第4話 魔術師ギルドへと続く大通り

 魔術師ギルドへ向かう途中、罪悪感が消えていない俺はメリッサちゃんの愚痴とも恨み言ともつかない説教を得々とされている最中さなかである。

 まさか二十二歳にもなって、十五歳の少女に往来で説教されるとは思わなかった。


「アサクラ様は異国の方なので勝手が分からなかったのも理解出来ますが、それを差し引いてもちょっと迂闊うかつすぎます」


 つい最近もカリーナに似たようなことを言われた気がする。


「反省しています」


「分からないことがあれば誰かに聞いてください」


 ふわふわの綿毛のような白い髪に半分以上埋もれている耳がピンっと立って、その存在を精一杯主張している。

 うん、まだ怒っているな。


「勿論です。これからはメリッサちゃんに色々と相談させてもらうようにします」


 カリーナで女性の扱いを多少なりとも学んだ。

 ここは素直に頭を下げるに限る。


「絶対ですよ、絶対ですからね!」


「約束します。本当に申し訳ありませんでした」


 深々と頭を下げる。

 その様子を見ていた道行く人たちからクスクスと笑い声が上がった。


「いえ、そこまでされなくても! それに、ベルトラム商会の方と一緒だったから必要なことは教えてもらっている、と思い込んでいたあたしにも落ち度があります! お互いに反省したならそれで良しとしましょう!」


 あたふたとしたメリッサちゃんが「頭を上げてください」、騒ぐ。

 そのやり取りでさらに周囲の人たちの笑い声が増えた。


「と、ともかくここは一旦この場を離れましょう」


 俺の手を掴むとうつむいたまま足早に百メートルほど移動して路地に入ったところで脚を止めた。

 不審に思って聞く。


「メリッサさん?」


「静かにお願いします」


 言葉とジェスチャーで俺を制して路地から大通りをこっそり伺う。

 続く安堵のため息。


「大丈夫そうですね」


「何かあったんですか?」


 誰かに尾行でもされていたのか?


「あんなに大勢の人たちに注目されたら歩きづらいですからね」


 気の緩んだほんわかした笑み。

 俺の心配は杞憂だったようだ。


「それじゃ、行きましょうか」


 揚々と歩きだそうとする彼女にキャンディーを差しだす。


「これは俺の祖国のお菓子でキャンディーというものです。甘くて女性にとても人気があるんですよ」


 ポカンと開いた彼女の口にキャンディーを一つ入れた。


「ふぁ?」


「疲れたときや緊張したときになめると落ち着きますよ」


「な、ななな」


 慌てる彼女の目の前で、俺も一つ口に入れてキャンディーをなめてみせる。

 するとメリッサちゃんも真似をして口の中でキャンディーをなめだした。


「おいひい! はまい!」


 目を白黒させて舌足らずの子どものようにはしゃぎだす。


「気に入ってくれたようで嬉しいです」


「あの、お代を」


「俺とメリッサさんの仲じゃないですか」


 ただの顧客と営業担当者の仲である。


「お客様から金品を頂くわけにはいきません」


「では、友だちになってください」


 彼女の手を取り、キャンディーの入った缶を渡した。


「え?」


「差し上げます」


「え? え? でも……」


「これからも色々と教えてくださいね」


「いいんですか?」


 視線がキャンディーの入った缶に向いては無理やり逸らして俺を見る、というのを繰り返している。


「もちろんです」


「ありがとうございます!」


 満面の笑みを浮かべるメリッサちゃん。

 この娘、カリーナの百万倍チョロいぞ!


 この世界の女性は甘いものに弱い。

 これもカリーナで学習した。


 キャンディーでこの笑顔だ。

 カリーナを即落ちさせた各種のショートケーキならさらに効果は絶大だろう。


 二の矢、三の矢どころか数十の矢がある。


「それじゃ、行きましょうか」


 この笑顔ならまだまだ失敗しても大丈夫そうだな。

 俺は彼女と連れだって再び大通りを歩きだした。


 ◇


「それはそうと、リントの森にはお一人で行かれていたのですか?」


 口のなかのキャンディーがなくなったのか、メリッサちゃんが突然話題を振ってきた。


「ええ、一人です」


「やっぱりそうでしたか。ベルトラム商会の人たちが一緒だったら、騒ぎになるようなことを見過ごすがありませんものね」


 深々とうなずいた。

 ベルトラム商会の信用の高さがうかがい知れる。


「今後は誰かと一緒に行くようにします」


 自分の口から力ない笑いが漏れた。

 とはいえ、同行を頼めるような知り合いなどいない。


 メリッサちゃんに頼むわけにもいかないしなー。


「魔術師ギルドで相談してみましょう」


「森のなかの探索をするのに同行してくれるんですか?」


 魔術師ギルドはそんな仕事も引き受けているのと驚く俺にメリッサが首を横に振った。


「森のなかに素材などの採取に行くときの護衛は、冒険者ギルドに依頼するのが一般的です」


 多いのは薬師や食材の卸業者の護衛だという。

 薬師は薬草、食材の卸業者野草やキノコの採取が目的なのだが、どちらも毒をもった非常によく似た薬草や野草、キノコ類が多い。


 専門知識のない冒険者はどうしても間違えたものが混ざってしまう。

 そうなると当然報酬も低くなる。


 そこで冒険者が採取するのではなく、採取する専門家の護衛兼荷物持ちの人手としての仕事の方が割もいい。


「やっぱりそうなんですね」


 俺の仲にある冒険者ギルドのイメージ通りだ。


「でも、冒険者ギルドで護衛依頼を受けてくれるような冒険者はランクが低いんですよ」


 採取する場所が森の浅い部分なので自然と低ランクの冒険者たちの仕事となっているそうだ。


「別に低ランクの冒険者でも構いませんよ」


「これが一ヶ月前ならあたしもそう助言をしたと思います……」


 意味ありげに考え込みだした。


「この一ヶ月の間にリントの森でなにか不穏な動きでもあったんですか?」


「リントの森で、ということではないのですが……、ありました」


 顔をくもらせると、メリッサちゃんは声を潜めて話しだした。

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