第40話 襲撃

「ダイチさん、いいかしら?」


 テントの外から涼やかな女性の声が聞こえた。

 カリーナだ。


 スピーカーから聞こえていた会話がほとんど聞こえなくなったところに訪ねてきた。

 声音こわねから焦りが感じられる。


「どうした?」


「ジェフリー隊長たちが襲撃情報を入手したわ。急いでベルトラム商会長のテントまで一緒に来て欲しいの」


「何かあったのか?」


「ここでは話せないことなの」


「分かった。すぐに仕度したくする」


 俺はICレコーダーをポケットに突っ込むとニケを抱えてすぐさまテントの外へと飛びだした。

 カリーナとともにクラウス商会長のテントに到着すると、既にデニスのおっさんとフリーダさん、名前は覚えていないが護衛部隊側に配置された青年がいた。


 俺とカリーナがテントに入るとクラウス商会長がすぐに口を開いた。


「盗賊の襲撃は今夜だ」


 断定するような言葉とともに一通の手紙をテーブルの上に叩きつけて話を続ける。


「盗賊どもの真の狙いは自警団の壊滅のようだ」


 小一時間ほど前、自警団とともに村の見回りをしていた部隊が物陰に身を潜めている冒険者の一人を捕らえたところ、村に潜入している一味に宛てた手紙を持っていたのだという。


 それが目の前にある手紙だった。

 クラウス商会長が手紙に書かれている内容を話しだす。


「情けない話だが村の中央付近に遊撃隊を配置することは読まれている」


 盗賊たちの方が一枚上手だったようだと嘆息たんそくして話を続ける。


「盗賊たちは全ての戦力を村の北側を守備する自警団の殲滅に充て、遊撃隊が到着するよりも早く撤退するつもりでいる」


「自警団に的を絞ったと言うことは略奪や誘拐は次回というとこですか?」


 とフリーダさん。


「次の狙いは我々かもしれんぞ。自警団と我々の両方を相手にするのは得策でないと判断して各個撃破に切り替えたのかもしれん」


「盗賊らしからぬ作戦ですね」


 訝しげにそう口にしたデニスのおっさんが、まるでどこかの騎士団か軍隊のように統制がとれていないと失敗しそうだ、とつぶやいた。


「トレノ村の襲撃やここのところ頻発ひんぱつしている街道での襲撃事件を振り返れば、騎士団や軍隊とまでは行かないまでもそれなりに統制がとれていると考えるべきだった」


 クラウス商会長が悔しそうに拳をテーブルに叩きつけた。


「それで我々を集めた意図は?」


 デニスのおっさんの問い掛けにテント内が一瞬の静寂に包まれる。

 静寂のなかベルトラム商会長の号令が下される。


「盗賊どもの思惑通りにさせはなしない! 遊撃隊は既に自警団と合流すべく移動している。君たちもすぐに村の北側へと向かい、逆に盗賊どもを殲滅して欲しい」


「承知しました。それで商会長は如何しますか?」


 デニスのおっさんの質問にクラウス商会長が即答する。


「私は商会の者たちとここに残る」


「護衛としてせめて私だけでも残ります」


「商会の従業員も多少なりとも戦える者たちが揃っているから心配する必要はない」


 カリーナの申し出をやんわりとこばむ。


「そうです、せめて嬢ちゃんだけでも残ってもらえると私たちも安心して援軍に向かえます」


「商会長、ここはカリーナの提案を受け入れてください」


 デニスのおっさんとフリーダさんの言葉にも、


「盗賊たちのなかにはBランクの魔術師が五人はいるのだろ?」


 貴重なBランクの魔術師であるカリーナを戦力から外すのは被害を大きくするだけだ、とクラウス商会長が首を横に振った。


 不味い!

 それじゃ盗賊たちの思惑通りだ。


「クラウス商会長、その前に話があります!」


「緊急のことか?」


「はい、緊急のことです。南側の守りを手薄にしてはいけません」


「いまの話を聞いていなかったのか?」


「人払いをお願いします」


 俺は護衛部隊の青年をチラリと見た。

 この際だ、デニスのおっさんとフリーダさんにも聞いてもらおう。


 俺の意図を即座に理解したクラウス商会長が青年にテントの外で待機するよう命じた。


「それで、話というのは?」


 カリーナもデニスのおっさんもフリーダさんも無言で俺のことを見ている。


「話というのはこれです」


 俺は無線機で受信した南側の入り口へと迫っている盗賊たちの会話の録音を四人の前で流し始めた。


 ◇


 感度も良好とは言い難い上、会話も途切れ途切れではあったが、盗賊たちが得意げに今夜実行される襲撃作戦の本当の狙いが語られていた。

 ICレコーダーから流れる盗賊たちの会話にベルトラム会長をはじめとし、その場にいた四人の表情がこわばる。


 俺の商品に触れる機会が少なかったデニスのおっさんとフリーダさんは何か得体の知れないものを見るような目でICレコーダーに見入っていた。

 誰もが言葉を発せずにいるなか、聞かせたかった盗賊たちの会話が終わったことを告げる。


「恐らく、これが盗賊たちの立てた計画の全容です」


「これはどういう仕組み……、いや、そんなことはどうでもいいか。この会話はいつされたものなのか教えてくれるか?」


「村の南側に広がる森のなか、街道から一キロメートルから五百メートル入ったところです。森のなかを移動する盗賊たちの会話です」


 そのとき、外がざわついた。


「商会長! 北門付近で戦闘が発生したようです!」


 テントの外から青年の声が響く。

 続けて、


「合図の火球が上がりました! 間違いありません、自警団と盗賊との間で戦闘が発生した合図です!」


 カリーナとデニスのおっさん、フリーダさんの視線がクラウス商会長に注がれる。

 指示をだす立場のクラウス商会長が俺をまっすぐに見た。


「我々は、どうしたらいい?」


「俺に考えがあります」


 俺はクラウス商会長をはじめとする四人に向けてカウンターとなる作戦を提示するのことにした。

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