく。


 と言っても、空欄がほとんどだ。

 俺は記入の終わった申請書を手に先ほどまで男性職員がいた受付へと向かった。


「記入が終わりました」


「はい! ただいまうかがいます!」


 男性職員が椅子や机にぶつかりながら走ってきた。

 態度が違う。


 これは多少の無理は押し通せそうだな。

 俺は内心でほくそ笑んで申請書をカウンターに置いた。


「お待たせいたしました」


 愛想笑いを満面に浮かべているが、頬は引きつり首筋に脂汗のようなものが光る。


 気の毒に。

 俺は男性職員に何度目かの同情をしながら話かける。


「申請書の記入が終わりました」


「これはご丁寧にありがとうございます。お手間を取らせてしまい恐縮です」


「ミャ?」



「起きたのか?」


 俺の胸のなかで眠っていたニケが大きな欠伸をしながら胸元から顔をだした。


「ネコですか?」


「ええ、可愛いでしょ」


「本当、可愛ら、しい、で、すね」


 男性職員が固まった。

 視線がニケに固定されている。


「どうしました?」


「あの、従魔でしょうか……?」


「ただのネコですよ。こちらの国では毛の長いネコは珍しいようですが、私の祖国ではそこら中にたくさんいるんですよ」


「そうですか……?」


 反応がおかしい。


「このネコがどうかしましたか?」


「いいえ、どうもしません! 私が緊張しているだけのようです。そんなことよりも手続きを済ませてしましょう」


 そう言って俺の申請書を手に取ると、男性職員は再び固まった。


「あの、アサクラ様?」


「どうしました?」


 スマイル!

 笑顔を向けると男性職員は口をパクパクとさせるが、声は聞こえない。


「どうしました? 何か不都合でもありましたか?」


 聞くと男性職員はハタと気付いたように立ち上がる。


「少々お待ち頂けますか」


 そう言ってメリッサちゃんを引きつった笑顔で手招きした。

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