第5話 魔術師ギルド(1)

 この一ヶ月余りの間に、ガラの悪い冒険者が増えて町のあちこちで問題を起こしていること。

 さらに隣国から冒険者を名乗る流民が大量に流入してきていることが語られていた。


「ランクの低い冒険者だけでなく、中堅の冒険者も素性が知れない人たちが増えてるんです。ですから、冒険者ギルドに護衛を頼んでも質の良くない護衛が受注してしまう可能性が高いと思います」


「強敵が現れたら護衛対象を置き去りにして逃げるってことですか?」


 ありそうな話だな。

 冒険者だって命は惜しいだろうし、そこは大目に見てやってもいいんじゃないのかな。


 日本の戦国時代だって主君を見捨てて逃げだす武将や兵士なんてそれこそ掃いて捨てるほどいた。

 だからこそ、命がけで主君を守った武将や兵士は感激され高く評価されたわけだ。


「逃げるだけならいいですが、盗賊と結託していたり、突然、盗賊に早変わりしたりということも考えられます」


 そんなのが頻発したら冒険者ギルドの信用問題だし、下手したら存続に関わってくるんじゃないのか?


 用心深いというか、疑り深いというか……。

 いや、そのくらい慎重じゃないと生き残れないのか。


「なるほど。その可能性はありますね」


 それだったら、これまで通り俺一人で森に行った方がよくないか?

 半ば、今後も一人で森に行こう、と考えを固めているところにメリッサがさらに不穏な話をしだした。


「行方不明者も多いんですよ。特に幼い子どもの行方不明者がここ二週間で十数件起きています」


「子どもの行方不明者……。それは誘拐ということでしょうか?」


 コクリとうなずいて言う。


「十数件というのは表面にでてきている件数です。孤児院やスラムの子どもたちの行方不明者を含めると倍近い数字になります」


「ちょっと、普通じゃない数ですね」


「誘拐されているのは子どもが多いですが、大人も誘拐されている可能性があります。アサクラ様はベルトラム商会のお取り引き先ですし、ご自身も店舗をポンっと買うだけのお金をお持ちです。さらに異国の方でこの国

に親類縁者がいらっしゃらないと聞きました」


 カモがネギを背負っているように見えるんだろうな。


「俺が誘拐されるかも知れないと心配しているんですね」


「誘拐ならまだいいですけど、わずかばかりのお金を奪うために人を殺める者も少なくありません」


「一人で森に行く危険性は十分理解しました」


「信用していいですよね?」


 俺のことを心配してくれているのがヒシヒシと伝わってくる。

 本当、いい娘だよなー。


「慎重に行動すると約束します」


 森に一人で行かない、とは言えないあたりがなんとももどかしい。

 それにしても、ここまでの話を振り返ると魔術師ギルドは信用できるが冒険者ギルドは信用できない、ということになるな。


 その疑問はメリッサのセリフで氷塊した。


「魔術師ギルドは冒険者ギルドと違って信用のある魔術師の紹介が必要となりますから、魔術師ギルドのメンバーで手の空いている方に護衛をお願いできるのが最善なんですよね」


 人手欲しさから流れ者をホイホイと雇う冒険者ギルトと紹介制のような魔術師ギルド。

 確かに偉い違いだ。


 そこで俺のなかに一つの疑問が浮かんだ。


「魔術師なら必ず魔術師ギルドに登録しないとならないんですよね?」


「そうですよ」


 登録しないモグリの魔術師は捕縛対象ですからね、と明るく付け加えた。


 危ない、危ない。

 危うく衛兵の厄介になるところだったのか。


「因みに俺の紹介者というか、推薦者でしたっけ? それはベルトラム会長ですか?」


「推薦者はカリーナ・キルシュ様です」


「カリーナ?」


 思わず不安がよぎる。

 確かに魔術師としてのランクはクラウス商会長よりも上だが、二十歳前の女性が推薦者で侮られたりしないかな?


「カリーナ様はキルシュ伯爵家のご息女ですし、ご自身もBランクの魔術師ですから推薦者としては十分ですよ」


 目の前に並んだケーキを次々とパクつくカリーナの姿が思いだされる。

 あの食い意地の張った娘、伯爵令嬢だったのかよ!


「後ろ盾も十分ですし状況が状況ですから、護衛の件もお願いすれば協力はしてくれると思いますよ」


 メリッサはいつもの脳天気な笑顔で数十メートル先に見えてきた魔術師ギルドを指さす。

 この町にきて真っ先に圧倒された巨大な建物。


 それが魔術師ギルドだった。


 石造りの三階建ては商業ギルドと同じだが、建物の横幅が数十倍ある。

 町外れとはいえ、区画一つを丸々占有するほどだ。


「ここがそうです」


 改めて建物の大きさと堅牢さに驚いている俺をメリッサちゃんが先導して扉を潜る。


 商業ギルドのような吹き抜けの広大なエントランスを想像して身構えていたが、俺の目に飛び込んできたのは都市銀行ほどの空間だった。

 いや、この世界の建造物の基準からすればそれでも十分に広大な空間だ。


「想像していたよりも狭いな」


「商業ギルドは見た目重視で、魔術師ギルドは実用性重視だとよく言われます」


 俺が商業ギルドと比べていることを察したメリッサちゃんがすかさずフォローする。


「実用性、ね」


「ええ、実用性です」


 そう言うと、目的の受付へと向かって歩きだした。

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