第3話 白い少女

 商業ギルド、カラム支局。

 カラムの町の中心部にあり、石造りで三階建ての建物である。周辺に木造の平屋が多いせいか一際異彩を放って見えた。


 この町で見た三階建て以上の建物は教会と商業ギルド、魔術師ギルド、錬金術師ギルド。あとは南北二カ所の門に併設された監視塔くらいだ。

 これは教会と商業ギルド、魔術師ギルド、錬金術師ギルドは登録者も多く資金も潤沢にある証左しょうさでもある。


 領主館が木造二階建て。

 敷地の広さでは劣るにしても、領主館よりも堅牢けんろうで高さがあり、おそらくは建築費用も領主館を凌駕りょうがしている。


 それらを考えると、教会とこの三つのギルドはそれなりの発言力と権力を持っているのは間違いなさそうだ。


「何にしても後ろ盾としては頼もしい限りだな」


「ミャー」


 ニケの頭をなでながら商業ギルドの扉を潜る。


「おはようございます」


「ミャー」


 建屋に入ると二階までの吹き抜けとなった天井が高く見通しの良い広々とした空間が広がる。

 なんとも贅沢なことだ。これも石造りの恩恵だな。


 面積の半分は来客者が自由に過ごせる空間で談話室の役割も担っており、適度な距離をおいて椅子とテーブルが何セットも置かれている。

 商談なのか情報交換なのかは知らないが既に数組の人たちがテーブルに着いていた。


 残る半分がギルド職員の執務スペースとなり、石造りのカウンターで仕切られている。

 俺は談話する人たちからカウンターの向こう側へと視線を向けた。


 目的の女性はすぐに見付かった。

 一際目立つ美少女。


 綿毛のようなフワっとした長い白髪と半分以上その綿毛に埋もれた狼の耳がわずかに見える。

 今回、店舗兼住宅の購入の営業担当であるメリッサちゃんだ。


 成人したばかりの十五歳。

 なんとも初々しい。


 とは言っても、十二歳のときから見習いとして商業ギルドで働いていたらしく、「新人とは思わないでください」と紹介された。


「おはようございます。アサクラ様」


「おはようございます。メリッサちゃん」


「二階にお部屋を用意してあります」


 書類を抱えてカウンターから出てきた彼女が先導する。

 これまで二回事前打ち合わせをしたが、二回とも一階のオープンな談話スペースだった。


 二階が個室になっており、重要な打ち合わせはそこで行われのだが、今回の事前打ち合わせもそのたぐいのようだ。

 ゆらゆらと揺れる彼女の尻尾とお尻を眺めながら階段を上り、案内されたのは二○二号室。


 八畳ほどの広さに大きなテーブルが一卓と椅子が三脚。

 メリッサちゃんは席に着くなり抱えていた書類の束を脇へよけた。彼女の手元に残ったのは裏返された三枚の書類。


「アサクラ様、物件のお話の前に幾つか確認したいことがございます」


「何でしょうか?」


 気のせいか?

 彼女の笑顔がいつもより固い気がする。


「南門側のリントの森で無意味に攻撃魔法を放ちまくっている人がいる、と噂がありますがご存じですか?」


「初めて聞きました」


 リントの森とはこの町から最も近いところにある森で徒歩二時間ほどのところにある。

 主に初心者冒険者や中級冒険者たちが狩り場としているが、森の浅いところなら一般の人たちも山菜や野草を集めに出入りしている。


 そんなところで攻撃魔法とは迷惑なヤツもいるものだ。


「アサクラ様を見かけたという情報があったのですが?」


 待てよ?

 もしかして……。


「もしかしたら俺かも知れません」


 ここ数日、射撃練習で通っていたから冒険者たちに目撃されてもおかしくはない。

 だが、俺が射撃練習をしていたのは一般の住人が入ってこないような森のなかほどだ。


 迷惑なヤツとは別人の可能性が高い、はずだ……。

 急に不安がよぎる。


「そこで攻撃魔法とか使いませんでした?」


「使った、かも知れませんね……」


「かも知れない?」


「使いました」


 すると『無意味に攻撃魔法を撃ちまくる迷惑なヤツ』って俺か……?


「苦情が来ています」


「ちょっと待てください。確かに攻撃魔法の練習はしました。しかし、それは森のなかほどです。それに俺の他にも攻撃魔法の練習をしている人を見かけました」


 嘘じゃない。

 俺と同じように大木に向かって風魔法と思しき攻撃魔法を放っていた。


 まだ十代前半くらいの少年と少女だったが、あれは間違いなく攻撃魔法の練習だ。


「魔術師を志す見習いの人たちや初心者の魔術師の練習程度なら微笑ましい目で見てくれると思うんですよ」


 メリッサちゃんが笑顔で「アサクラ様もそう思いますよね?」と付け加えた。


「そうですね、そう思います」


「ですが、今回の苦情は轟音を響かせて大木をなぎ倒すような攻撃魔法に対する訴えです」


 あれか?

 グレネードランチャーか?


 思考を巡らせる俺にメリッサちゃんが笑顔で追撃する。


「初心者とは言い難い攻撃魔法に心当たりはありませんか?」


「……あります」


 人間、素直が一番だ。

 ここは素直に非を認めて謝ることにしよう。


「そうですか、では今後は注意してくださいね」


「え? それだけですか?」


 罰金くらいは覚悟したが注意だけとは意外だ。


「まだありますよ」


 そう言って、三枚のうちの一枚を脇によけた。

 あと二つあると言うことか……。


 知らないところでやらかしたらしい。


「二つ目は魔物の素材と魔石の売買です」


 メリッサちゃんの笑顔がさらに硬いものとなった。


「魔物の素材や魔石は自由に売ってもいいんですよね?」


「ええ、少量なら構いません」


「少量ですが」


「どこが少量なんですか!」


 二枚目の書類をテーブルに叩きつけた彼女の顔からは笑顔が消えていた。

 書類に書かれていたのはここ十日弱で俺が取り扱った魔物の素材と魔石の数が書かれていた。


 四桁に届きそうな魔石の数とそれに見合った素材。

 うん、何となく心当たりのある数だ。


 だが、取扱量に明確な規定はなかったはずだ。

 ここは適当に言い逃れよう。


「見解の違いですね」


「魔物の素材や魔石は、基本、冒険者ギルドを経由して商業ギルドなどの各ギルドへ卸されます。間違っても大量の素材や魔石が露天商で売られることはありません」


「露天商は昨日までなので、今後は自分の店で」


「論点が違います。ご自身でお店を持たれても大量の素材や魔石を、冒険者ギルドの経由なしで取り扱うのは禁止です」


「初耳でした」


約款やっかんに書かれています」


 約款というのは、ギルドのルールブックみたいなものだ。

 結構厚かったので適当に読み飛ばしたのだが、その読み飛ばしたところに書かれたいたようだ。


「そもそも少量ってどれくらいですか?」


「そこからですか……」


 ガクリっと肩を落とした。


「外国の人間なもので」


 お決まりの便利な言い訳を口にすると、即座に答えが返ってきた。


「冒険者ではない一般の人が自身や家族で利用するのに必要な量を確保するために狩った、そのあまりを言います」


「それは随分と少ないですね」


「ええ、少量ですから」


 心なしか対応が冷たい。

 まあ、気にせずに次に行こう。


「三枚目の書類は」


「アサクラ様は魔術師ギルドの登録はいつ済まされました?」


 俺の言葉を遮って聞いた。

 彼女に再び笑顔が戻った。だが、目は笑っていない。


「魔術師ギルドですか? 登録していませんが、それが何か?」


「やっぱりー!」


 部屋のなかに天井を仰ぐメリッサちゃんの叫び声が響き渡った。


「商業ギルドに登録したら他のギルドには登録できないとかじゃないんですか?」


「そんなルールはありません!」


 キャンキャンという鳴き声が聞こえそうな勢いで彼女は続ける。


「お願いしますー。本当にお願いですからー、分からないことがあったら、ご自身で判断なさらずに私に聞いてくださいー。うわーん」


 泣きだしてしまった。


「分かりました。これからは何かするときは事前にメリッサちゃんに相談しますから、もう泣かないでください」


 この国では成人とはいえ、十五歳の女の子に目の前で泣かれるのはこたえる。


「えっえっえっ」


 子どものように涙を両手の甲で拭っている。

 なおも泣き続ける彼女をなだめようと隣に移動して顔を覗き込む。


「メリッサちゃん?」


「ま、じゅ、つし、ギルド。えっえっ」


 嗚咽おえつが止まらない。


「魔術師ギルドの登録だな? 分かった、すぐに登録に行くよ」


「いっしょ、に行き、ます」


「一緒に? メリッサちゃんも一緒にくるの?」


 コクコクと泣きながらうなずく。


「じゃあ、物件の引き渡しよりも先に魔術師ギルドへ一緒に行こうか?」


 再びコクコクとうなずく彼女。


 俺はメリッサちゃんが泣き止むのを待って、彼女と一緒に魔術師ギルドへと向かうことにした。

 罪悪感を背負ったままである。

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